アルバート男爵邸襲撃事件 1
ヴィクトリアは深夜にふと目が覚めた。
襲撃があるなどと予告されてぐっすり眠れるはずもなく、時々うっすらと覚醒しては浅い眠りを繰り返していた。
目が覚めたのは、イヤーカフがちりっと温かくなった気がしたせいかもしれないし、屋敷の通用口を開けた音がしたような気がしたせいかもしれない。何となく気にかかり、ベッドから出てガウンを羽織り、書き物机の前の窓から外を覗いてみた。
いつものように裏庭の常盤木を眺め、その先にある川の方へ視線をやった。アルバート邸の西側には屋敷を囲むように流れる川があり、それはこの屋敷の堀の役目を果たしている。ちょうどヴィクトリアの部屋の窓からその川に架かるはね橋が見渡せるのだが、川とはね橋は今の時間では闇に溶けて見ることはできない。この橋の両端には頑丈な門が備えられており、夜は魔石の明かりが灯って、門だけが浮かび上がって見えた。
そして、その門をヴィクトリアが目を凝らして見ると、夜の間は固く閉ざされているはずの扉が、いまどういう訳か開いていて、はね橋も下りているようだ。そのうえ川の向こう側の門の外には、暗くてよく見えないが、十数人は人がおり、橋を渡ろうとしていた。そしてさらに驚くことに……
「アリアナ?!」
アリアナが侵入者達から逃れるように、裏庭を走っているのだ!
裏庭にはところどころ魔石のランプが置いてあり、夜中でも歩哨が歩くのに困らない程度の灯りがともされている。その為、その姿は目を凝らさずともしっかりと確認できた。
(なんであんなところにアリアナが!)
迷ったのは一瞬だった。ヴィクトリアは父の厳命などすっかり頭の中から消え去り、書き物机の上に用意してあった魔石をざっと集めて握りしめ、部屋を飛び出し、裏庭へ向かって屋敷の中を全力で駆けた。
裏庭へ通じる通用口の前には護衛が二人立っていてヴィクトリアの行く手を塞いだ。
「お嬢様、外は危険です。部屋へ戻ってください」
「そこをどいて! 裏庭でアリアナが侵入者に追われているのよ!」
ヴィクトリアのいつにない剣幕に驚きながらも、すぐに護衛達は表情を引き締めた。
「! 確かめますので、お嬢様は下がって」
護衛達が剣を抜いてから、両開きの通用口を少し開けて外を確認した。ヴィクトリアが護衛二人の体の隙間から無理矢理外を覗くと、目の前数メートル先をぜいぜいと息を切らしながらも必死の形相でアリアナが正門の方角へ走っていた。
「アリアナ! 早くっ! こちらへ急いでっ!!」
「お嬢様、ダメです!」
ヴィクトリアは思わず護衛の間から飛び出し、大声で手招きをする。それを守るように護衛が焦ったように前に出た。
「な……! はっ、逃げっ……!! 閉め……っ…!」
ヴィクトリアと目が合うと、アリアナは信じられないものを見たかのように驚愕の表情を浮かべ、切れぎれの息を吐きながら逃げろ、扉を閉めろと訴えた。
その時「でかしたぞ! アリアナ」と暗闇の中に声が響き、金属の擦れる鞘走りの音が聞こえた。それと同時に、先駆けの侵入者二人が橋から裏庭に足を踏み入れた。
裏庭のランプの灯りに照らされた侵入者は、盗賊じみた崩れた身なりをしていた。
抜き身の剣を持った二人の男は口の中に何かを入れると、急に足が速くなり風のようにアリアナを追い抜いて護衛達とヴィクトリアの前に移動し、いきなり襲い掛かろうと剣を振り上げた。
「ひっ…!」
侵入者は駆け付けた勢いそのままに剣を振り下ろした。素早く対応した護衛たちは辛くもそれを受け止めたが、とてつもない衝撃で剣を受けたまま体は後ろに滑り、背後にいたヴィクトリアはその凄まじい剣圧で横にはじかれた。
侵入者と護衛は通用口の前で激しく斬り結びはじめた。そのせいで屋敷に逃げ込むことが出来なくなったヴィクトリアは、咄嗟に父達がいるであろう正門の方へと走り出した。
