事件後の反省会
次の日の夜半。俺の研究室にはリョウタとマキ、リードの四人が顔を揃えていた。
「で? ユウト。あれほど身辺を警戒しろと言っておいたにも関わらず、子供みたいに後先考えずに飛び出して皆に心配掛けまくった理由を、きちんと説明して貰えるんだよね? ユウトはいい大人で社会人だもんね?」
リョウタがイイ笑顔を浮かべながら、勇者の頃の俺の口癖を交えてちくちく口撃してくる。こんな嫌味クサい説教ができるようになったなんて、リョウタは本当に立派ないい大人に育った……。くそ……。
「そーよねぇ。ホウレンソウが社会人の常識だとか言ってたものねぇ。レンソウをここまで蔑ろにしたんだからホウぐらいはちゃんとしてもらわなくちゃねぇ」
にやにやしながらマキがここぞとばかりに追い打ちをかける。
確かに心配と迷惑を掛けたかもしれん。
だが、前世では自分より年下で面倒をみなくてはならないと思っていたヤツラに子供扱いされるのは、正直居たたまれない……。
「うぅ……。スミマ、セン……」
はぁーと大げさにリョウタがため息をついてむくれている。
「全く。ルキア侯爵家の人間はいつも結果しか言わないんだから。今回のことだって、ギルバートもルイスも僕から尋ねなければ、しらばっくれていたに決まっているんだ」
それはそうかもなー、と確かに思った。
なんせ両家の合同事業やメルラウール公爵からの密命も絡んでいるから。あのタヌキ親父たちがそう簡単に情報を漏らすわけがない。
「無事だったからよかったものの……相変わらず自分のことは無頓着なんだから。リードから連絡が入った時は肝を冷やしたわ。私たちが警戒してって言ったのは、それなりに理由があったからよ。まぁ、ちゃんと説明してないのはお互い様かもしれないけどね……」
マキとリョウタが口では嫌味っぽいことを言いつつも、それでも心底俺を心配して、無事だったことを安堵しているのが伝わってきて、本当に申し訳ない気持ちになった。
「悪かった。これからは気を付ける」
客先でお詫びをするサラリーマンのごとく、深々と頭を下げた。
このあと、俺はリードから聞いたアルバート男爵邸の襲撃の顛末をざっくりとリョウタとマキに説明し、自分で見聞きした裏庭でのことは詳細に報告した。
「……背の高い方の魔導師が、例の逃走している前魔導塔長なのか面識のない俺には正直断定できない。ただ、相当な実力者であるのは使った詠唱魔法で良く分かったし、恐らくそうだろうと思った。そして、そいつが連れていた女性魔導師は、転生者だった。二人に心当たりはあるか?」
「…………」
リョウタとマキは難しい顔をしたまま、黙り込んでいた。
しばらくしてリョウタが重い口を開き「その転生者に、心当たりは……ない、が……」と言うと、苦し気な吐息を漏らして再び口を噤んでしまった。
「…………実験は……して……のか……?」
「……なんだって?」
リョウタはぽそりと小さく何かを呟くと、俯いたまま拳を握り締めた。
「リョウタ……」
労わるようにマキがリョウタの肩をさする。
「なぁ、二人とも大丈夫か? 何かマズい話題だったか?」
あまりにも重苦しく痛々しい空気がリョウタとマキの間に漂っていて、気まずかった。俺はリードと二人で困ったように顔を見合わせた。……さっぱり訳が判らん。
すると、握っていた拳でバンと膝を叩き、鷹のように鋭い目をさらに刃のごとく鋭くさせたリョウタがふいに顔を上げた。
「ごめん、ユウト。後でいろいろと話さなきゃいけないことがある。嫌な話ばかりになると思うけど……聞いてくれるか?」
リョウタがひどく不安定な思い詰めた顔つきで言うものだから、「あ? あぁ……」などとうろたえて間の抜けた返しをしてしまった。もっと言い様があっただろう! 俺!
リョウタは少し影のある頼りなげな笑顔を浮かべて「ありがとう」と言うと、いつもの魔導塔長としてのしっかりとした顔つきに、無理矢理切り替えた。
「……取りあえず今は、アルバート男爵邸襲撃の話だ。先に進めてくれ」
本当に大丈夫か? と思ったが、リョウタにも魔導塔長としての矜持があるのだろう。俺は黙って従うことにした。
「ああ。……それでだな、襲撃の後、ルキア侯爵がアルバート男爵から預かったものがある」
俺がそう言うと、リードは侵入者が飲み込んでいたという魔石の入ったサンプルケースをテーブルの上に置いた。
リョウタとマキがこの魔石がなにか? という顔で魔石と俺を交互に見やった。
「……これは呪具だ」
「!」
「どうやら身体強化魔法を付与する魔石だと云って、アルバート男爵邸に侵入した盗賊全員に渡されていたらしい。アルバート家お抱え魔導師のセルラートが解析したところ、身体強化発動から二十四時間後に発火する魔法陣が描かれていた、ということだ」
「!!」
「こ、これって口中に含んで発動するタイプのもの……?」
マキが青褪めながら確認する。
「そうだ。より詳しく言うと、冒険者がよく使う、口中で発動した後に飲み下すものだ」
マキとリョウタがその意味にすぐ気づき、何か不味いものでも飲み込んだような顔になった。
「それって……、生きたまま火炙りになるってことよ、ね……」
マキが再度確認するように呟くと、二人から身の竦むような冷たいナニカがぶわりと噴出した。俺とリードは正面からその冷気を食らって、かちんこちんに凍り付いた。
「ふ……。ユウト、確かめるまでもなく、その魔導師は逃走中の魔導師、前魔導塔長に違いないよ。そんな残酷な陣を躊躇なく使える外道なんて、今の世にヤツしかいない」
そう言ったリョウタの顔を見て、俺は身震いした。
底冷えのする歪んだ笑顔を浮かべるリョウタ……。あの、人見知りだけど寂しがり屋で、素直で無邪気だったリョウタが……、こんな薄暗い表情をするなんて————
「いったい、政変で何があった……?!」
リョウタは俺の追求する視線から逃れるように顔をそむけた。
マキが重いため息をひとつついて、俺に向き直る。
「ユウト。私たちにとって『政変』はいまだ終わっていないの。まだ逃げおおせている奴らが居るから。だから……、心の整理がつかなくて、口にすることができないことも、いっぱいあって——。それで、あなたに今まで話すことが出来ずにいたけれど……そうも言っていられなくなったわね……」
ぎりりと歯を食いしばりながら、マキは苦悩の表情を浮かべた。
「お前たちにそんな顔をさせるヤツが、その前魔導塔長なんだな?! そいつがヴィーを、アルバート男爵家を襲い、まだ逃げ回っているってことか?!」
俺がいきり立って聞くと、マキは常になく真剣な表情でこくりと頷いた。
(なんてこった!)
