ギルバートとレイヴィスの密談
「————で、ルディ。君はどうしたいんだい?」
単刀直入にギルバートは聞いてきた。裏のハーブ園で俺がヴィクトリア嬢にしていたこともレイヴィスから勿論報告済みだろう。そのうえでの質問のはずだ。
「ヴィクトリア嬢の婚約の相手は、俺にしてください」
「…………」
ギルバートは、机に頬杖をつき黙って俺をじっと睨んだ。そっちが何も言わないなら勝手に話をさせてもらうまでだ。
「父上はアルバート男爵家との縁組をご希望でしたよね? それならば、俺とヴィクトリア嬢でも構いませんよね」
「…………」
「ヴィクトリア嬢は男爵家を継ぐこと、領民の幸福や生活を見守っていくことに大きな誇りを持っています。彼女は、アルバート領から離れることを本当は嫌がっています。ルキア家に嫁入りしたくはないはずです。だからレイヴィスとの婚約は不本意なはず。
でも俺なら……、アルバート男爵家に婿入りしても問題ない俺ならば、アルバート家との縁もつくし、ヴィクトリア嬢の望みも叶えられる。
ですからレイヴィスではなく俺を、ヴィクトリア嬢の婚約者に変更してください」
俺とギルバートはお互い目を逸らすことなく、睨み合った。ギルバートの思惑と違う動きをした俺に苛立っているのは分かっている。でも、これは俺も引くことはできない。
ギルバートは、ふっと目線を逸らして、困ったように額に手を当てた。
「————ルディ、君の言いたいことは分かった。だがね、そもそもの大前提を君は忘れているよ」
「大前提?」
「そうだ。この婚約は、あくまでもヴィクトリア嬢の身の安全の為に必要なんだ。ルキア侯爵家継嗣の婚約者ならウォルベルト公爵への牽制になるから、ね」
「あっ……」
「わかるだろう? 婚約者がルキア家のただの次男程度じゃ、どうしてもと公爵家からねじ込まれたら断れない。厳しいようだが、君では力不足なんだよ」
そうだった。本来はそっちがメインの話だったはずだ。俺も頭に血がのぼり過ぎていたようだ。だとしたら、侯爵家継嗣に匹敵する立場を得るしかない。手っ取り早いのは……。
「転生者と名乗り出るのは、駄目だよ。それは君の安全に抵触する。却下だ」
先に考えを読まれてしまったか。悔しいが確かにヴィクトリア嬢を得るために俺が危険に晒されると、婚約者となったヴィクトリア嬢には別の危険が及ぶことになる。それでは本末転倒だ。
あともうひとつ考えられるものは、すぐ手に入れるのは難しい。
「くそ……。今すぐは無理か……」
思わずぎりっと歯を食いしばる。転生者と明かさずに、その立場を得るには少々準備に時間がかかりそうだ。
「ルディ……」
心配そうにレイヴィスが声を掛けてきた。
「わかりました。今回は諦めます。だけど、俺が侯爵家継嗣と同等になれるものを手に入れたら、婚約のことは考えて貰えるんですよね?」
「……勿論だ。どうするのか楽しみにしているよ」
ギルバートはせいぜいやってみろとでも言うようににやりと笑った。腹黒オヤジめ……。みてろよ。
「あと、ヴィクトリア嬢に会いに行くのは反対しませんよね。婚約者の家族として仲良くなるのは問題ないですよね!」
ギルバートはやれやれと副音声が聞こえる様な顔をして「——好きにしなさい」と言った。言質はとったので、もう用はないと俺は踵を返して執務室を出て行こうとした。その背中にギルバートから声が掛かる。
「まあ、武士の情けだ。アルバート家とルキア家の婚約はそれとなく噂に流すが、誰と誰をということはしばらく伏せておく。だが、状況によってはお前がヴィクトリア嬢に近づくのを禁止するから、そのつもりで」
「はい。————ありがとう、ございます」
※※※
「はい。————ありがとう、ございます」
アルディスは少し振り向いて、憮然とした表情でぺこりと頭を下げて執務室を出て行った。
ギルバートとレイヴィスは、何ともしんじられない気持ちでアルディスの出て行った扉をしばらく眺めていた。
「——おい、レイ。あれはルディだよな? 十年前みたいに別人が入れ替わった訳じゃないよな?」
「ひとつ言わせていただけるなら、ルディは一度も入れ替わってはいませんよ。十年前も記憶が蘇っただけで、ルディの中身が入れ替わったわけではありません」
「お前のその冷静さ、ときどき無性に腹立つ時があるな」
「誉め言葉ととっておきますよ。父上」
「違うわ!」
「……でも、確かに今日のルディはびっくりするほどの変わり様ですね。父上は気付いていましたか? いつもの口癖を一度も言っていないのです」
「ああ。『面倒くさい』だな?」
