カイリアムの婚約
数日後の夜、ルキア侯爵の思惑を裏付けるような証拠品をみつけた俺は、先日義姉上を驚かせたことを怒られるかもと内心ビクビクしながらセロニアスの執務室を訪ねた。
結果的に言うと、怒られなかった。が、逆に死ぬほど驚かされた。
「カイリアム様、婚約したんだなー。……一応おめでとうと言っておくよ」
開口一番、気の毒そうにジャンにそう言われ「…………は?」と目と口がはの状態のまま開けっ放しになった。
俺が? 誰と——??
「あれ? その顔をみると聞いてなかったのかな?」
セロニアスとジャンは顔を見合わせて不思議そうにしていた。
「グイドがメルラウール公爵と皇帝から承認をいただいて、正式に決定しましたって言っていたから……本当に知らないのか?」
グイドとはルキア家の家令だ。彼が言っていたのなら本当だろう。俺の驚愕具合に、ジャンが怪訝な顔をした。
「だ、誰と……?」
「えっ?! 相手すら知らないの?!」
「知らない……。と言うより、婚約自体初耳なんだが……」
呆然とする俺にセロニアスとジャンが目を丸くしていた。そういえば、今日の夕食にも手紙がついていた。面倒だからまだ見ていなかったが、もしかして……。
「ちょっと、一回部屋に戻る」
すぐさま転移で部屋に戻り、手紙を確認した。
「やっぱり……! あのクソ親父っ!! なんでこんなこと勝手に決めるんだ!!」
ぐしゃりと思わず手紙を握りつぶした。
手紙の内容は、簡単に言うと『婚約が調いました。君の学友フィリアラ・コンラート侯爵令嬢です。フィリアラ嬢から是非にと望みがあり、仲良くしていると聞いているので、驚かせようと思い、内緒で進めていました』という感じだ。
だ・れ・が、仲良くしているって?! ふざけんな! むしろいつも絡まれていて迷惑していたんだが!
しかも、コンラートだって? ジャンが気の毒そうだったのはそういうことか……。いまその家名を聞くと、何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなるのが先に立つ。
思わず、はぁーと重い溜息がこぼれた。
セロニアスの執務室に戻ると、婚約の件が書かれたぐしゃぐしゃになった手紙を二人に渡した。
セロニアスもジャンも苦虫を嚙み潰したような顔をして読んでいた。
「父上にも困ったものだ……。政略結婚の辛さは御存じだろうに……」
ため息交じりのセロニアスの口ぶりから察するにルキア侯爵と先妻さんは政略だったようだ。セロニアスを厭うのはそのせいもあるのだろうか?
「あー。フィリアラ嬢とは、仲良し……だったのか」
「んなワケあるか!」
手紙の内容を一応確認とでもいうように、恐る恐るジャンが聞くのに少し食い気味に叫んだ。
「『わたくしはルキア侯爵からカイリアム様を頼みますと言われておりますの』とか偉そうに俺の行動に難癖つけて、自分の取り巻きの令嬢どもを俺に付きまとわせて監視しているんだぞ? そんなヤツと仲良くなれるか!」
「ふむふむ。他にはどんなことされてる?」
「他? 嫌味は挨拶の様に言われているし、たまに何も言われないと思ってると、ちょっと離れたところで俺のことをきっつい目で睨んでいるから『何か言いたいことでもあるのか』って声掛けても何も言わずにぷいっとどこか行くんだよ。態度悪いよな」
ぶりぶり怒る俺に「あ~。成程ねぇ~」とジャンが訳知り顔でうんうんと頷く。
「フィリアラ嬢ってどんな感じの娘? キレイなのか?」
「あぁ? なんだよ急に。……まぁ、美人は美人か? 淡い金髪に緑の瞳で顔立ちは整っているな。ただツリ目な上に唇を一文字に引き結んでいて、いつも睨みをきかせて不機嫌そうにしているから、せっかくの美人が台無しだな」
「ふ~ん……」
俺とセロニアスは、にやにやと気持ち悪い表情をしはじめたジャンに胡乱な目を向けた。
「何か知っているのか?」
「あれ、セロも分からないのか。お前と御同類だよ。そうなる原因は違うけどな。セロは緊張とテレでその状態になっていたけど、フィリアラ嬢はたぶん気位が高すぎて好意を素直に表現できずにツンデレを超えてツンツンになっちゃったんだなー」
「は?」
一体ジャンは何を言っているんだ? 人を嫌な気分にさせているのに、テレも気位もないだろう。セロニアスも御同類と言われて納得のいかない顔をしている。
「うーん。二人ともなんでそんな嫌な顔になっちゃってるんだ? 素直になれなくてツンツン、可愛いじゃないか~」
「「可愛くない……!」」
俺とセロニアスは顔を見合わせて、こくりと頷いた。ちょっとのデレもないツンなんて俺にはトンガリすぎてて手に負えない。可愛いといえるジャンは割と大物だと思う。
ちなみにこの世界は、転生者がいるせいかこういうオタクっぽい言葉が普通に通じたりする。
「こうなったら、やっぱりあの件のこと真剣に考えて欲しい」