一難去ってまた一難。ウィラージュを無力化させたって、そんなヤツがまだ自由に歩き回っているなら、ちっとも安心できない! ヴィーがまた狙われたらどうする!
一刻も早く対策を考えなければ……。
俺はじっとしていられなくなって、座っていたソファから立ち上がり、考えをまとめるために研究室の中を熊のようにうろうろと歩き始めた。
(対抗策……といっても、相手はいまどこに潜伏しているのか、現時点では皆目見当がつかん。今回のウィラージュとコンラート侯爵の件だって、逃走中だというその魔導師と不気味にも未だ表に出てこない前ウォルベルト公爵が、もしかしたら裏で糸を引いていたのかもしれない。ウィラージュは存外小者だったしな。コンラート侯爵は知らんが。そうなると、もしかして本当の狙いはアルバート男爵家乗っ取りではないのか? こうなったら、それぞれの潜伏先と足取りを追うのは早急にして必須……)
「ギルバートに頼んで別働の諜報部隊を作るか……」
(これはルキア侯爵家にとっても対岸の火事ではない。コンラート侯爵が絡んでいるならルキア家に関わる重大な案件だからな。ギルバートも文句は言わないだろう)
ぶつぶつと呟きながら部屋中をぐるぐる歩き回る俺を、三人がじっと注視しているのにも考えるのに夢中で気付いていなかった。
(だが、それだけじゃヴィーの安全は確保されない。幼年学校すら卒業していない俺では……)
「ヴィーを守る為に、ずっと一緒にはいられない……」
悔しさにぎりっと歯を食いしばった。
(取り急ぎ、ヴィーを警護する人間が必要だ。騎士団の人間は優秀だが四六時中一緒というのは、さすがに難しいだろう。何より俺以外の男が始終ヴィーにへばりついているのは許せん。どこへでも一緒に行動できる、出来れば女性がいい。冒険者では身元を調べるところから始めなければならないから時間がかかる。なんだったら……)
「そう、転生者がいいな……」
(身元も実力も保証されているし。だが、そうそこら辺にいるものでもないからな……。そうだ。だったら、マキの護衛になら女性がいるんじゃないか? 他にみつかるまでヴィーに何人か貸してもらうというのもアリか……。あと、すぐに対応できることといえば……)
「ヴィーに優秀な女性の護衛がすぐにでも必要だ! それと! ウィラージュと残党どもは長年の計画が崩れて足並みが乱れているはずだ。追い詰めるなら今だ。すぐに手を打つぞ!」
俺の大事なヴィーを守るために、いま出来ることはすぐに実行しなければ。
ぴたりと動き回るのをやめて三人の方へ振り向き、俺は叫んだ。
三人は一様にあんぐりと口を開けて、俺を見ていた。
「……おい。ぼんやりしている暇なんてないぞ?」
リョウタとマキが放心したように俺を見たままなので、脅すように凄んで見せると、リョウタが急にくっとくぐもった笑いを漏らした。
「笑うとこでもないぞ」
俺が憮然としていると、勇者の頃のリョウタのようにくすくすと屈託のない笑顔をみせた。
「ユウトのそういうところ、全く変わってないね。どんな状況だろうと、どんなに困難に会おうとも、諦めたり、立ち止まったり、留まることはない。何かを守るためなら率先して動いて、自分の出来ること、その時にできる最善を常に考える……。召喚された時も、ユウトのその意志の強さに僕たちはいつでも引っ張られ、余計なことを考えずに目標だけを目指して進むことができた。……うん。今度は大丈夫な気がしてきた。ユウトがいてくれれば、僕も迷わずに前だけを向ける気がする————」
「リョウタ……」
マキがホッとしたようにリョウタを見て微笑む。
「??? なんかよくわからんが、やる気になったなら、良かった」
リョウタとマキが何やら重苦しいトラウマを抱えていることは理解したが、何があったか一切聞いていないせいで今は全く共感できない。あとで早めに問い詰めなくてはなるまい。
ここで、ずっと黙っていたリードがおもむろに口を開いた。
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