こくりとレイヴィスは頷いた。いつものアルディスは、勉強や魔導研究は熱心だが、逆に他の事にはほとんど無関心で必要以上のことは『面倒くさい』と言って、やらないわけではないが自分から進んで動くことは無かった。
今まで人や物に執着が全くなく、あまり文句も言ったことがない。決して感情の起伏が乏しいということはないのだが、どこか他人事というか、何かあるとすぐに『まぁ、いいか』と諦めてしまうようなところがあり、本気になったところや何かにこだわったことなど見たおぼえがなかった。
「ヴィクトリア嬢にあれほどの執着をみせるなんて……、ちょっと嫉妬しますね」
「へぇ。お前がそんなこと思うのか」
意外そうにギルバートはレイヴィスをみた。
「思いますよ。父上はお忘れですか? 僕はルディを守ると五歳の時に誓って、騎士になることを決めたのですから」
「おお! そういえばそうだったな。うーん。懐かしいなぁ。あの頃は二人とも可愛かった……」
「思い出に浸っているところ申し訳ないのですが、話を戻してもいいですか。婚約の話、別に継嗣の僕でなくても、今のウォルベルト公爵ならルキア侯爵家の子息と婚約しているとわかったらねじ込むようなことはしないのでは?」
「まぁ、そうかもな」
悪い顔で微笑むギルバートにレイヴィスはため息を漏らした。
「やっぱり。なんであんな風に焚きつけるようなことを言ったんですか。人が悪いですね、父上は」
「だって、面白いじゃないか。あのルディがあんなに熱くなってさ~。あいつが本気出したら何を仕出かしてくれるんだろうって、ワクワクしちゃって~」
「……父上……」
レイヴィスは呆れた顔でギルバートをみたが、でも心の片隅でちょっと同意している自分に気が付いていた。
(確かに、ルディの本気がどのくらいの威力があるのかは知りたいですね)
「ウォルベルト公爵はやらなくとも、他がどう動くかわからないし、まんざら嘘でもないよ。でも、何にせよルディを変えてくれたヴィクトリア嬢には感謝しかないな!」
「そうですね」
変えたのが自分たちでないのがちょっと悔しいけれどね、と二人は口にしなかったが同じ思いを抱いてはいた。
「————さて、ここからは私とレイ、二人だけの話をしたい」
ガラリとギルバートは声色が変わり、真剣な顔をした。領主の顔だ。レイヴィスは反射的にスッと背筋を伸ばした。
「アルバート男爵領のことだ。
ここ何十年で急激に力をつけたアルバート家はクリシャだけではなく、サスキア中で注目されているのは分かっているな?」
「はい」
「これにルキア家から婿を取るとなると、アルバート家の急速な発展と富を面白くないと思っている輩をさらに刺激することになる。男爵と言う低い爵位ゆえ、侮られているというのもある」
レイヴィスは今日会ったルイス・アルバート男爵を思い出していた。商人と言う一面もあるせいかずっとにこにこと笑っていて、話し方や物腰は柔らかく丁寧で如才がなかった、逆に言うと本音を全く見せず、何を考えているか分からない人物でもあった。
侮られているのではなく、そうなるようにわざと振舞っているのでは? とレイヴィスは感じた。人は格下と思っている人間には本音を漏らしやすい。
なるほど。お調子者タヌキと偽装柔和タヌキの腹黒タヌキコンビだ。レイヴィスは二匹のタヌキが結託し人を騙している図を想像して心の中で笑った。
「レイ、何か失礼なこと考えてないか?」
ギルバートは目を眇めてレイヴィスを睨んだ。
「いいえ」と言いながらレイヴィスは姿勢をぴしりと正して続けた。
「しかし、アルバート男爵は侮られて簡単に足元を掬われるような人物ではないと思いましたが」
「そうさ。だから問題なのだよ」
「?」
「ルイスの外面だけを見て侮り、今までもアルバート男爵家とルッツ商会をいいようにしようと企んだ奴らは沢山いるが、ルイスは悉く返り討ちにしたうえに、それをさらに利用してどんどん商会を大きくした。
だからこそアルバート男爵家はいま非常にあやうい。富はうちに匹敵するほどあるのに、権力がまるでない。後ろ盾すら持っていない。そこに目をつけられて、今ではそこそこ権力のある奴らに狙われている。ウィラージュしかり、コンラートしかり……。そろそろ金と機転だけでは太刀打ちできない相手が現れるかもしれない」
「では、守る為にルキア家の寄り子にでもしますか?」
「いや、それでは面白くないではないか。我が家のいいなりで動くような家にしたくはない」
やれやれとレイヴィスは内心思った。父のこの面白いから!で行動するところなんとかならないものか……と。これで有能なやり手じゃなかったら、迷惑ばかりかけられて誰もついていかない——
