アリアナの後悔
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襲撃の夜、アリアナはまんじりともせず自分の部屋でじっと事が起こるのを待っていた。
(今日で全てが終わる。これでお嬢様に隠し事をしている罪悪感からも解放される)
アリアナは自分の首にかかっている濁った黄色い石のヘッドがついたペンダント——に、模した元『呪具』をぎゅっと握りしめた。
(……!!)
ウィラージュのもつ呪具の親魔石から『すぐに裏庭の門にきて鍵を開けろ』とアリアナの呪具に命令が伝えられ、アリアナの頭の中にその命令が響き、体がびくりとする。
一昨日、アシェラの街に呼び出された時には、裏庭の門を使うなどとは言ってなかったはずなのに……、と嫌な予感がよぎった。だが今、アルバート男爵は正門と森側にいる盗賊の捕縛の最中のはずなので、すぐに連絡がとれない。
(とりあえず、通用口に護衛がいるはずだから、連絡を頼んでおこう)
屋根裏の自分の部屋から二階に降りて、ヴィクトリアの部屋の扉を静かに開けてそうっと覗いた。
ヴィクトリアがベッドにいることを確認して、ウィラージュがここまで来ることはないはずだがとは思いつつ、念のためヴィクトリアの部屋の扉に侵入を阻む結界の魔法を展開させてから、通用口に向かった。
通用口にいる護衛達に「危ないから外へ出るな」と注意されたが、旦那様の用事だと少々強引に押し通し、ついでに『命令』がきたことを書いたメモを急ぎで旦那様に渡してもらえるように頼んだ。
通用口から外に出るとシンとした深夜特有の静謐で冷えた空気が感じられた。騒ぎが起こっているような音も声もしない。今、旦那様達は潜伏している襲撃者たちを囲み、防音の魔法陣の中で速やかに捕縛しているはず。計画通りならば、ウィラージュ達の自称“討伐隊”も、盗賊団の襲撃を捕えるという名目でその後方にいて一緒に捕えられているはずなのに……。どういうこと……?
とにかく門へ急ごう、とアリアナは足早に裏庭を横切り、橋の門へ向かった。
(な、なんで……?)
橋の門へ到着し、アリアナは血の気の引いた顔で茫然とつぶやいた。
裏庭側の門の鍵はすでに開けられ、はね橋も下りていた。
ウィラージュ達の様子だけ窺って、アリアナはこの門を開けずに男爵が到着するまで死守するつもりであったのに、一体誰が?
裏庭側の門をくぐり、橋の向こう側の門を見るとすでに誰かが門の鍵に手をかけているのが見えた。『命令』を受けているようにみせかける為、動揺した表情を必死で押し隠し、アリアナは川の向こう側の門へ急いだ。
「ロイさん……!?」
門の鍵を開けようとしているのは、庭師のロイだった。彼は父親の代からこのアルバート家の庭師をしていてアリアナやヴィクトリアとも親しく、彼が裏切るなんてアリアナには信じられなかった。
「どうして?! こんなことやめて! ここを開けたらどうなるかわかるでしょう?」
『呪具』の命令のことなどかなぐり捨てて、ロイを止めようと彼の腕を掴んで引っ張ったがその手は乱暴に振り払われた。アリアナの問いかけにロイは何も答えず、「うぅ…ぐうぅ…」と喉が潰れたような苦し気な唸り声をあげた。
ロイの手元をよく見ると手がぶるぶると震え、鍵穴に鍵がうまく入らずガチャガチャと音を立てている。ロイ自身ひどい脂汗をかき、顔を歪ませていた。
「ロイさん、まさか…!」
呪具で命令されているんだ! アリアナは自分の経験からすぐにそう思った。慌ててロイの体を調べるが、アリアナのようにアクセサリーを模したようなものは身に着けていない。しかし、たとえ呪具がみつかったとしてもアリアナに解除はできない。
(どうしよう、どうしたらいいの? ロイさんは『命令』に逆らおうとして苦しんでいるんだ。このままだとロイさんが死んでしまう!)
