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ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切  作者: 叶るゐ
第二章 アルディス
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緑の瞳の美女

 


 俺が上級魔導師になってしばらくしてから闇取引ギルドの拠点発見が相次ぎ、その捜索が立て続けに行われているらしい。

 おかげでセロニアスとジャンリュック率いる特務騎士団は、休む暇もないほど忙しくサスキア中を走り回っている、という状況になっていた。


 姪のマージェリーのお祝いを届けてから半年ほど経ち、あれからなぜか義姉のサーラから栄養価の高そうな料理を無理矢理食べさせられる夕食に度々呼び出されたが、そんな状況なのでいつ行ってもセロニアスとジャンリュックの顔を見ることはなかった。

 俺の耳にある噂が入ったのは、そんな頃だった。



 上級魔導師の付き添いで法具製作の打ち合わせの為マイラードへ行ってきたという、(同時期に入塔したという理由だけで友人ヅラをする)同僚のダレルが「いま塔で噂になっていること、知っているか?」と魔導塔の食堂で夕食を取っていた俺に話しかけてきた。


「転生者を探している女性……?」


「そう。俺が行った時には残念ながらいなかったんだけど、時々マイラードの職人街に現れては『転生者を知らないか。ユウトを知らないか』って聞いて回っているんだってさ」


 特に魔導塔のローブを着ている人物に声を掛けてくる。すでに何人かの魔導師が声を掛けられたということだ。

 怪訝な顔をしている俺に、「ルキア侯爵家子息カイリアムが転生者であることは有名な話だから、ルキア領の大きな街を訪ねていれば転生者の情報でも入ると思っているんじゃないか? 魔導師に声を掛ける理由はわからないけどな」と、俺がルキア家のカイリアムだということを知らないダレルは言った。

 俺は平民として入塔したので、元ルキア侯爵家子息であったことをわざわざ魔導塔内では公表していない。上級魔導師と貴族出身者の魔導師など一部の人間だけが知っていることだ。

 ルキア領でも俺が平民になっていることは、理由が理由なので公然の秘密となっており、大っぴらに話しはしないだろう。きっと誰もが口を噤んで黙っているに違いない。

 ルキア侯爵家子息カイリアムと平民の魔導塔上級魔導師カイリアムをすぐに同一人物だと結び付けられるだけの情報を持つものは限られるのだ。

 それなのに、わざわざルキア領のマイラードで、魔導師に声を掛ける……。明らかに俺を探しているようだが、あまりにも怪しすぎる。

 それにしても、転生者はともかく、今となっては誰も知ることの無い『ユウト』の名が出てくるとは……。

 俺の日本名を知っているってことは、七人の勇者の転生者なのか? だとしたら……


 ————会いたい————


 まず最初に浮かんだのは、それだった。突然押し寄せた郷愁とも言える強烈な懐かしさに胸が掻きむしられるようだった。

 「ユウト」の名を知っているということは、俺がこの世界に召喚された時に関わった人物であるのは確実だ。

 ちゃんと調べてからでないと、何かの罠では、と頭の片隅で警鐘が鳴り、会いたいという衝動を抑え込もうとした。だがそれでも、その気持ちはしつこく沸き上がり胸をざわつかせる。


「その女性って、どんな容姿だったか聞いているか?」


 ダレルは、おっ? と意外そうな顔をした。


「君が女性に興味を持つなんて珍しいな?」


「いいから知っているなら教えてくれ」


 焦れるように聞いた。召喚時に関わった女性なんて、一人しかいない。もし彼女なら……


「ローブのフードをいつも被っているから髪の色は分からないが、緑の瞳のすごい美人らしい。だからひと目でも見てみたいって、マイラードに用事がある上級の師匠たちに荷物持ちでもいいから同行したいって付いていく下級のやつらが結構いるんだよ」


 まぁ、僕もそのひとりなんだけど、とダレルは舌を出して笑った。


「緑の……、瞳」


 俺の眼裏に、ストロベリーブロンドのふわふわ髪と碧玉のような煌めく緑の瞳をした少女の姿が浮かんだ。

 まさか、マキなのか? そうなのか……?


「カイリアム、どうかしたのか?」


 ぼんやりとしている俺にダレルは不思議そうな顔をして覗き込んできた。


「あ、いや。その女性に会ったことあるヤツは魔導塔にいるのか?」


「今日僕が同行したレン上級魔導師が声を掛けられた一人だよ」


 それだけ聞くと、俺は食べかけの夕食もそのままに、レン上級魔導師から詳しい話を聞くために立ち上がった。訳が分からず呆然とするダレルなどもう視界にも入っていなかった。

 だが、レン上級魔導師からも大した情報は得られなかった。

 確かに声は掛けられたが、レン上級魔導師の顔を見るとすぐに興味を失ったような表情をして、すぐに自分から離れて行ってしまったという。

 美人で緑色の瞳だったということは憶えているが、顔立ちなど、いまとなってはぼんやりとした印象となっていて、もしかすると認識阻害の魔法を使っていたのではないか、と話していた。


(認識阻害か……)


 ますます怪しいが、もしマキが何らかの事情があって俺を探しているのだとすれば、自らの身元を隠す為に、そういうことをする可能性だってある。

 ただ、転生者として有名だったルキア侯爵子息だったころではなく何故今なのか、そこがどうにも訝しいが、年齢や経済的な事情でやっといま自由に行動できるようになったということも考えられるか……?


