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第20話 英雄の腹案と、賢者の助言


 さらに数日の時が過ぎた。

 既にレギウラ領内にいる殆どのフィラルオークの群れがバルカの元に集い、残る群れは一つとなった。

 場所はレギウラ領北部の牧草地帯。

 群れの長に決闘を挑む前に、バルカは傘下に入れたフィラルオークを率いてデイラ達と合流していた。

 オークの数は百を超えており、デイラは内心ひどく怯えたが、バルカのそばに控えていたメトーリアが落ち着いた様子で頷いてみせたので、とりあえず安堵するのだった。


     ×   ×   ×


 バルカ一行がいる地点より、牧草地の丘陵を隔てた木立の間から、彼らを遠見する者がいた。

 アルパイスである。


 野獣のように俊敏なオーク達の動向を捕捉するのが精一杯だったが、斥候達は領内に侵入したオークの所在位置を概ね把握していた。

 だから、アルパイスも、諜報網からの情報で、バルカ以外のオークの群れがあと一つであることを承知していた。

 なんとしてもバルカが戦うところを見たいと思っていたアルパイスは、かろうじてその場に間に合ったことになる。

 

 レギウラ側でも大体の位置を把握しているとはいえ、オーク達は山中や森林などに潜伏し、常に移動しているのだ。斥候隊でもすぐに捕捉するのは難しい。

 しかし、バルカの移動軌跡は直線的で迷いが無かった。

  

(やはり、ミリアが言っていたように、レバームスが何らかの手段でオーク共の所在を把握していたのだろう)


 彼女は辺境の賢者である〈深き蒼〉のレバームスを、王城内に監禁し損なったことを今でも苦々しく思っている。

 広大な領地を任されたといっても、新参領主であるアルパイスは武勲公や傭兵貴族などと揶揄されている存在だ。

 アルパイスだけではない。同盟圏の外縁に領土を拝領したばかりの新参領主達は皆、同盟中枢の支配者層からみれば組織の末席を許されているだけの田舎者にすぎない。


 当然、外縁部の国々には秘密にされている事も多い。

 アクアルのダンジョンに生き埋めにされていたバルカーマナフがいい例だ。


 レバームスはかつてギルド同盟と袂を分かつまでは、同盟宗主国ヴァルダールの実権を握る〈長老衆(エルダーズ)〉のメンバーだった。

 彼の知っている情報や知識は外縁部の領主や王侯達にとっては、喉から手が出るほど欲しいものなのだ。

 さらに、レバームスはギルドから指名手配されており、多額の懸賞金がかけられている。

 その値は、レギウラがヴァルダールに年に一度納めなければならない献納品の価値を、はるかに上回るものだ。


(最悪の場合、レバームスを狩猟税の代わりに差し出そうと考えていたが……バルカの庇護にある限り()()だな)


 今正にバルカが最後のオークの群れの長と戦っている時――。

 遠見でその一部始終を観察していたアルパイスは……戦慄した。


 アルパイスが見た戦いの内容は次のようなものだった。


 バルカと決闘したオークは、用心深く距離を取りながら、身を屈めていた。

 直後、炎のようなオーラがオーク戦士の身体を包んだ。

 オークの使う魔法にアルパイスは詳しくないが、何らかの強化魔法(バフ)であることは分かった。

 さらに手に持った戦棍(メイス)を構え、バルカの側面に回り込む。

 対するバルカは……。

 微動だにしなかった。

 戦斧は背負ったままで構えもせずに、突っ立っているようにしか見えなかったのだ。

 激情にかられたように戦棍使いのオークは突進し、バルカの横顔目がけて、武器を振りかざして襲いかかった。

 魔法で強化された肉体から繰り出され、スキルの力が込められた戦棍の一撃はバルカの頭を直撃したかに見えた。

 転瞬――。

 “ドンッ”と大地の揺れる音がした。

 離れていたアルパイスにも、その音と振動が伝わってきたほどだ。

 戦棍の超重の一撃は地面を穿つほどのものだったのだ。

 しかしその戦棍を、バルカは片腕を上げ、掌で受け止めていた!

 そして、戦棍使いのオークの身体が、どこを、どうされたものか……身体を丸めたかと思うと、地面に両膝をついてから倒れ込んだのだった。


 “相手の攻撃を全く寄せ付けず、まるで手遊びのように相手を屈服させてしまう”


 丘陵をわたる風が草原へ吹きつけてきた。

 風に動く雲が、陽の光をさえぎる。

 木立に紛れて隠れていたアルパイスは、斥候達の報告通りの有様を目の当たりにして、自身を抱きすくめるかのようにして、腕を組んだ。

 バルカの、あまりにも高いレベルはオークという種族の限界を超えているとさえ思った。 

 そして、個としての強さだけではなく、彼に率いられているオーク共……。

 同種の武器を持ったグループに分けられ、整然と彼に付き従っている。

 その様子は知性の低い蛮族による狩り集団の形態ではない。

 まさに斥候の報告通り“軍隊”と呼ぶに相応しい構成だった。


 アルパイスは高レベルの戦士であるため、スキルや魔法の源である力――魔力。気。霊力。呼び方は何でもいい――の流れを『視る』ことができる。

 そういったエネルギーは、肉体と重なり合って、魂を核とした“もう一つの体”である霊体を形作っている。

  

