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ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切  作者: 叶るゐ
第二章 アルディス
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アルバート男爵邸襲撃事件・当夜 ~アルディスSide

 


 その深夜————


 ベッドに入ったところできっと眠れないので、溜まっている書類に目を通すことにした。捗らないのはわかっていたが、何かしていないと余計に落ち着かなかった。

 とはいえ、書類を読んでいてもずっと同じ行ばかり目で追い、ちっとも頭に入ってこないし、気が付けばため息をついて何度もちらちらと監視カメラのモニターと時計に視線を向けることを繰り返していた。

 すると、ふいに湯気の立ったカップがコトリと机に置かれた。


「アルディス様、ハーブティーを入れました。どうぞ。少しは落ち着きますよ」


「え? リード、まだいたのか」


 リードがまだ研究室にいたことにひどく驚いた。聞けば隣の資材室にリードはずっといたらしい。そんなことにも気付かないとは、全く今日の俺はどうかしている。


「……すまない。お前まで付き合わせてしまったか」


「いいえ。僕も気になって眠れそうにありませんから」


 そう言って、リードは薄く微笑んだ。

 はぁっと気分を変えるように大きく息をつき、リードの淹れてくれたハーブティーを啜った。


「! ……めちゃくちゃ美味い」


 茶葉もいいモノなのかもしれないが、多分淹れ方が格段に上達している。ハーブティーが美味しく感じるなんて、生まれて初めてだ。


「ありがとうございます。アルディス様に褒められるなんて、カフェ勤務に勤しんだ甲斐がありましたね」


 そうだ。リードの監視対象者(と言いつつ想い人)もアルバート男爵領にいるんだった。ここ最近諜報活動に駆り出されて、リードもいろいろ我慢しているんだよな。辛いのは俺ばかりじゃない……。

 そういえば、その監視対象者はいまどうなっているんだろう。転生者かもしれないとか以前言っていたような気がするが……。


「リード、例の……」


 リードに訊ねようとしたそのとき、“監視カメラ”からけたたましい警報音が流れた。


「!!」


 俺達の視線は、執務机の上にある“監視カメラ”のモニターへすぐさま向かった。

 だがモニターは、黒い影を一瞬だけ映した後、突然何も映さなくなり、普通の鏡となった。


「えっ?!」とリードから驚愕の声が漏れ、俺は一瞬で血の気が引いた。


「まさか……破壊された……?」


 認識阻害が掛かっていて、まずカメラ自体が発見される可能性が低いのに、見つけた上に何かを察知して問答無用で破壊したというのか……?

 しかも、ここにあるモニターはヴィーの部屋近くの門に設置した“監視カメラ”のものだ。

 慌てて何も映さなくなったモニター(鏡)を手元に引き寄せ、記憶媒体の魔石に魔力を送り、少し前の映像を巻き戻した。



 真っ暗闇の中に、はね橋を守る堅牢な門が魔石の明かりで浮かぶように見えた。護衛騎士が五人ほど守りを固めて、周囲を警戒していた。

 すると突然、護衛騎士がバタバタと糸が切れたように倒れた。拘束魔法か何かをくらったのかもしれない。

 守る者がいなくなった門の前に、盗賊じみた小汚い格好をした者や、軽鎧をつけた騎士らしい者が次々と転移で現れた。皆帯剣しており、完全に武装している。その人数は十数人もいるであろうか。

 次にどこから現れたのか、黒いローブをすっぽりと顔を隠すように目深に被った人物———恐らく魔導師——二人がカメラの前を横切った。この二人が護衛騎士を倒した人物だろうか? その二人のうち背の高い人物の方がふと何かが気になったようにキョロキョロと辺りを見回した。

 そして、“監視カメラ”の設置してある場所に顔を向けると、背の低い人物を乱暴な手つきでそこへ押しやった。

 背の低い人物の顔は確認できなかった。ローブ自体に認識阻害がかかっているようで、画像が歪んでいたからだ。

 そして次の瞬間には、恐らくなんらかの魔法で“監視カメラ”が破壊され、そこで映像はぷつりと途切れた————



 全身に冷水を浴びせられたように、一瞬で血の気が引いて体が冷えた。

 こんなこと、そこらの魔導師には絶対できない————きっと、例の逃走中の魔導師だ!


(ヴィーが危ない!)


 本能的にそう思った。


「リード! 行ってくる!」


「いけません! アルディ——」


 リードの制止も聞かず、俺は立ち上がった次の瞬間には、アルバート邸の裏庭にある常盤木へと転移していた。




 常盤木の近くに転移すると同時に、アイテムボックスからいつもの魔導ローブ(認識阻害加工済み)を取り出し素早く羽織った。

 身体強化魔法で視力を強化して門を見ると、どうしたことかはね橋は降ろされて、“監視カメラ”で確認した不審者たちはすでに侵入を始めていた。


(まずいな。どこか、もっと目立たない場所に……)


 慌てて周囲を見回し、(あそこがいいか)と屋敷の屋根の上、屋根裏部屋の付き出した窓の側に転移した。

 屋根から裏庭を見下ろすと、全体の状況がよく見えた。



「じゃあ、逆にあいつは男爵の密偵になっていたのか?!」


 はね橋の中ほどで結界の陣が展開され、足止めされている侵入者の一人が背の高い魔導師を怒鳴りつけていた。そして、アリアナが必死の形相で裏庭の方へ走ってきている。


(なんだ?! これはどういう状況だ?)


