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ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切  作者: 叶るゐ
第一章 ヴィクトリア
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アルディスに連れられて

本日、4話目の投稿です。


 その少年は、皆のいるテーブルまで気だるげにうつむきかげんに歩いてくると、先ほどヴィクトリアが気にした余分のカップの置いてある席につき、分厚い紙の束をカップの横にばさりと置いた。


「不作法ですまないね。何度言ってもきかなくてねぇ」とルキア侯爵がアルバート男爵とヴィクトリアに苦笑いで謝罪した。


「次男のアルディスで、十一歳だ。アルディス、こちらがアルバート男爵で、その隣の御令嬢がレイヴィスの婚約者になるヴィクトリア嬢……」


 そこでやっとアルディスは顔を上げて、興味なさげにアルバート男爵を見、ヴィクトリアに視線を移し———目を急にカッ、とかっぴらき凝視した。

 突然強い視線に射抜かれたヴィクトリアはびくりと肩をゆらした。恐ろしいほどの美貌に見つめられて、緊張で体が小刻みに震える。しかし目が離れない。いや離せない。

 夏の晴れ渡った青天のような濃い青の瞳が、ヴィクトリアを強く捉えて離さなかった。


 なんてこと、瞳の色まで吸い込まれるように美しい……。ヴィクトリアはまばたきするのも忘れていた。


 しばし二人は無言で見つめあっていた。

 二人以外も見つめあっている二人を凝視していた。

 静かな時間が、流れた。



 ふっ、とアルディスが顔を緩めて微笑んだ。それは光り輝くような笑みでヴィクトリアは思わず息を呑んだ。


「ヴィクトリア嬢、うちは初めての訪問でしょう? 僕が中庭を案内するよ!」


 小首をかしげ多少あざとさを感じさせるものの、先ほどの不作法さなどどこかへやったように上品な仕草でヴィクトリアのそばに立ち、エスコートの手を差し出した。


「あ……でも……」


 ちら、とアルバート男爵を見たが、父も困惑の表情を浮かべていて、どうしていいかヴィクトリアには判断がつかなかった。

 その様子を見ていたアルディスが「……僕と一緒は、いや?」と青い瞳を揺らして切なげにヴィクトリアに問いかけるので、「そ、そんなことは」と思わず狼狽えて答えると、じゃあいいよねとヴィクトリアの返事も待たずに手をすばやく取り、中庭の奥の方へと歩き出した。

 残された三人は、庭の奥へ歩いていく二人を呆然と眺めていた。

 特にルキア侯爵とレイヴィスは、どういう訳か驚愕で顎が外れそうな顔をしていたが、少し早く復活したレイヴィスが顎を引き締めると「僕もいってきます」と言って、慌てて後を追った。



 アルディスに手を引かれ、ヴィクトリアはずんずんと庭の奥へ、早足で連れて行かれた。

「案内をしてくれるのでは、なかったの?」と声をかけても、アルディスはヴィクトリアをちらりと見ながらきれいな青い瞳を思案気にきらめかせるだけで、何の案内もなく美しく整えられた庭の中を黙って進んでいく。

 しばらく歩くと背の高い生垣にぶつかり、その生垣の一部の茂みが子供ならくぐれそうな程度空いていた。

 アルディスが振り返り、いたずらっ子のように微笑むとその穴をくぐっていった。一瞬どうしようかと躊躇したが、(もうここまで付いてきたのだから)と意を決して、ワンピースドレスの裾を纏めてヴィクトリアもくぐった。

 くぐったその先には、匂い立つようなハーブ園が広がっていた。

 よつんばいのまま近くにあったラベンダーに思わず顔を近づける。


「……わぁ……いい香り……かわいい花もいっぱい咲いて……」


 立ち上がり、まわりを見渡すと、花をつけたラベンダー、コーンフラワー、ポリジ、カモミール、タイムにローズマリーなど香りのよいハーブが所狭しと植えられている。どれも手入れがゆきとどいて、青々と茂っていた。


「僕はよくわからないんだけど、このへんに植えてあるハーブは、厨房で使っているものが多いらしいよ。もっと奥のほうは薬草園になっている。生垣のこちら側は使用人が使っている場所だからあんまり来ちゃいけないんだけど、僕はここが気に入っていてよくくるんだ」


 父には内緒だよ、とアルディスが唇に人差し指を立ててにこりと笑い、「さあ、座って」とうながされた先を見るとさっきくぐった生垣の日陰になったところにブランケットが敷いてある。

 いつの間に用意したのかしらと思いつつも、アルディスと並んでそのブランケットに腰を下ろした。



 しばらく二人は無言でハーブ園を眺めていた。

 アルディスは少々強引とも言えるくらいにヴィクトリアをここへ連れてきたくせに、のんびりと座り込んだまま、どういう訳か何も話し掛けてこなかった。

 けれど、その沈黙は不思議と心地よかった。


 ぼんやりとのどかな景色を眺めていると、小鳥たちが春の歌を楽し気に囀っているのが聞こえてくる。日の光はぽかぽかと暖かく、体がぬくもり自然に弛緩してくる。

 すると、このところ何故か息苦しかった胸が少し楽になり、呼吸がしやすくなった気がした。

 大きく息を吸い込み、あたたかくやわらかな風が運ぶハーブの馥郁とした香りを楽しんだ。そうすると婚約の話がでてからずっとささくれ立っていた心が、ほんわりと落ち着いてくるのをヴィクトリアは自覚した。

 心が落ち着き、本来の冷静さを取り戻すと、ここ最近の自分の言動の悪さが思い出されてくる。


(わたくし、お父様にひどい態度をとっていたな……)


 婚約話が出てから、今日ルキア侯爵邸にくるまでの一カ月ちょっと、父とは朝晩の挨拶以外ほとんど口をきいていなかった。

 婚約話を聞いた時のヴィクトリアの顔色があまりにも悪かった為か、『嫌なら断ってもいいんだよ?』と涙目で言い出した父に、(侯爵家からのお話を男爵家が断るなんて無理に決まっているのに、どうして出来もしないことをお父様は……)と心の中で激しく憤った。

 どうしてこんなに心が重いのか自分でもわからず、しかもこれほど心乱れたことも初めてで、どうにも上手く対処できなかったのだ。

 その原因の父と会うのが怖くて、ヴィクトリアはずっと父を避けていた。

 しかし、父とルキア侯爵の今日の様子をみて、(もしかしたらほんとに断れたのかしら…?)と今は思い始めていた。


ありがとうございました。

楽しんでもらえたでしょうか。

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