侵入者は力とスピードの身体強化魔法を使っているようで、五合も打ち合うと護衛二人を圧し始め、侵入者一人で護衛二人を相手にし、もう一人が逃げたヴィクトリアの後を追ってきた。
ヴィクトリアは追いつかれまいと必死に足を動かそうとしたが恐怖のあまり体は硬直しその動きはひどく鈍い。まるで時間がゆっくりと流れているかのようにヴィクトリアは感じた。
「逃げても無駄だぜぇ」という下卑た声が聞こえて思わず振り向くと、アリアナが何か叫んでこちらへ走ってきていたが、侵入者の男の方が動きは速く、アリアナを追い抜いてヴィクトリアのすぐ後ろまでものすごい速度で迫ってくる。
男が剣を大上段に構え振り下ろそうとするのを抵抗する術もなく、目を見開き立ちすくんだ。
しかし男が剣をヴィクトリアに振り下ろす前に、また別の男がヴィクトリアと男の横に飛び出し、剣を袈裟懸けに振り下ろした。その剣はヴィクトリアを追っていた男の頸動脈をぱっくりと切断し、そのままヴィクトリアの右腕を切り落そうとしていた。
ヴィクトリアは渾身の力で、握っていた魔石を地面に投げつけたが、それは少し遅かった。
護身魔石が閃光と爆音を発動させたのと同時に、男の剣はヴィクトリアの右肘あたりを切断する位置に振り落とされた。その避けようもない剣の軌跡がヴィクトリアの見開いた瞳にうつる。
しかし剣は、ヴィクトリアに当たる直前に金属がぶつかり合う様なギンッという音を発して弾かれ、その刃がビシリと音を立てて二つに折れた。目に突き刺さるような光の乱舞の中、ヴィクトリアは驚愕の表情で侵入者の持っている折れた刀身の剣と、光を受けきらめきながら飛んで行く刃を見つめた。
すると突然、ヴィクトリアの後方から強烈な風がごうと吹きつけた。強風は砂を巻き上げ、争っていた侵入者と護衛達と橋を渡ろうとしていた侵入者達の目を潰し、頸動脈を切られ地に倒れている男のマントをぶわりと空に舞わせた。折れて跳ね返った刃は強風でさらに勢いがつき、ヴィクトリアを襲った男の顔を引き裂いた。
「ぐわぁっ」と叫び声をあげ顔を押さえて襲撃者はのた打ち回った。
ヴィクトリアは一瞬で起こったこれら一連の出来事に頭がついていかない。カタカタと体を震えさせ呆然としていた。まわりは魔石による閃光と巻き上がった砂のせいで全員が目を押さえ動けないでいたが、何故かヴィクトリアの周りだけ台風の目のように無風であった。
動揺しているヴィクトリアの後ろから、何者かにふわりと抱きしめられた。反射的に大声をあげそうになったが、(しっ…。静かにして。魔石の発光と認識阻害で皆の目を逸らしているから、少しだけ…)と聞き覚えのある声が聞こえ、ぐっと悲鳴を押さえた。爆音もまだ轟いているのに、不思議とその声は耳に響いた。
横目で見ると、後ろにいる人物は深く黒いローブを被っていて顔は見えない。しかし、後ろから微かに流れてくる懐かしい匂いで「彼」だとヴィクトリアには確信できた。
(ディー……?)
後ろの人物は返事の代わりにヴィクトリアの頬に唇をよせた。
(ごめん。今あまり時間がない。僕がここにいるのがバレるとマズいんだ。会えなくても君を傷つけるようなことは誰にも絶対にさせないから。信じていて)
こくりとヴィクトリアは頷いた。こんな状況なのにアルディスがきてくれたことがたまらなく嬉しくて胸が苦しくなる。
(……ありがとう。いつもそこで見守ってくれていたでしょう?)
(! なんで……。いや今はいい。ヴィー、必ず守る……)
ぎゅっと強く抱きしめられた次の瞬間には、気配が無くなっていた。
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