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ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切  作者: 叶るゐ
第二章 アルディス
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アルディスの憂い

 


 アルバート邸に到着するといつも通り応接室に通された。

 いつもなら、このヴィーを待っている時間すらも待ち遠しくワクワクして心弾むひとときであるはずなのに、今日はしばらく訪問できなくなることを告げなければならないと思うと、どうしても気分が落ち込んでくる。


 俺にはまだ、ヴィーの気持ちを掴めたという実感がない。

 俺が髪や額に口づけすることを許し、可愛いと囁くと真っ赤になって俯くところをみると、全く脈がないわけではないと思う。むしろ嫌がられていないので、あともう一押しじゃないかと思っている。

 しかし、生真面目で貞淑なヴィーは、レイヴィスが婚約者だと思っているので最後のギリギリのところで線を引き、俺を完全に受け入れてくれない。

 このままの状態で会えない日が続いたらヴィーは手に入らないのではないかと、俺は頭がおかしくなりそうな程の焦燥感に襲われていた。

 これからはレイヴィスがヴィーの傍にいることが増えるだろう。その間に、正式な婚約者だと信じ込んでいるレイヴィスをヴィーが受け入れてしまったら……。

 問題はレイヴィスだけではない。俺と同い年だというヴィーの従弟だって、以前紹介された時に俺を牽制するかのような目で睨んでいた。あいつだって、隙あらばヴィーを手に入れようとしていたに違いない。

 どうしよう……。やっぱりこのまま会えなくなるのは耐えられない。何か約束が欲しい。何か支えになる言葉が欲しい————



 がちゃりと応接室の扉が開き、嬉しそうな顔をしたヴィーが入ってきた。すぐに俺の向かいのソファの前にくると「ディー、おはようございます。今日はずいぶん早い時間に来られたのね」と晴れやかに挨拶をしてきた。

 あまりにも眩しい笑顔で、思わず目を眇めた。この笑顔を目に焼き付けておきたいのに、胸が痛くて見ているのがつらい……。

 何も言えない俺に「先週来られなかったのはお忙しかったの?」と少し拗ねたような顔をする。可愛いの破壊力が凄まじい。もうこれ以上俺を辛い目に遭わせないでくれ……! 喉が詰まって「あぁ……」と返事するのがやっとだ。


 いつもより早い午前中にきたのは、この時間なら工房やサロンの客がいないからだ。出禁を言い渡された俺には、『人目につかないこと・変な噂がたつような行動はしないこと』を厳命されている。

 だから俺はヴィーと話しながら周囲の気配を探った。この応接室にいるのは、俺とヴィー、メイドのアリアナ、従者のリード……扉の外に張り付いている出歯亀はヴィー付きの従僕か……、応接室(と出歯亀)をカバーする様に防音の結界をそっと張った。


 アリアナがお茶を用意して壁際に下がっていった。俺はからからになった口と喉を潤そうとお茶を一口含んだ。ひどく苦い。いや、たぶんお茶はいつもの通りおいしく淹れてあるはずなのに、どうしてか苦味しか感じられなくて、思わず眉をしかめた。

 ヴィーもさすがに俺がいつもと態度が違うことに気が付いて、心配そうな顔をしている。

 無理を通して来たが、このままここにいたらヴィーに衝動的に何かをしてしまいそうだ。嫌なことは早く話して、今日はコレを渡してすぐに帰ったほうがいいかもしれない。



「今週末から皇都に行って入学準備をすることになったんだ。皇都の幼年学校に入学するから学校の寮に入ることになった。寮から出掛けるときは外出許可が必要だから、これからしばらく来られなくなると思う……」


 これは言い訳ではなく本当のことだが、出禁が言い渡されてなかったら今まで通り週末は訪問するつもりでいた。

 ああ、言いながらまたどんどん気持ちが落ち込んできた。ツラい……。

 ヴィーは俺と会えなくても平気なんだろうか。俺はこんなに苦しいのに「そうなの、わかったわ」なんて軽く言われたら、俺死んでしまうかも。



「勉強をしに皇都へ行くのですもの。……寂しいですけれど、仕方がないですわ」


 ちょっと間をおいて、ヴィーが小さく震える声でそう言った。

 寂しい、って言った? 寂しい——って、ホントにそう思ってくれるの?

 びっくりして顔を跳ね上げ、ヴィーの顔を見た。ヴィーはきれいに整った眉を辛そうにひそめて俯いていた。

 さっきまでの胸のつかえはすっかり取れて、喜びで胸がはち切れそうだ。

 気が付けば、ヴィーの隣に移動して、彼女の手を握って顔を覗き込んでいた。


「ヴィー……。僕と会えないことを寂しがってくれるの……?」


 本当にそう思っているのか確認したい。俺のこと、少しは必要としてくれている?


