ダンジョンへの行軍
俺たちは、次の日の午後に先に召喚されたという勇者たち三人と引き合わされ、その次の日、召喚されて二日後には魔王の顕現したというダンジョンへ向かった。そこへは総勢七人の勇者に五カ国合同の騎士と魔導師の討伐隊二百五十余名が付き従った。
その行軍は大人数であった上に、俺たちの戦闘訓練も兼ねているせいか遅々とした進みで、俺をイラつかせた。
(こっちに来ている間の向こうの俺ってどうなっているんだ? 会社休みっぱなしってことか……? マズイよなぁ。途中の案件もいっぱい抱えていたのに、大丈夫かな……)
とにかく魔王なんぞ手早く討伐して、帰還の儀式とやらをしてもらいたい。ここは確かに“スキモノ”の世界に似ているけど、同じではない。結局『カナリー』はいないしな。ここ重要。
はぁ、と本日宿営するための野営場の焚火の前でもう何度目かわからないため息をついた。
野宿も馬車の旅も初めての体験で俺は精神的にも肉体的にも結構疲労困憊していた。
この馬車も、快適な自動車に乗り慣れた日本人には大変キツイ乗り物だ。揺れるし、尻痛いし。ホント早く帰りたい。はぁ。
同じく焚火を囲っている人物から、くすっという笑いが聞こえた。
「……なに?」
「いえ。すっごくイライラしているなぁ、と思って。そんなに魔王討伐が嫌?」
そっちが嫌だと思われるのは心外である。しかも見かけは極上の美少女に。
目の前にいるのは、ふわふわのストロベリーブロンドに碧玉のような煌めく緑の瞳の大変に可愛らしい少女である。守ってあげたくなるような甘い容姿は、俺以外の勇者たちと討伐隊のやつらには非常に受けがいいようで、すでにみんなのアイドルと化しているが中身は結構な姉御肌だ。彼女は先に召喚されたという三人の勇者の一人で、マキという唯一の女性だ。
「討伐が嫌な訳じゃない。会社休みまくっているのが心配なだけだ」
「ああ、ユウトは日本で会社員なんだっけ……。そんなこと気にするなんて、社畜?」
「社会人としてのモラルの問題だ!」
「あぁ、はい。そうねー。でも帰れないのにそんなこと気にしてもしょうがないじゃない? そんなイラついて下手を打つ方が問題だと思うよ。『いのちだいじに』だからね!」
「俺としては、『ガンガンいこうぜ』でとっとと終わらせたい」
俺がそう言うとマキは急に鬼のような憤怒の形相になり、美少女の外見からは想像できない程の威圧と妙な説得力をもってこう言った。
「——そういう考えは絶対に、後悔する。『いのちだいじに』これ基本だから」
「あ、ああ……。気を、付けるよ……」
俺はちょっとその空気に呑まれて素直に返事をした。するとマキはさっきの威圧を霧散させて「うんと気を付けてね」とにっこり極上の笑みを返してきた。
「……なに、ゲームの話?」
(——きた)
“スキモノ”とは別の某有名RPGゲームのコマンド操作を交えて話していたので、リョウタはゲームの話だと思ったようだ。しかも不機嫌なオーラを隠しもしないリョウタに俺は内心うんざりしながら「いんや、討伐に関しての注意を受けてた」と答えた。
リョウタは、マキたち先行の勇者たちとの顔合わせで、マキに一目ぼれをしたようだった(俺予想)。人見知りらしくなかなか他の人間との距離を詰めて来ないリョウタがマキにはずいぶんと懐いているし、今のように自分以外と楽しそう(?)に話していると必ず割り込んでくる。ワカモノの恋模様は微笑ましいが、最近若干面倒になってきた。
まだ面白くなさそうな顔で「ふーん」などと言っている。ああ、癒しが欲しい。
「カナリーがいればなぁ……」
いかん。欲望が思わず口からこぼれてしまった。
「カナリーって、“スキモノ”五作目の?」
耳聡くマキがきいてきた。
「ああ。俺の一番の推しだ! 九作まで全部一通りプレイしたが、やっぱり五作目のカナリーが一番いい」
「わかる! 私もカナリー死ぬまでパーティに入れてた! 死んだときマジ泣いた。ティアなんかより絶対カナリーだったよね」
ちなみにティアとは、主人公とカナリーと三角関係になる回復系少女の名前だ。
「お前、意外に話がわかるな」
俺たちはガシリと拳を合わせた。
「僕はティアの方がす、好きだった……。なんかマキに似ているし……」
おお? 告白か? リョウタ頑張れ!
「えぇ? そう? 確かにピンク髪は一緒かもしれないけど……。どっちかっていうと、私自分の外見『どこの乙女ゲーのヒロインだよ』って内心ツッコんでた」
「…………」
玉砕だ。全然通じてねぇ。ニブいのもある意味ヒロインのデフォルトだよな。
「……ねぇ。私なんか変なこと言った?」
リョウタが奈落の底に落ち込み、俺が笑いを堪えているのを見て、マキは憮然とする。そんな楽しい雰囲気をぶちこわすように、突然俺たち三人の後ろから嫌味な声を掛けられた。
「ああ。勇者様とはいい御身分ですなぁ。それともその麗しい御尊顔でまた誑かしているんでしょうかね。全く羨ましい限りです。王族ばかり侍らせて」
振り向くと、いかにも身分の高そうな騎士が俺に視線を向けていた。
「何訳わかんないこと言ってんだ? お前」
騎士は俺を見て「へぇ、これはこれは……」とにやにやと気持ちの悪い笑いを浮かべた。
「ゼイン殿、失礼ではないですか? それに、魔王討伐中は身分や家名など関係ないことでしょう?」
マキが眉をひそめゼインに注意をする。
「これは大変申し訳ございませんでした。不躾にも勇者様方の御歓談を邪魔してしまいましたね。邪魔者は早々に失礼つかまつります」
わざとらしいほどに恭しく礼をとり、ゼインはその場を去った。マキの美少女っぷりにヤられていないのが俺以外にいたとは驚きだ。
「……なんなんだ。アレ」
呆れたように言う俺にマキはため息をつきながら説明した。
「魔王討伐中は各国の混合部隊になるから、身分の上下とかで指揮系統が混乱するのを避ける為に爵位とか家名では呼ばないルールなの。ただ、それを蔑ろにされているって不満に思う高位貴族はやっぱりいる……。私たちからみれば血筋だの爵位だの、だから何?って感じなんだけどねー。……その、あなたの体の人とゼイン殿は出身国が同じだから何か思うことがあるのかも。彼には気を付けた方がいいわ」
「……ふぅん? わかった、気に留めておくよ」
いや。ホントのところ全くわかってないんだが。ま、関わらなければいいだろ。
——とこの時はそう思っていたのだが、この後もゼインと言う騎士には何故かネチネチと絡まれて、ほとほと手を焼くことになる。
「魔王討伐でみんな団結しているのかと思ってたけど、いろいろあるんだね……」
リョウタがぽそりと呟くのに、マキが困ったように微笑んだ。
魔王討伐の行軍は終始こんな感じで勇者同士ゲームの話で盛り上がったり、サスキアの権力闘争の話をしたりとどこか現実離れしていて、自分の中ではやっぱりゲーム感覚で、これから危険な魔王討伐に行くという緊張感はさしてなく、なんだかんだ俺はこの道行をバーチャルゲームをしているような、物語を読んでいるような、そんな感覚で内心楽しんでいた。
———そう、魔王と対峙する迄は。
ありがとうございました。
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