「……また失礼なこと考えていただろ」
「いいえ。それで父上はアルバート男爵家をどのようにするおつもりなのですか」
「そうだなぁ。取り敢えず、小さくするのはもったいないから、その辺の雑魚が手を出しにくいくらいに大きくなってもらおうかと……」
「はい……?」
「大きくする計画は着々と進んでいるし、その為にルイスにメルラウール公爵の孫姫を嫁入りさせてうまいこと娘も生まれたし、準備は万端なんだ」
にっこりと黒い笑顔をみせるギルバートにレイヴィスの口元が引きつった。
「アルバート男爵家を大きくするのは、まあいい。けれど御せなくなるのは困る。その為に、アルバート家の娘をルキア家に入れようと思っていたんだが、どうやら候補のヴィクトリア嬢は手に入りそうもない。
アルバート家を抑えるためには、ウチに迎え入れなければならないのはわかるよな?」
(言葉は悪いけど、人質ってことか)
「————本気で妹の方を僕の婚約者にするつもりですか」
恐らく最初の計画では、レイヴィスとヴィクトリアの婚約がダメだった場合、本当にアルディスと妹の方を娶わせるつもりだったのだろう。姉妹のどちらか一方がルキア家の手に入ればよいとでもいうような言い方のギルバートに対して、当人のレイヴィスが皮肉っぽくなるのは致し方ないだろう。
だがギルバートはレイヴィスの皮肉など毛ほども感じていない。よくできましたとでも言うように満面の笑みを浮かべた。
一体何年先まで見据えて計画していたのだか……、と呆れると共にとんでもなく恐ろしい人だとレイヴィスは思う。
「そろそろルキア家にメルラウール公爵家の血をまた入れてもいい頃合いだな。公爵家はいま後継者不足だからね」
公爵家を乗っ取ろうなどと思ってはいないと信じているが、ここ以外でそんなことを言ったら不敬か謀叛以外の何ものでもない。
「……あんまり怖いこと言わないでください。父上」
「心配しているだけだよ。私は公爵家の忠実なる臣下だよ? それに少し遠くなったが縁戚でもあるしね!」
「だから、怖いこと言わないで下さいったら!」
聞きようによっては、公爵位を継げるって言っているようなものじゃないですか! とレイヴィスは震えた。それでなくとも、今メルラウール公爵家はゴタついているのに。
「まぁ、冗談だよ。だが、いろいろな布石は打っておくべきだからね。それがクリシャの筆頭侯爵家としての役割だ。だから婚約のことも考えておいてくれよ」
「はい」
レイヴィスが返事をすると、これで真面目な話は終わりだとでもいうようにギルバートの顔が緩んだ。
「……ただなぁ、ルイスにはこんなこととても言えないから、レイにはすごーく努力して欲しいんだよなー」
「え? どういうことですか?」
「妹ちゃんと婚約できるようにレイがアプローチして欲しいってこと!」
「えぇ? お膳立てしてくれるわけじゃなく、僕が行動しなくてはいけないのですか?」
「まあ、ある程度はなんとかするつもりだけど、なるべく妹ちゃん自らルキア家に嫁入りしたい!って思うようにしてくれないと、ルイスとフィリスが賛成してくれなさそうだからさ~。頼むよ、レイ! 頑張れ!」
「…………わかりました」
とはいいつつも、レイヴィスは内心絶対無理だ、と思っていた。このままでは自分の婚期がすごく遅れるのではないかと心配になる。
(だって、四歳だったよな……四歳かぁ、十歳差かぁ……)
遠い目をするレイヴィスの心中に、アルディスをほんのちょっぴり恨む気持ちが生まれたのは、仕方のないことであっただろう。
『話があります。都合のよい日時を教えてください。アルディス』
『メール』にそんなメッセージが入ったのは、ヴィクトリア嬢とレイヴィスの顔合わせから三か月も経った頃だ。
ギルバートは、『本日夕食後、執務室で。ギル』とすぐに返信した。
アルディスは顔合わせの次の週から毎週末必ずヴィクトリア嬢に会いに行っていた。本人からは何の報告もなかったが、ルイスからの連絡によるとどうやらヴィクトリア嬢もまんざらではないらしい。順調に仲を深めているようだ。
そして、週末以外はほぼ地下の研究室に籠っている。いや、元々籠ってはいたのだが、最近はさらに籠って姿を見かけなくなっていた。
(さてさて、どういう算段をつけたのかな~。わずか三カ月で報告することがあるとは、ルディ君の本気はスゴイな~)
ギルバートはにんまりと微笑んで今日の夕食後を楽しみに待った。
※※※
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