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ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切  作者: 叶るゐ
第二章 アルディス
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断罪の、その後 2

 


 セロニアスとジャンリュックの二人はいま、皇帝陛下直轄の特務騎士団の団長と副団長という役目を拝命していて、夜も日もないほどの忙しさで働いている。魔導塔のお偉いさんは二人をちょっと見習ってほしいと思う。

 だが二人の忙しさは俺のせいでもあるので、心中ちょっと複雑だ。

 というのも、二人が新設された“特務騎士団”に任命されたのは、俺が作った“冒険者登録証”がきっかけだったからだ。

 新しい“冒険者登録証”によって、冒険者の過去の討伐結果、つまり魔石採取の結果が消えずにしっかりと記録として残るようになると、いままでひそかに横行していた犯罪が明るみになったのだ。


 それは、魔石が力を失って消える直前を見計らって魔獣を密猟し、その魔石が闇取引されていたことだ。

 魔石が消えれば、当然その時の狩りの記録も消える。そのタイミングで中級以上の魔獣を討伐し、その時に収穫した記録に載っていない魔石を闇で販売する。そういった犯罪行為がいつからかずっと行われており、その闇取引のルートやギルドも確立されていた。

 もちろんほとんどの冒険者はそんなことに加担していないが、一部ではわざと質の悪い魔石を冒険者登録証に使い、消えるタイミングを増やして、魔石の闇取引を生業にしているものもいたのだ。

 それゆえ、その闇取引に加担していた冒険者や闇取引ギルドは、彼らにとって死活問題となる新しい“冒険者登録証”に変更されることをなんとか阻止しようと、暗躍を始めたのである。


 新しい“冒険者登録証”が導入されることが正式に発表されると、新“冒険者登録証”は高額で、魔導塔が不当に利益を上げる為のものだというデマが流れたり、製作を請け負っているシュニエ商会と魔導塔で裏取引があったなどという根も葉もない噂が広まってシュニエ商会が嫌がらせを受けたり、考案者である俺に対しては何回か襲撃があった。もちろん軽く返り討ちにしたが。

 いまさら俺を亡き者しても、どうにもならんと思うのだが、頭が悪いのだろうか。


 だがこれらの報告を受け、これ以上の事態の悪化とその闇取引ギルドがより悪質な犯罪集団になることを危惧した皇帝陛下は、闇取引ギルドを叩き潰すことを決断し、その件に対応する特務騎士団を新設した。

 そこに抜擢されたのが、セロニアスとジャンリュックだった。

 クリシャ内の魔石闇取引を解決に導いた手腕と諜報のノウハウをメルラウール公爵に買われ、皇帝へ推薦されたらしい。打診された際にセロニアスも俺が関わっていることならばと二つ返事で引き受けたという。こんな面倒そうな案件なのにと、申し訳なさで冷や汗が出た。

 有能な二人であるので、成果は徐々に上がってきてはいるが、サスキア全土に長年蔓延(はびこ)ってきたルートとギルドである為、難しい仕事なのだろう。いまだ壊滅まで至らないらしい。

 おかげで二人はルキア侯爵領になかなか戻ることも叶わず、領地の方は家令のグイドに任せて、皇都に特務師団長と副団長として居続けているというわけだ。




 セロニアスの執務室に俺が入った途端、ジャンが開口一番こう言った。


「カイリアム様、ちゃんと食ってるか? なんか痩せて顔色悪いぞ。研究ばかりして食べるのも寝るのも忘れてんじゃないか?」


 ジャンの世話焼きは相変わらず。それに、俺が平民となったいまでは騎士爵を持つジャンの方が身分は上なのだが、“カイリアム様”呼びも相変わらずだ。

 ジャンがにやにやしながら俺の頭をくしゃくしゃにして、でも心配そうに言う。子供扱いにちょっとムッとしながらも、以前と変わらない対応が嬉しくもあった。

 忘れてないから大丈夫だとジャンの手をはたき、セロニアスに向き合った。

 相変わらず無表情だが、纏う空気はいまではとても暖かい。二人から向けられる親愛と気遣いの視線に、胸がこそばゆくなる。


「その……、今日来たのはマージェリーのバースデイプレゼントの為だけではなく、実は報告があったから来たんだ」


「どうした?」


「えっと……、昨日魔導塔長から内示があって……、俺、今度……上級魔導師を拝命することになった」


「!!」


 セロニアスの目が見開き、かすかだが口の端があがる。


「まじか! すげぇじゃねえか、カイリアム様! なんで皆揃っている晩餐の時に言わなかったんだよ! もしかして最速で最年少記録とかじゃないのか?」


「ああ、そうらしい」


 みんなの前で発表するのが自慢するみたいでクソ恥ずかしいから、ここで言っているんだ!