「…………」
セロニアスには、たびたび『今後の俺の身の振り方』について相談してきたが、もっとよく考えろとずっと保留にされていた。今回こんな事態になってもあの難しい顔を見ると、まだ駄目らしい。貴族というのは柵が多いものなんだな。仕方がない、話を変えよう。
「それと、婚約のことで話が横道に逸れてしまったけど、今日はこれを見せるためにきたんだ」
俺は訪問の本来の目的で持ってきていた数通の手紙をみせた。
地下にある俺の研究部屋に毎日届けられている食事に、一緒に置かれているルキア侯爵からの手紙だ。大体、早く部屋から出てこいだ健康面が心配だ等とどうでもいいことしか書かれていないので無視していたが、先日セロニアスと話をした後、ちょっと気になって放置していたもの全部の封を開けてみた。
そうしたら、先週の手紙から『災害で困っている領地への訪問に付き合ってほしい』という嘆願の手紙に変わっていた。直近の手紙はかなり切羽詰まった様子で『とにかくここの領地だけは夏季休暇中に行きたい』と三馬鹿の領地を指定していた。友人の領地なのだから心配だろう? と一言添えられて。
誰が友人だ。笑わせてくれる。
しかし昨日の手紙には一転『夏季休暇中はないかもしれないが、いつでも行けるように準備しておいてほしい』となんとなくルキア侯爵の困惑が伝わってくる文面で書かれていた。
恐らく、ルキア侯爵は狩場封鎖が長引くと三家の領地経営が厳しくなるので今夏のうちに街道の整備をして封鎖解除をするつもりだったか、もしくは今夏までの約束だったかで俺を領地に向かわせる手筈を整えるつもりだったのだろう。それが、三家から連絡がないのか、まだこのままでというような返答だったのかもしれない。
「これでルキア侯爵が魔石の闇取引と関係ないことがほぼ確定かな」
セロニアスとジャンが「そうだな」と同意した。
もし、ルキア侯爵が闇取引を指示していれば、封鎖されている狩場をどうにかしようなどとは思わないだろう。狩場までの街道が開通すれば、冒険者ギルドに再登録しなければならない。そうなると魔石を隠れて取り放題とはいかなくなるのだ。わざわざ宝の山を手放すわけがない。
「今、捕えた奴らからの情報や奴らが所属していた犯罪集団、闇取引に関わっている闇ギルドを秘密裏に捜査している。例の三家が関わっているのはすでに分かっているが、確実な証拠をそろえるのにもう少しかかる。だが、コンラート家が関わっているという証拠は恐らく出ないだろうな……」
何の痕跡も残ってないんだ、と悔し気にジャンが言った。
「そうだな。三家に悪知恵を吹き込んだ可能性は高いが、直接手を出してはいないのだろう」
「そういうのを黒幕っていうんだろ?」
「証拠がなければ、あくまでも可能性の話だ。侯爵の地位についている人物を憶測だけではどうにもできない」
セロニアスがあまりにも冷静に言うので、逆に俺は腹がたってきた。
「くそっ……!」
「まあまあ。俺らが頑張って調べるからさ。ただ先代と当代のコンラート侯爵はなかなか食えない御方達だからなぁ。尻尾は簡単に掴ませてくれないだろう。それにコンラート家が怪しいってカイリアム様に指摘されなかったら、たぶん三家をつきとめた時点で調査を終わらせていた。その点で言えば、俺らは知らずに後手に回っていたわけだから、今回コンラート家までたどり着けないのは仕方がないと言えるし、抜かりもあった……」
「——だが、次はない」
セロニアスが猛禽のように目を爛々とさせて言った。
「……うん」
そうだな。悔しいのはずっと調査をしていた二人の方だった。最近ちょっと調べて事情を知っただけの俺なんかよりよっぽど腹に据えかねているはずなのに、俺が二人を責めてどうする……。
「……すまん」
ジャンがにこりと笑って俺の頭に手を乗せて髪をくしゃくしゃにした。なんだかなぁ……。俺、ジャンにすごく子供扱いされているような……。まぁ、いいけど。
「ところでさ、俺の婚約の話に戻るけど、この婚約ってコンラート家に何か得になることがあるのか?」
闇取引の話は今日のところこれ以上進みそうもないので、さっき気になったことを聞いてみる。
セロニアスは少し考えていたが、「特にない、な……」と答えた。
ルキア侯爵の手紙には、コンラート家、フィリアラ嬢からの要望と書いてあったが、今までの態度からいって、俺には不可解でしかない。
とてもじゃないが好かれているとは思えないし、結婚して二人で幸せになるというイメージも全く、これっぽっちもわかない。
かと言って今聞いたように、コンラート家とルキア家が結びついてもさして得られるものもない。
それどころか、コンラート家が闇取引の黒幕だったとしたら、ルキア家の没落か失墜を狙っていたことになる。そんな家に大事な娘を嫁がせたいと思うだろうか……?