 すぐに理解できないまま眺めていると、アリアナの首に下がっていたペンダントがふわりと浮き、背の高い魔導師の手の中へ吸い込まれるように飛んでいった。


(……あれは……? なんとなく見覚えがあるぞ。そうだ、以前俺が解除した呪具じゃないか?)


 確か二年くらい前に、アルバート男爵からメイドが呪具に縛られているので解除できる人間を知らないか、とギルバートに相談があって、俺が解除したことがあった。そのペンダントだ!

『命令に逆らった時に作動する楔だけ解除したい』という、俺の探求(オタク)心をくすぐる相談だったからよく覚えている。

 勿論、俺が解除したことは内緒という条件で、そのメイドも解除の時は魔法で眠らせていたし、俺の方も呪具を付けていたメイドの顔などほとんど見ていなかったから、全然覚えていなかった。あの呪具を身に着けていたのはアリアナだったのか……。

 ということは、アリアナはウィラージュのスパイだったのか? まてよ。楔だけを解除したということは、アルバート男爵の二重スパイになったってことか……??

 いや、いまはそれどころじゃない。考えるのは後回しだ。

 再び、はね橋の方へ視線を戻すと、アリアナの発動した結界の陣は簡単に破られており、魔導師二人はちょっと目を離した隙に転移でどこかへ移動したようだった。


(一体どこへ行った……? それにここから侵入されていることをアルバート男爵に連絡はいっているのか?)


 とにかく状況を正確に把握しようと焼け付くような焦燥感を抑えつつ辺りをよく見た。

 すると、アリアナは裏庭まで逃げ込んでいて、それを追いかけるように侵入者が三人あとに続き、はね橋を渡り終えようとしていた。

 侵入者を凝視していた俺は、ふと気がついた。アリアナを追っている三人のうちの一人、ひとりだけ派手めな騎士服を纏い、夜目にも目立つ金髪の男……。


(あの一番後ろにいるのは、もしかしてウィラージュか?)


 そう思ったとき、アリアナがアルバート邸の通用口の方へ顔を向けて激しく動揺し、「逃げっ……!! 閉め……っ…!」と叫んだ。

 まさか、と自分の足元の方にある屋敷の通用口を見下ろすと、護衛騎士の側でアリアナを呼び込もうとしているヴィーが見えた。


「なっ……! ヴィー!」


 なんでそんなところに! と、一瞬驚きすぎて固まってしまったが、すぐにハッとして急いでヴィーに向けて防御魔法をかけた。

 おそらく俺と同時にヴィーに気が付いたのだろう。ウィラージュたちの走る速度が突如増し、「でかしたぞ! アリアナ。最後にいい仕事をしたな」とウィラージュが快哉を叫ぶ。

 そこへアリアナが大胆にもウィラージュの前に腕を広げ、引き留めようと躍り出た。その間に侵入者二人はヴィーを守る護衛騎士を急襲する。すかさずアリアナと護衛騎士達にも防御魔法をかけたが……。


(くそ……。まずいな。魔導師の姿は見えないが、目立つ魔法はバレる可能性があるから使えないッ……!)


 アルバート男爵はどうしたんだ。リードから連絡はまだ行っていないのか……!

 そんなことを思いながら、男爵がいるであろう正門の方と裏庭をいらいらと交互に見やる。

 手を拱いているだけの自分をじれったく感じながらも、それでも我慢して成り行きを注視していたが、身体強化しているらしい侵入者ひとりを相手するのに護衛騎士二人が掛かりきりになり、もうひとりの侵入者がヴィーを追いかけて剣を振り下ろそうと構え、さらにはウィラージュまでもが襲いかかろうとしているのを目の当たりにした時、怒りで俺はブチ切れた。

 目の前が真っ赤に染まり、もう後でどうなろうと構わないと、転移しようとした————その時だ。

 ヴィーが護身魔石を発動させ、とてつもない閃光と爆音がカッと放たれた。


(いまだ!)


 間髪入れずヴィーの近くに転移した。

 ヴィーに剣を振り下ろそうとしていた侵入者を切り殺したウィラージュは、今まさにそのままの勢いでヴィーの腕を切りつけようとしていた。

 そうはさせるかと、ウィラージュの剣に重力魔法をピンポイントでぶつけて刃を折り、その刃がヴィーに当たらないようにすぐさま風魔法で旋風を起こし、ヴィーの護身魔法の補強とばかりに砂を風と一緒に巻き上げて目つぶしの効果を追加した。ついでにその風向きをウィラージュの顔の方へ調整したので、折れた刃はうまいことヤツの顔をざっくりと引き裂いた。次に会った時には容赦しないと決めていたからな。ザマアミロだ。