 またもやジャンは俺の頭を嬉しそうに鷲掴みにしてわしゃわしゃと髪を掻き回した。照れ隠しで怒ったように「やめろ」と言いながらさっきより強くジャンの手をはたいた。


「いた~い。もう、乱暴なんだから~。カイリアム様は~」


 ジャンがそう言って痛くもない手を痛そうにさするのも、相変わらずだ。


「おめでとう。カイリアム」


 祝いの言葉を言うセロニアスは、とても誇らしげだった。なんとなく胸が詰まって俯いた。


「……これで、気兼ねなくこの屋敷を訪ねられる」


 貴族籍を抜けた平民の俺が、このルキア家の屋敷を訪問していることを快く思わない貴族がいることを俺は知っていた。だから、セロニアスたちに恥をかかせることの無いよう、早く上級になるのを俺は切望していた。


「お前が私の弟であることに変わりはない」

 ——だから、周囲のことなど気にせずいつでも会いに来ていいのだ。いや、来てほしい!


 おかしな副音声が聞こえたような気もしたが、俺の心の内などお見通しのように、セロニアスはきっぱりと言った。その強い信念を感じさせる声音に、思わずはっとして顔を上げた。

 セロニアスはいつもの無表情に戻っている。だがその瞳には、いかなることからも俺を守り抜くとでも言う様な揺るぎない決意とあたたかな慈愛の光が宿っていた。


「カイリアム様は、意外に噂とか人の目を気にするタイプだったんだなー?」


 今度はよしよしするように、ジャンが頭を叩いてくる。


「……うるさいな」


 自分のことなどどうでもいいが、セロニアスやサーラを貶められることは許せなかった。

 それも分かっているかのように、セロニアスはふっと目元を弛めると、「問題ない」とだけ言った。


「それにしても、上級になったら今度はもっと婚姻の申し込みが殺到するんじゃないの?」


 ジャンが嫌な笑みを浮かべた。確かにそうかも、とジャンの言葉で気が付いて、ウンザリした気持ちになる。

 魔導塔に入塔してから、自らの家門へ養子にならないかという誘いや、貴族令嬢からの婚約の申し込みがどういう訳か沢山舞い込むようになった。俺がルキア家のカイリアムだということは、一般的には伝わっていないはずだから、単に将来有望な魔導師の青田買いということなのだろうか……。

 平の魔導師のころから誘いや申し込みが嫌になるほどあったのだ(全部魔導塔長に渡して断ってもらったが)。上級になったら、いったいどうなることか。


「あぁ……。めんどくさいなぁ……」


 今度は申し込みの窓口から魔導塔長にして、全部問答無用で断らせるか……。

 想像するだけで嫌な気分なってきた俺に、ジャンが揶揄うように「どこかの御令嬢と結婚すれば解決するんじゃないか?」などと馬鹿なことを言い出すので、イライラが爆発した。


「貴族の柵が面倒で平民になったのに、貴族の養子になったり、令嬢と結婚してどうするんだよ?! わざわざ面倒ゴトに首を突っ込むつもりはもう一切無い!!」


「まぁ、そうだよなぁ~」


 ジャンはにこーっと猫のような笑みを浮かべた。分かっててわざわざ確認するなんて、性格が悪すぎる。だが、目の端にセロニアスの何故かほっとしている様子が見えた。

 なんなのだと憮然としていると、ジャンがまた頭をくしゃりと掴んだ。


「うんうん。カイリアム様には家門や派閥争いには関わらないで、平民の気立ての良い可愛い女の子とちゃんと恋愛して、穏やかに幸せに暮らして欲しいって云う、俺たちの希望はあるけど……。カイリアム様がただ静かに暮らしたいっていうなら、それを絶対に叶えるつもりでいるからさ。まぁ、安心してくれよ」


 ……ああ、そうか。俺が初めてセロニアスの執務室を訪ねた時に訴えたことをちゃんと憶えていてくれたんだ。

 二人は俺に、この世界(サスキア)で平穏に、ただの人間としての幸福を手にすることを願ってくれているのか……。

 そう思ってくれるのは、とてもありがたいと思う。だが俺は————

 この時、俺は変な顔をしていたのかもしれない。ジャンが急に話を変えた。


「そうだ! カイリアム様が上級魔導師になったと知らせれば、きっとリカルト様も大喜びするに違いないぞ」


 それにセロニアスが淡々と答える。


「今度、グイドへの手紙に書いておこう」


 リカルトとは、俺とセロニアスの父、前ルキア侯爵のことだ。前ルキア侯爵は、断罪後侯爵位をセロニアスに譲って隠居することになった。侯爵夫人とは離縁し、今はマイラードの郊外で下男一人だけを供にしてひっそりと暮らしている。