「どうにも、解せぬ……」
首を捻っていると、ジャンが「カイリアム様って、恋愛方面は結構おこちゃまだな~」と頭をまたくしゃくしゃにした。
「もう、なんなんだよ!!」
ジャンの手をぱしりとはたくと、わざとらしく手をさすりながら「いた~い」などとさして痛くもなさそうに言う。
「あんまり、揶揄うな」とセロニアスが苦笑しながらジャンをたしなめた。
「だって、あまりにもニブくて……。そういうとこ、セロと兄弟だよなぁ……」
「…………」
んん? セロニアスが兄弟と言われて嬉しそうに口元を緩めている。おいそこ、喜ぶところじゃないぞ。二人そろってニブいって言われてんだぞ!
ジャンがほほえましげに俺たちを見ているので、余計に恥ずかしい。
「さて、本題に戻るか。カイリアム様は、フィリアラ嬢のことをどう思ってる?」
「どう、とは……?」
「まあ、端的に言えば好意を持っているか……とか。照れずに本音を教えて欲しい」
ジャンがひどく真面目な顔をして聞いてきた。
「なっ……! テレも何もない! むしろマイナス方向の感情しか持っていない!」
「————そうか……」
セロニアスとジャンが俺を探るように見る。
「この婚約、父上とコンラート侯爵それぞれの思惑が違っている。父上の手紙にはフィリアラ嬢の要望による婚約としか書いてなかったが、実際はお前のコンラート家への婿入りだ。おそらく、コンラート侯爵は転生者のお前をコンラート家に取り込むつもりなんだ」
なるほど、そういうことか。俺が婿入りするのなら、例えルキア家が没落しようともコンラート家には問題ない。ルキア家子息という肩書よりも勇者のネームバリューの方が上ってことか。
「ルキア侯爵は、俺に継がせるつもりでいるんだろ? よくそんな婚約を了承したな」
「ルキア侯爵がどう考えているかはわからないけど、セロを廃嫡してカイリアム様が継嗣になっても、フィリアラ嬢が君に好意をもっているならそのまま嫁いでくれるとでも思っているんじゃないかな? 実際、コンラート家には嫡子がいるし、そもそもフィリアラ嬢がコンラート家を継ぐという話は出ていない。カイリアム様が絶対に婿入りしなければならないということはないと高を括っているんだろう。あとは、もしもセロを廃嫡できなかった時の保険、かな。恐らくコンラート侯爵家を継ぐことはなくても、わざわざ婿入りを要望しているんだから、伯爵か子爵位くらいは用意するって話になっているんじゃないか」
ジャンの説明で、ルキア侯爵の思惑はなんとなくわかったが、コンラート侯爵の方はやっぱり納得がいかない。因縁のあるルキア家の勇者である俺をなんでまた……。解せぬ。
「まあ、俺たちも本当のところ不可解なんだけどなー」とジャンも憮然としながら頭を掻いた。
この時の俺たちには予想もつかないことであったが、『勇者ユウト』はコンラート侯爵家にとってまさしく英雄であったのだ。
先祖の恋路を邪魔し、当時の王族との婚姻を阻み、コンラート家の栄光に瑕疵を入れた憎んでも憎み足りないライルリッツ。そのライルリッツを殺し、宿敵ルキア家と王家が結びつくのを止めてくれた『勇者ユウト』は、コンラート家にとって恩人に他ならない。
そんな歪んだリスペクトを俺たちは知る由もない。
「メルラウール公爵と皇帝の許可まで貰っているってことは、もう簡単には婚約解消なんてできないんだよな?」
「…………そうだ」
俺のダメ押しの確認にセロニアスが眉間の皺を深くして、苦し気に答えた。
俺は、はぁーと今日何度目か分からない重い溜息をついて、自分の決心をセロニアスに告げた。
「……本気なんだな」
俺は重々しく頷いた。
セロニアスには理不尽なことなのだろう。だが俺にとってそれは解放だ。もしかしたら“逃げ”なのかもしれないが……。
「もうあの提案しか手はないと思う。俺は————」
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