かといって、ロイに命令に逆らわず鍵を開けろとも言えないアリアナが手をこまねいてオロオロしている間にも、ロイの顔色は土気色に変わって目が血走り飛び出てきていた。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
すでに死人のような顔色で呻くロイの傍をうろうろとするが何も思いつかず、粘つく汗と涙が滲み、焦りばかりが先に立つ。
(旦那様が来てくれれば…)とアリアナは必死で祈るが、ロイの限界の方が早く訪れたようだった。
ひときわ苦しそうな「があぁ……!」という叫びと同時に、ピンと音を立てて門の鍵は外れた。ロイの体は力なく崩れ落ち、地面にどさりと倒れた。
「ロイさん!!」
ロイの体を揺さぶるが、何の反応もない。
「………!」
愕然としたアリアナの目の前で門の扉がゆっくりと開き、そこには盗賊のような汚い恰好をした男二人と、軽鎧をつけて武装した十数人の男たちが立っていた。その男たちに守られるように後ろにいた黒いローブを着た魔導師二人のうちの背の高い方が、呆然とロイの傍でへたり込んでいるアリアナをじろじろと見て「ほーら、やっぱり裏切っていた。用心してこっちにきて良かったじゃあないか」と隣にいるウィラージュに言った。
「宿で見た時にちょっとおかしいと思ったんだ。呪具をつけられて三年もたつのに目に力がありすぎる。普通はもっと怯えるか、卑屈な目になるのに……。
お前、どうやって俺にわからないように呪具の効果を無効化した?」
不穏な空気を撒き散らしながら近づいてくる魔導師に気が付くと、アリアナのとった行動は早かった。すぐさま侵入を阻止する結界の陣を展開し、弾かれたように踵を返し屋敷の方へ全力で走り出した。あんな結界は魔導師相手に時間稼ぎにもならないのはわかっているが、とにかく逃げるしかないと思った。
「じゃあ、逆にあいつは男爵の密偵になっていたのか?!」
「そういうことになるんじゃない?」
「お前の呪具が役立たずなせいではないか! 早くあいつをなんとかしろ!」
ウィラージュの焦りを含んだ怒鳴り声が聞こえてくる。そのまま二人で言い合いを続けてくれと祈りながらアリアナは足を懸命に動かした。
「こうなると、あっちの方が心配だな。先にちょっと見てくるよ。あぁ、その前に『呪具』の回収をしとこう」
ウィラージュの怒声など全く気にならないように魔導師がそう言うと『詠唱』の声が聞こえ、アリアナのペンダントの鎖が一陣の風と共にぷつりと切れ、首からふわりと浮いた後、魔導師の手の中に飛んで行った。
「一体、誰がどんな解除をしたのか…。面白い……くく…」
底冷えのする笑いを含んだ声が聞こえアリアナは背筋がぞくりとしたが、とにかく誰かに知らせを入れるために、恐怖で足が止まりそうな自分を叱咤し全力で走った。
アリアナが橋を渡り切ったあたりで、背後で結界の破れるぱりんという音が聞こえ、反射的に後ろを振り返った。魔導師二人の姿は見えなかったが、盗賊の様な恰好をした男二人とウィラージュだけが先に橋を渡り始めていた。
アリアナはこの門の扉を開けるつもりがなかったので鍵を持ってこなかった。ロイの持っていた鍵を拾わなかったのを今激しく後悔していた。そうすれば、せめて裏庭側の扉を閉められたのに!
そう思いながら護衛の姿を探し裏庭を走っていると、信じられないことに屋敷の通用口からヴィクトリアが護衛と一緒に出てきたのだ。
「な……! はっ、逃げっ……!! 閉め……っ…!」
(なんで!? 早く逃げて! 扉を閉めて!)というアリアナの叫びはむなしく響いた。
ヴィクトリア達を認めると二人の侵入者は抜剣し魔石を口に含みスピードと力の強化の魔法を発動させ、あっという間にアリアナを追い越し、護衛とヴィクトリアに襲い掛かろうとしていた。
「でかしたぞ! アリアナ。最後にいい仕事をしたな」
始末する前に褒めてやると、剣を鞘から抜きながらにたりと笑ったウィラージュに心底寒気を覚えたが、旦那様が到着するまでの時間稼ぎをするのだとなんとか踏ん張り、行く手を塞ぐように両腕を広げ、ウィラージュに向き合い対峙した。
「わ、私を殺すのはともかく、お嬢様を、ヴィクトリア様も殺すつもりですかっ! そっ、そんなことをしたら絶対にここは手に入らないっ!」
ぶるぶる震える体をなんとか抑え、アリアナはウィラージュを睨んだ。
自分の優位を疑ってもいないウィラージュは嗜虐心を満足させて、アリアナをにやにやと楽しそうに見ていた。そのうえ、アリアナを殺すと決めたせいか口も軽くなったようで、こんなことを言った。
「殺しはしないさ。私は優しいからな、キズモノにした責任はとるつもりだ。ただ抵抗できない体にした方が扱いやすいではないか……、あとで捨てるのも楽だ」
クズだ、わかっていたけど、こいつは本当の真正の間違いようもないクズだ! とアリアナは心の中で唾棄した。
「おっと、つまらないことをしゃべっていたら、私の出番がきたようだな。アリアナ、お前の始末はこの後でつけてやる」
そういうとウィラージュはアリアナの横を風のようにすり抜けた。
いつの間にか強化魔法を展開させていたらしいウィラージュが、瞬く間に襲われているヴィクトリアと襲撃者に追いつこうとしている。
アリアナもあとを追いかけ「お嬢様、逃げて!」と叫んだがウィラージュのスピードにはついていけなかった。一瞬ヴィクトリアとアリアナの目があったが、すぐにヴィクトリアの視線は剣を大上段に構える襲撃者に移った。
今にもヴィクトリアを斬りつけようとしていた襲撃者が剣を上に構えたまま何故か一瞬固まったようにアリアナは見えた。その隙にウィラージュは二人の横に飛び出し、男の喉笛を切って捨てた。そしてそのままヴィクトリアをも斬りつけようとした時———
突然、閃光と爆音の魔法が発動し周囲がよく見えなくなったうえに、ふいに起こった凄まじい強風で砂が舞い上がり、その砂が目に入りしばらく痛みで目が潰れていた。
気が付けば、ヴィクトリアを襲っていた男は首を斬られて倒れ、ウィラージュは顔から血を流してのた打ち回っており、その傍には折れた剣と刃が落ちていた。アリアナは襲撃者の構えていた剣にウィラージュの剣がぶつかり折れて、その刃がウィラージュの顔を切り裂いたのだと認識した。
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