 セロニアスは家令のグイドとは領地の件で頻繁に書簡をやり取りしているが、父リカルトは隠居という建前ではありながら、実際は蟄居謹慎と同様の扱いである為、直接書信を交わすことを控えているようだった。


「ルキア侯爵…いや、リカルト…様は、元気なのか」


 隠居しているルキア侯爵の呼び方を俺はいまだ確立していなかった。父上、と言うのもいまさらだし、前ルキア侯爵と言うのもどうかと思うし……。

 そのへんの葛藤を大人の対応でスルーしてくれたジャンがセロニアスの代わりに答えてくれた。


「息災だそうだよ。最近は近くの孤児院で子供の世話を喜んで手伝ったりしているらしい。リカルト様は元々穏やかで、気の弱いところもあるが思いやり深い方だったとグイドも言っていたから、孤児院の事情ある子供たちを相手にするのが上手なんだろうな。リカルト様も、やっと本来の自分を取り戻して平穏な気持ちで暮らしているんだろう」



 断罪後、幼い頃から見守ってきたリカルトを庇うためか、グイドはルキア家の誰もが口を噤んで話さなかったディオニアスのことや、リカルトの過去とルキア家の不幸に関わる出来事を、昨日の事の様に詳しく話してくれた。

 双子の兄ディオニアスを非常に敬愛していたこと、世間の噂や祖父の偏見の為にその最愛の兄と確執が生じたこと、最初の妻セレーナとの不幸な結婚生活のこと、セロニアスへの複雑な胸中やルキア家の悲願という教えに呪いの様に縛られていたことなどを……。


「もう、口にしてもお怒りを賜ることはありませんから……。ただ、分かって頂きたいのは、リカルト様も苦しんでおられたということだけです」


 グイドは悔恨ともいうべき表情で、いままで話せなかったことを深く詫びた。

 すでに“ルキア家の悲願”の真相をわかっていた俺たちはそれを聞いて、虚しさと父リカルトを憐れむ、なんともいえない苦々しい思いだけが残った。そしてそれと同時に、コンラート侯爵家への怒りがさらにいや増したのだった。



「そうか。心穏やかに暮らせているなら、いい」


 ルキア侯爵のせいで、ひどい生活を強いられたという思いはある。それを許す訳ではないが、ルキア侯爵に対してもう恨みはなかった。だから、いま平穏に暮らせているなら俺が言うことは何もない。

 そう言った俺を、セロニアスとジャンリュックは生温い目で見守っていた。


「おい、なんか変な目で見てただろ」


「いやいや~。見てないですよ~。ただ大人になったな~と感慨深くなっただけ」


「それが変な目なんだよ!」


 俺とジャンの言い合いに笑いを堪えながら見ていたセロニアスが、思い出したように質問をしてきた。


「そうだ、カイリアム。“監視かめら”はまだ発売しないのか」


 セロニアスが言う“監視カメラ”とは、俺とルキア侯爵、三馬鹿の家門を巻き込んだ魔石の闇取引騒動の時に俺が作った試作品である。あのとき製作した法具で機能としては完成しているのだが、販売——量産となると、いろいろな修正や考えなければいけない部分が多すぎて、いまだ開発途中となっているシロモノである。


「あー。あれなー。まだ販売するところまで至っていない、というのが現状だ。研究チームは立ち上げているから、多分数年のうちには販売できるようになる……と思う」


 そう言うと、セロニアスとジャンリュックは目に見えてガックリと肩を落とした。


「そうか……。特務の任務にはすごく活用できそうなんだがなぁ。カイリアム様がそう言うなら待つしかないな」


「なんか、スマン……。なるべく早く完成できるように頑張るから……」


 二人は力なく微笑んだ。

 その様子に、ひどく心が痛んだ。


(任務、本当に大変なんだな……。二人とももうちょっとだけ頑張って待っててくれ……! 絶対なんとかするから……!)


 このとき、俺は心新たに奮起していたのだが、申し訳ないことに“監視カメラ”の完成は、二人の為には間に合わなかった————




ありがとうございました。

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