 自らの霊体の目を通してアルパイスは視ていた。 

 あの一瞬……攻撃を受け止め、得体の知れない反撃で相手を倒した時の、バルカの霊体は暗闇の中で煌煌と燃え盛る炎のようだった。

 さらには、バルカに率いられることで、オークたちは恐ろしく統率の取れた練度の高い兵士のように動けるのだ。

 おそらくリーダーに従うという野性本能に根ざしたオークの種族的特性なのだろう。

 しかも、群れのオーク全体になんらかの強化魔法までかけている。

 百を超えるオーク全員に、だ。

 

(少人数のパーティーに防御や治癒の魔法をかけるのでさえ高等な代物なのにアレは一体何だ……)


 そして、バルカの横には辺境の賢者〈深き蒼〉のレバームスがいる……。

 アルパイスは苦々しい思いで帰路についた。


    ×   ×   ×


「相変わらずデタラメな強さだな」

 

 最後のフィラルオークの群れを傘下におさめたあと、バルカに同道していたレバームスは半ば呆れたように呟いたものだ。


 バルカはというと、自分たちを連日監視している者達の存在が少し気になっていた。

 特に今日は、遠方にいる高レベルの戦士と思しき存在を察知していたので、そのことをレバームスに告げると、レバームスは「おそらくアルパイスだ」と言う。

 その名を耳にして、バルカのそばにいたメトーリアの表情が一瞬、強張った。

 レギウラの内情を知り尽くしているレバームスはアルパイスのことも「よく知っている」という。


「たしか、メトーリアの嬢ちゃんにとっては仕える主君というだけでなく、剣の師匠でもあるよな?」

 

 アルパイスに興味が湧いたバルカは、メトーリアに「そうなのか?」と聞くが、メトーリアは黙って頷いて肯定してみせるのみで、何も言わない。

 バルカはばつが悪そうに頭を掻く。その様子を、面白そうに見物していたレバームスは、


 「ところで……本気でアルパイスに会うつもりか? お前なら駆け引きなどせず、まずはフィラルオーク達を撤退させることに専念すると思ったんだが」


 そう言い出たレバームスの顔をバルカは見やった。

 アズルエルフの賢者は芦毛の馬に乗っていた。

 この馬はいつの間にかレバームスの元にやってきていた。

 エルフという種族は野生の動物と心を通わし、使役することができる。

 アズルエルフは魔法が使えないが、こうした能力に関しては、他のエルフよりも優れている節があった。

 バルカにとっては魔王討伐戦時代から見慣れたものなので、さして気にも留めていない。

 やや距離があった馬上のエルフにバルカが近づいていくと、馬が鼻を鳴らして、怯え始める。

 エルフとは真逆に、オークは馬に嫌われている種族なのだ。

 なぜかは不明だが、触れようとしたら狂乱するくらいには嫌われている。

 レバームスが下馬してその馬体をさすってやると、馬はいなないて、バルカから逃げるように何処かへ走り去っていった。

 

「なあ、レバームス。そんなに厄介なのか? アルパイスというのは。娘のデイラはそんなに強くないじゃないか」

「両親から資質を受け継がなかったのか。はたまた修錬を怠ったんだろ。アルパイス自身は一代で外縁部とはいえ、広大な領地を築きあげたなかなかの傑物だぞ」

「ギルドはレベルの高い冒険者に報償として、領土を与えているのか?」

「それがギルドの同盟領域支配の仕組みだ。ギルドに従わぬ周辺諸国や敵性種族……いや、俺達が奴らの言い回しに従う必要は無いか。

 追放種族(エグザイルド・レイス)といったほうが正しい。

 ギルドは追放種族に対して、時機を見計らっては『聖戦』だの、『殲滅戦』だのといって、戦争を仕掛けてきた。

 そうやって、この四百年の間に徐々に彼らの土地を切り崩し、狩りや戦で手柄を立てた冒険者に爵位とともに領土として与えて支配させるわけだ。

 だが新領主達の統治体制は盤石とはいいがたい。同盟中央部から離れれば離れるほど、ぽっと出の成り上がり者同士が隣接するわけだからな。

 外縁部の国々は常に緊張状態にある。

 だが宗主国ヴァルダールをはじめとした、ギルド同盟の中央諸国の連中はそれでよしとしているわけさ。力を付けすぎた新参者が自分たちに矛先を向けないための方策だな」


 かつて、異種族同士の結束を誓ったギルドの理念とは、全く正反対の階層社会。

 同族の人間同士をも、相争うようにしている今の世の仕組みにバルカは、


「……最悪だな」


 と、吐き捨てるように言った。

 さらにバルカはぼやき続ける。


「どうせ、レギウラが魔物狩りの献納品を納めることができなかったりして、ギルドの掟を破ると領地を没収するとか、他の外縁部の国をけしかけるとか、そういうこともするんだろ」