(なんにせよ、自分で確かめに行くのが早いよな)


 ふと、なんだかんだと行く理由を探している自分に気付いた。

 一体誰に言い訳しているのか。すでに心の中では会いに行くことを決めているくせにと、思わず自嘲の笑いがでた。

 観念して、明日マイラードに行くことを決め、俺が魔導塔に入ってすぐに製作した法具『メール』で、フロラ嬢に連絡を入れた。マイラードのことなら彼女に情報が集まっていることだろう。

 あとは、一応セロニアスにも知らせておいた方がいいかと思い、マイラードに俺を探している転生者らしき人物がいること、その人物と会うつもりでいるという内容を送信しておいた。だが、やはり忙しいのかそれに対する返信はこなかった。



 翌日、転移魔法陣を使ってマイラードの職人街にあるシュニエ商会を訪ねると、俺からの連絡を受けて、同じく転移魔法陣を使って先にマイラードに到着していたフロラ嬢が情報をまとめて待っていてくれた。


「さすがフロラ嬢だな。昨日の今日でここまで情報を集めてくれるなんて」


 フロラ嬢が用意してくれた資料には、“転生者を探す女性”の現れた日時や場所と目撃者・声を掛けられた者数十人の証言がまとめられていた。

 内容を要約すると、


・最初にマイラードに現れたのは、およそ五か月前。頻繁に現れるようになったのは、三か月ほど前である

・最初の頃は週に一度程度だったが、だんだんと現れる回数が増え、ここ一週間ほどは、毎日のように姿を見せている

・マイラードの宝飾・法具専門の職人街によく現れる

・魔導師、特に魔導塔所属のローブを着用している魔導師に「転生者を知らないか」「ユウトを知らないか」と尋ねる。大抵三人程度声を掛けると、いなくなってしまう

・いつも黒いローブにフードを目深に被っており、服装や体型などが確認できない。だが立ち居振る舞いから貴族階級の女性だと思われる

・容姿は誰に訪ねても、美人で緑の瞳であったとしか答えない。認識阻害を使っている可能性大

・いつの間にか姿を現し、気が付くといなくなっているところをみると、転移で移動していると思われる。ゆえに魔導師である可能性が高い

 と、いうところか。


「目撃者は多いが、結局のところ何もわかってないってことだよな。何の目的で転生者を探しているのか……。やっぱり直接会うのが早いな……」


 俺のそんな呟きを聞きつけて、フロラ嬢は厳しい表情を浮かべた。


「カイリアム様、一人でその女性と会おうとするのは絶対にお止めください!」


 常になく声を荒らげているので、思わず驚いて資料から彼女の顔へ視線を移した。

 フロラ嬢は焦りや怒り、困惑…いろんな感情が混じったような、ひどく強張った顔をしていた。


「フロラ嬢、どうした?」


「この件は何か月も前から私も気になって調べておりましたが、その女性はあまりにも不審です。なので、いまカイリアム様が見ている資料と同じものを先日ルキア侯爵閣下にお送り致しました。その際にルキア侯爵閣下より直々にこの件でカイリアム様が尋ねてきた場合は自分にすぐ連絡をするようにと仰せつかっております。ですから、閣下かジャンリュック卿がお越しになるまでどうかお待ち頂けないでしょうか」


「えぇ? しかし……」


 わざわざここまで来たのに手ぶらで帰るのはどうかと思うし、なにより、タイミングよく現れてくれればそのチャンスを逃すのは惜しい。

 それに相手は女性一人なのだからそんなに警戒することはない……と思うのだが。

 俺のそんな侮りの気持ちを感じ取ったのか、フロラ嬢は眉をぎりっと上げて怒りの感情も露わに、俺の腕をがしりと掴んだ。


「カイリアム様は! あまりにも御自分のことに無頓着すぎます! 勿論、カイリアム様の実力は存じておりますが、過信はよくありません。閣下やジャンリュック様が一人で会うのは駄目だと、危険だと判断なさったのです。ですから一人で会いに行くのは絶対にやめてください! お二人はカイリアム様を本当に心配されているのです! それがお分かりにならないのですか?」


「…………」


 あまりの剣幕に驚き固まっていると、まだ分からないのかとばかりにフロラ嬢は畳みかけるように言った。


「仮にカイリアム様をお探しでしたら、身元が確かな方であれば直接ルキア侯爵家へ面会を申し入れているはずです。それをしないでこんな方法を取るような方、閣下が不審に思うのは当たり前です!」


 確かにあの二人が俺にこのことを内緒にしていたうえに、フロラ嬢にそう言伝をしていたってことは、そういった何某かの理由があるのだろう。俺は自分で思っているよりも頭に血がのぼっていたのかもしれない。

 ちょっと頭を冷やしてよく考えよう————と、思った時だった。


「フロラ様! フロラ様はいらっしゃいますか?」


 俺たちがいるシュニエ商会の応接室のドアが激しく叩かれ、フロラ嬢が応じるのと同時にドアが勢いよく開き、男の使用人が焦った様子で足を踏み入れた。


「どうしたのですか? 来客中に不作法ですよ」


「申し訳ありません! ですが急いでお知らせした方が良いと思いまして! 例の女性が現れたのです! いま噴水広場をうろついています!」


「え……? あっ! い、いけません! カイリアム様っ」


 使用人の報告を聞いた途端、さきほどのフロラ嬢の忠告など一瞬で俺の頭の中から消え失せた。フロラ嬢に掴まれていた腕を振りほどき、止めるフロラ嬢を無視して、俺は応接室を脱兎のごとく飛び出した。



ありがとうございました。

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