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ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切  作者: 叶るゐ
第一章 ヴィクトリア
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アリアナの憂い 2

 

 しかし、アリアナのささやかな希望——さっさと寝たい——は、叶わなかった。

 部屋に戻るとしばらくして、ドアをノックする音がした。


「すまん。リーンだ。ちょっといいか」


 ドアの外から周りを気遣うように抑えた声がした。

 リーンじゃ仕方ないか、とアリアナはあきらめの気持ちでドアを開けた。


「もう寝るところなんですが、なんでしょうか?」


 今日はいろいろと疲れたのだから、これぐらいの抵抗と嫌味はゆるして欲しい。


「悪かったって。今日のことちょっと聞きたいんだよ」


「明日にしてくださいって言っても、ダメなんでしょうね。ああ、当たり前だって顔しないで下さい。でも一応淑女の部屋なんですから、長居は勘弁して下さいよ」


 アリアナは、部屋に一つしかない丸椅子をリーンにすすめ、自分はベッドに腰かけた。


「淑女……? まぁ、それはいいや」


 いや、同い年の女子の部屋だぞ。少しは気にしろ、とアリアナは心の中で毒づいた。


「とにかく、ヴィクトリア様の今日の様子だよ。お前、アルディス様がいる間、ずっとヴィクトリア様に就いていただろ。変なことされてなかったか? 今日の夕食の時、少し疲れた様子だったよな?」


 彼、リーンはこのアルバート家の従僕だ。彼の家系は、この家の主がルッツの姓を名乗っていた頃から仕えていたそうで、現在家令を務めているサイモン様の息子である。いずれはヴィクトリア様の執事となる予定だそうだ。だから、ヴィクトリア様のことに関しては、非常にうるさ…こほん…細やかに心配している。


「そうですねぇ。いろいろありましたよ。いろいろね……」


 ちょっと意地悪してやれと、ふふふと意味深に笑ってみせると予想通り、さっと顔色が青くなる。


「やっぱり! 工房の職人達が御婚約者様とずいぶん仲良いようですねぇなんて言ってるから、絶対何かあったと思ったんだよ! 本当は婚約者でもなんでもないのに、どんな不埒なことをされたんだ! 言え! 全部吐け!」


 いまにも掴みかからんばかりで、アリアナは少し怖くなった。


「ちょ……。落ち着いてくださいよ。それに不埒って……。二人の年齢考えてからものを言ってください」


 今度は冷や汗までかいて、オロオロしている。どんな想像しているんだ。お前が不埒だ。


「額と髪にちゅってするぐらいの、可愛らしいものでしたよ?」


「——————ちゅっ、だとぅ?」


 口を金魚のようにパクパクさせて、窒息しそうだ。手も握られていたことは黙っておこう。たぶん死んでしまう。


「清らかなヴィクトリア様に何してくれてるんだ! アイツ殺ス———」


「殺すのはやめてください。ヴィクトリア様が泣いてしまいます。あれはもう、完全に恋しちゃっていますからね」


「こっ———?」


「仕方ありませんよ。あの美貌の貴公子に微笑まれて、うっとり見つめられて、ちゅってされて、会話までは聞こえませんでしたが、あきらかに口説かれていました。お嬢様が時々真っ赤になって口ごもっていましたから、確実です。あれじゃ初心(ウブ)な女の子なら即コロッといっちゃいますよ」


(おまけに言った本人は無自覚だったと思うけど、コンプレックスまでまるごと受け入れられたら、恋しない方が不思議だって)


「そんな……お嬢様が……恋……俺の穢れなきお嬢様が……コロッ……」


 もう可哀そうなほどしおしおだ。しかし、リーンのヴィクトリアに対する思いがちょっと偏執的でコワいとアリアナは若干引いた。


「————そこで、質問です。

 何故、旦那様達はこの状況を許しているんですか? 婚約者だと聞いているレイヴィス様ではなく、弟のアルディス様がお嬢様と親しくなることをどうして容認しているのですか? 近づくのを許せばこうなる可能性は、予測できますよね? しかもアルディス様自身があからさまにぐいぐい行っています!」


「……わからない」


 ぼそりと言った顔はいつもの真面目な顔に戻っていた。通常モードならリーンは有能な従僕だ。


「俺だっておかしいと思っているさ。だけど、旦那様には直接聞くことなんてできないし、親父にそれとなく聞いても『お前が知る必要はない』って取り付く島もない」


「やっぱり、何かあるんですね」


「間違いなく。だって、次男がアルバート家に婿入りしてもルキア侯爵家にはたいしてメリットはないよ。次男に爵位がつくぐらいで。かといって、爵位を継がない次男に嫁ぐって話に切り替えれば、跡取り候補だった娘をなぜ爵位もない次男に嫁がせるのかって話になるし、どちらにもたいしてうま味がない。男爵家を取り込むつもりならお嬢様を継嗣の嫁に欲しいと思うはずだ」


「そうですよね……。なのに、次男のアルディス様がなんであんなに積極的なんでしょう?」


「そうだよなぁ。噂とは違うけど、爵位とか財産が欲しいのかな? 噂では、魔力は高いけど外にほとんど興味のない引き籠りでルキア侯爵は一生うちで面倒みるんですなんて公言してるって話だったんだけど。それとも仮に、アルディス様が顔合わせの日にお嬢様に惚れたとしても、この婚約が政略なら普通は止めるというか、近づけさせないよなぁ?」