「おっ、お願いですから、も、も少し、離れてっ……!」


 だがヴィーはやはり俺を受け入れようとしない。熟れた林檎のように真っ赤な顔をしながらも必死に握った手を引き抜こうとする。だけど、今日は違う言葉がどうしても欲しいんだ。


「寂しいって、もう一回言って……? ね? ヴィー……」


 お願いだ。そうだと言ってくれ……。祈るようにヴィーの瞳をみつめたが、


「ディー。わたくし達、か、家族になるっていっても、この距離はおかしいわ……。お願い、離れて……? レイヴィス様に申し訳ないもの……」


 ————駄目、か。


 心底がっかりして俯いてしまった。ここにきて、やはりレイヴィスか。殺すか……?

 繋いだ手からヴィーの動揺が伺えた。これ以上を求めるのは彼女の負担になってしまうだろう。壁際のリードとアリアナから妙な圧も感じる。圧に負けたわけではないが、ヴィーの手を放し、少し距離を取って座り直した。

 だが、レイヴィスを出してきたのは許し難い。俺の気も知らないで。


「そんな言葉は聞きたくないよ。ヴィーはずるい。僕は君に会えなくなるのを考えただけで気分が落ち込むのに」


「ごめんなさい……」


 暗い顔をしてあやまるヴィーをみて、しまったという気持ちになった。俺はヴィーにこんな顔をさせたい訳ではない。これでは逆に愛想をつかされても仕方がない態度じゃないか。


「いや……。ヴィーのせいじゃないよね。僕こそごめん」


 取りあえず今日ここに来た目的を果たさなくてはと、持ってきた箱をヴィーに差し出して、なんとかぎごちなくでも笑ってみせた。


「これ。僕が来られない間のお守りに持ってきたんだ。開けてみて?」


 ヴィーは箱の中に入っていたジュエリーボックスを開けると、軽く目を瞠った。

 これは前からヴィーにプレゼントしたいと計画していたものだが、出禁を言い渡された後、慌てて作ったものだ。

 マイラ鉱山の宝箱の中に入っていた上質な魔石の中に、ケット・シーという魔獣の三つ揃いの魔石が入っていた。ケット・シーは額に魔石が三つ並んで生えて(?)いる魔獣だ。一匹の魔獣から一緒に獲れる魔石同士には互換があり、その機能を利用してセット品ならではの法具が作ることができる。

 このケット・シーの魔石を使って、正式な婚約者同士となれた時にヴィーに護身法具を贈ろうと思っていたのだが、このような事態になったので急遽製作を前倒ししたのだ。



 製作の時に、カイリアムの時に親しくしていたフロラ・シュニエの実家であるシュニエ商会を約百年ぶりに訪ねてみた。驚いたことに、後年会頭となったフロラが、“カイリアムと名乗る客”もしくは“カイリアムのものだと判る品”を持ち込んだ客には、最上級の待遇で対応するようにと遺言していてくれていた。

 カイリアムの時に法具を作る際には『シュニエ商会』で試作を作り、大いに助けになってくれていたのだが、法具製作によって規模を拡大した『シュニエ商会』会頭のフロラは、カイリアムに返せない程の恩があると言って、いずれ俺が転生した時に助けになるようにとそんな遺言を残してくれていたのだ。

 おかげで、シュニエ商会を訪ねた時には非常に話が早かった。

 カイリアムの時に制作した法具をサンプルに持っていったのだが、そのサンプルに当時試作製作に携わっていた(今では伝説になっているという)職人の刻印が入っていたおかげで、すぐに会頭室へ通され、何も聞かずに俺の希望する法具を製作してくれた。それもわずか一週間ほどで。

 俺はカイリアムだった時に、存外いい仲間に恵まれていた。そんなことを百年以上も経ってから自覚するなんて、俺って本当に馬鹿だよな……。

 だから、今世はもう絶対に後悔するようなことはしない。失いたくないものの為に、やれることは全部やってやる。

 セロニアスやジャン、かつての友人たちに、俺は心の中で固く誓いをたてた。



 シュニエ商会で製作してもらったものは、イヤーカフだ。とにかく急ぎで必要だったので、細かく設定する必要のない陣を書き込んだ。

 危険なことが起こった時に、すぐにその場から脱出できる魔法。転移魔法をイヤーカフに刻んだ。魔力を軽く流すだけで、俺の地下研究室へ転移するように設定してある。

 何故俺の研究室かというと、危険な時は俺の傍に来て欲しいというのも勿論あるが、あの地下室は出入り口を塞いであるので、専用の転移陣を使わなければ入室できないし、数々の結界や防御の魔法がかけてあるので、俺の知っている場所の中では一番安全なはずだ。

 追加で、発動した時に俺の持っている三つ揃いの内の親石に“知らせ”が来るようにしてある。これが互換を持つ魔石の機能のひとつだ。あとこれはヴィーには絶対に秘密だが、探知魔法も入れてあるので、探査すれば居場所もわかる……



ありがとうございました。

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