 裏庭にいる全員が砂の入った目を押さえ、ウィラージュは痛みに顔を押さえてのたうち回っていた。

 ふと近くにあったウィラージュが殺害した侵入者の無残な死体が目に入り、怖い目に遭ったばかりのヴィーに見せたくなくて、舞い上がっていたマントを風魔法で操作して死体に掛けておいた。


 この間、わずか十数秒。この程度の干渉ならバレないだろう。


 すぐに転移でこの場を離れようとしたが、ヴィーの様子が目に入り、思わず立ち竦んだ。

 ヴィーは表情を無くし、体を強張らせてカタカタと小刻みに震えている。こんなヴィーをとても放ってはおけなくて、咄嗟に後ろからヴィーの震える体を抑えるようにきゅっと抱しめた。

 反射的にヴィーが叫びそうになったので、認識阻害と防音の魔法をすぐにかけてから耳元で囁いた。


(しっ…。静かにして。魔石の発光と認識阻害で皆の目を逸らしているから、少しだけ…)


 そう言うと、ヴィーは声だけで俺だと気付いたのかすぐに悲鳴を飲み込み、(ディー……?)と呟いてホッとしたように体を弛緩させた。

 すぐに俺だと分かってくれた上に、安心したように身を委ねてくれるヴィーが、こんな時だと云うのに愛しくて堪らなくて、思わずヴィーの頬に口づけをした。

 もう少しこうしていたいけれど、そろそろヴィーの放った護身魔石の効果が切れる。


(ごめん。今あまり時間がない。僕がここにいるのがバレるとマズいんだ。会えなくても君を傷つけるようなことは誰にも絶対にさせないから。信じていて)


 襲撃があるのを知っていたくせに、ヴィーをこんな危険な目に遭わせてしまった俺にこんなことを言う資格はあるのかとも思うが、とにかく今はヴィーを安心させたい気持ちが先に立った。

 だが、俺のそんな浅い考えなど、いつもヴィーは軽く凌駕してみせるのだ。


(……ありがとう。いつもそこで見守ってくれていたでしょう?)


 庭の常盤木を指差してヴィーは囁いた。


(! なんで……いや今はいい……)


 認識阻害もかけていたし、普通はわかるはずない、それなのに、君は————

 ヴィーが自分にとってかけがえのない存在なのだと、俺は再認識した。

 ヴィーを絶対に失いたくない。ヴィーを守る為ならなんだってしてみせる。そして、いまやるべきことは、ヴィーを脅かす敵の排除。ウィラージュの始末は済んだ。残るはさっきどこかへ消えた魔導師————


(ヴィー、必ず守る……)


 それだけ言った後、名残惜しくて最後にもう一度だけヴィーをぎゅっと抱きしめた。正門の方から護衛騎士たちが駆け付けてくる気配を感じて、俺はすぐにまた屋敷の屋根の上へと転移した。



 アルバート男爵が到着したので、俺は安心して屋根の上で目的の人物が戻ってくるのを、極力気配を消しながら、さらに認識阻害を重ね掛けして慎重に待った。

 アルバート男爵と護衛騎士達はヴィーを保護すると、手際よく侵入者を取り囲み、アルバート家お抱えの魔導師セルラートが拘束の陣を展開して侵入者を一網打尽に捕えようとした。その時、やっと目的の人物——姿を消した魔導師たち——が現れた。

 現れるやいなや、魔導師はセルラートの拘束の陣を容易(たやす)く破り、恐らくもしもの為に用意していたと思われる転移陣を使うように侵入者たちへ素早く指示を出して、瞬く間にこの場からウィラージュ以外の全員を逃がしてしまった。

 軽鎧を着用していた侵入者は、もしかすると盗賊や冒険者崩れを雇った者ではなく、家臣か子飼いの部下だったのかもしれない。だとしたら、捕えられなかったのは痛恨のミスだった。


「ちっ……。先に俺が拘束しておけば良かったか……」


 身バレの危険があるので、迂闊に手を出せないと思って傍観していたのが悪かった。

 ウィラージュと魔導師二人以外残る者がいなくなり、未だ状況をきちんと把握できていないウィラージュがアルバート男爵に対して無駄な足掻きで言い逃れするのを、その魔導師はしばらく呆れるように——いや、やけに余裕な態度で見守っていた。普通に考えたら絶体絶命の状況下なのに……。

 くだらない言い逃れにとうとう痺れを切らしたアルバート男爵がウィラージュ達を捕える動きをみせ、セルラートが強力な拘束の陣を展開させたが、背の高い魔導師——の方ではなく、ずっと抱えていた小柄な魔導師の方が “無詠唱魔法”で拘束の魔法を破り転移を発動させた。

 三人は目の前で、いとも簡単に逃げおおせてしまった————


「……転生、者……?」


 そうか。転生者という最終手段があったから、あの余裕だったのか……と、またしても後手に回ってしまったことに、俺は己の迂闊さを罵り、歯噛みした。


 ヴィーが無事だったことに安堵しつつも、敵をまんまと逃してしまったことに忸怩たる思いを抱えながら、魔導塔の自分の研究室へ戻ったのだった。



ありがとうございました。

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