「普通、ならそうですね。だけど旦那様達は、貴族の『普通』に頓着しませんからね」


「はは。そうだな、確かに。ただ、容認しているってことはこの状況が、何かしら男爵家とヴィクトリア様の利になるんじゃないのか?」


「だといいんですけどね。……出来れば、お嬢様の初恋は応援したいので。あの貴公子も悪い人間ではなさそうだし、お嬢様にご執心なところは大変評価できます」


「初恋……、うぅ。そうだな。実らない恋に泣くお嬢様はみたくないな……」


 リーンはまたしおしおになってしまった。


(ただ、あの次男、悪くはないけど、なんか胡散臭いのよね。態度とか行動とか言動とか……すべてが、子供っぽくない———)


「だけど、アルディス様って、本当に十一歳か? 雰囲気というか態度が、なんか大人なんだよなぁ。容姿が馬鹿みたいに綺麗って以外はおかしな点はみつからないけど、旦那様と一緒にいるのをみていると、大人同士で対等に話しているみたいなんだよな……」


「奇遇ね。私もそう思ったわ」


「早熟?っていえばそうなのかもしれないけど。それとも、あれが高位貴族の教育の賜物なのかな。ま、そうはいってもお嬢様だって年齢の割には考え方がかなり大人っぽいもんな」


「そうですねぇ……」


 確かにお嬢様も大人っぽいけれど、あくまで大人()()()なのだ。それは、工房の手伝いや領地経営の勉強で培われて訓練されたもので、まだ経験の伴ったものではないから、今は少しの動揺で本来の素のお嬢様がすぐ出てきてしまう。

 でもアルディス様は大人、なのだ。今日みただけでも、感情の綻びが全くみられなかった。余裕さえ感じられた。お嬢様に対する執心が演技には見えなかったけれど、妙な違和感がある————アリアナは今日一日二人をみていて、そう思っていた。


「今日の様子はわかった。ありがとう。俺は、なるべく親父から事情を聞き出すようにしてみるよ」


「そう。わかったら、問題ない範囲で教えてくれるとありがたいわ」


「了解。寝る前に悪かったな」


「いえ……。あ! もし知っていたら教えて欲しいんだけど」


「なに?」


「お嬢様が、髪色で虐められたり、非難されたりしたってことがあったのかしら」


「髪色……」


 思い当たるのか、すぐにリーンがたぶんあれだということを教えてくれた。


「お嬢様が六歳くらいの時かな、コレット子爵家の代替わりのお披露目に旦那様とお嬢様が招待されたんだよ。

 お嬢様がまだ幼かったから、新しい御領主と商会の馴染みのお客様に挨拶を済ませたらすぐ帰るってことで、ちょっとの間しかいなかったはずなんだけど、旦那様がお嬢様を知り合いに預けて挨拶に行っているそのちょっとの間に随分ひどいことを言われたらしくて……。

 あの頃、政変からそんなにたっていなくて、皇国全体が復興途中でまだ荒れていた。そんな中で、見栄張って無理して大きな夜会を開いた子爵家に、羽振りのいい男爵家の子供がいたから、格好の餌食にされたんだろ。

 その場に、たまたま公爵家縁者の高位貴族がいたのも悪かったみたいで、『汚い髪の平民がなんでここにいるのか』とか『泥みたいな髪の色だ』みたいなことを言われてひどく笑われたらしい」


 リーンの顔が悔しそうに歪んだ。

 そんな暴言をヴィクトリアに放った高位貴族に対して、アリアナははらわたが煮えくり返りそうな怒りで涙が滲んできた。幼かったお嬢様によくも……。そいつら特定できたら、絶対コロス———と秘かに誓った。


「なによ、それ! お嬢様の髪の色は、食えない泥なんかじゃなく、思わず食いつきたくなるぷっくり美味しそうな栗の色よっ!」


「美味そうな栗……?」


 リーンは何言ってるんだコイツという目でアリアナを見たが、話を続けた。


「……でもお嬢様は、旦那様が戻るまで、顔をあげて黙って立っていたそうだ」


 アリアナは幼いヴィクトリアの青褪めながらも凛と前を向く表情がすぐに想像できて、胸が苦しく切なくなった。



 幼いながらも、貴族の矜持を守って涙をみせなかったお嬢様は、心の傷を癒すことなく隠してしまったのだろう。泣いて痛みを吐き出して、旦那様に慰めてもらえばよかったのに……。

 あの銀髪の貴公子に、髪色を貶した貴族と同じ高位貴族の貴公子に、髪を美しいと誉められたことはお嬢様にとって癒しになったのだろうか……?



「すまん。思ったより長居しちゃったな」


「いえ、私も話をきけて良かった。ありがとうございます」


 素直にお礼をいえば、リーンは照れたように「いや…、ほんとに夜遅くに悪かったよ。今度お詫びになんか持ってくるから。おやすみ」と言ってそそくさと出て行った。


(お嬢様に対してはアレだけど、やっぱり結構いいやつ)


 リーンを見送るとアリアナはやっと当初の希望通りベッドに潜り込んだ。そして、さらなる情報流入で頭がもっと疲れてしまったのか、秒で深い眠りに落ちたのだった……。



 ※※※



ありがとうございました。

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