「その通り。だがアルパイス公は賢明だった……冒険者仲間であり恋人だったレイエスという人間の男と結婚して互いの領土を併合統治。国家経営は安定。よく治めていたよ。ちなみにレイエスはレギウラの西にあるナバリスという国の第二王子だったんだが、十数年前に死んでな……アルパイスの失脚を狙うナバリスの動きが活発になっているんだ。“アルパイスが寝所で夫をくびり殺した”とかなんとか噂なんかも流れたり流されたりして、な」

「おまけにフィラルオークが狩りや、公路の輸送を邪魔して大混乱……というわけか」


 そこから、レバームスはメトーリアに聞こえないように声を潜めた。


「で、お前さ、何考えてんだよ」

「なんのことだ」

「メトーリアのことだよ。なんで毎晩毎晩、俺や他のオーク達と離れたところでお前と一緒に寝てるんだよ?」


 とたんに、バルカはしどろもどろになった。


「そ、そりゃ、お前、わ、分かるだろう? 俺とメトーリアは、その、お、男と女の関係にだな……」

「いやいやいやっ。とてもそんな雰囲気には見えないけどな? まだ、なーんにもしてないんだろう?」

「う……」

「なのに、お前ら二人は毎晩、褥を共にしている。何か理由でもあるのか気になってな」

「“しとねをともにしている”??」

「スマン……“一緒に寝ている”って意味だ」


 バルカは咳払いをしてから、観念したように語り出した。


「おれは、アレだ。“既成事実”というやつを作っているだけで、たしかにお前の言うとおり、メトーリアとの間には何もない」

「既成事実?」

「つまり、アルパイスと話をするときにだな――」


 バルカの話を聞いてレバームスは最初唖然とし、そして腹を抱えて笑い出した。


「あっはっはっは! お前、四百年以上眠ってる間に知力も上がったのか? なかなか面白いことを考えるなっ。だが幾つかその策には粗があるぞ」

「む、そうか」

「ここは一つ、俺がお前の腹案を魔改造してやろうじゃないか。いいかバルカ、そもそも交渉というものはな……一本気な率直さだけでどうにかなるものじゃない。素直に話すだけではうまくいかないもんだ。()()()()()を押し通すには、相手の立場を見極めて、動揺させる必要がある。そのためにはな――ちょっと、耳貸せ」

「んん?」


 バルカが背を屈めて、レバームスに向けて顔を傾ける。

 レバームスはバルカの耳へ口を寄せ、何事かささやいた。

 バルカは顔を上げて難しい顔をしながら、レバームスを見つめた。


「言われてみれば、たしかにお前の言うとおりだ。でも、そこまで言ったらさすがにアルパイスはブチ切れないか?」

「いやいやっ、一国の主として、自国周辺の情勢が不穏極まる状態、同盟の宗主国さえ信用できない状況で、お前を相手に安々と怒りを激発することなんてできんよ。アルパイスは、今日お前の強さと、統率されたオークの群れをしかと見たんだからな。だから――」


 こうして、かつて魔王を滅ぼしたオークの英雄と青いエルフの賢者は、さらに話を深めていった。


    ×   ×   ×


 その夜、レバームスと話し合ったことを、バルカはメトーリアに話した。

 バルカは、己が決心したことを、いつメトーリアに話そうかと迷っていた。

 事はメトーリア、そして彼女の有する領土と領民にも深く関わることだったからだ。

 だが、レバームスが計画内容を補強してくれたため、自らの考えに自信を強めた今、思い切って打ち明けたのだった。


「……本気でそんなことができると思っているのか?」


 話を聞き終えたメトーリアの、探るような視線が、バルカの巨躯にまとわりつく。

 バルカはそれを真っ向から受け止めた。


「できる。お前が俺達を、いや、俺を信じてくれさえすれば」

「……私一人で決断できることではない」

「でも、お前がアクアルの領主なんだろ?」

「だが、外働き続きで、領地のことは家臣に任せている。妹のアゼルや彼らに相談せぬ事には、なんともいえない」

「ならちょうどいい。妹さんはシェイファー館って処にいるんだろう? どうだ? 俺が今言ったことを検討してくれないか?」

 

 メトーリアは顎に手を当てながら、考え込み始めた。

 時折、()()()顔を上げてバルカを見つめる。

 眉をひそめて俯いたり、生気に満ちた美しい顔でこちらを睨むように見たりする彼女を、バルカは瞬きもせずにずっと見つめていた。


「どうせ、私が“やめろ”と言っても、お前は聞き入れてはくれないんだろ?」


 メトーリアはぽつりと言った。まるで、他人事のような、投げやりな雰囲気だった。


「お前を困らせたいわけじゃないんだ。ただ、俺は――」


 メトーリアは“それ以上は言うな”とばかりに片手をあげる。

 バルカは黙ってメトーリアの様子を伺った。


「……………………分かった、話してみる」


 長考の末、そう答えたメトーリアに、バルカは大きく息をついて、頷くのだった。

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