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ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切  作者: 叶るゐ
第二章 アルディス
109/114

アルバート邸にて 2


 そうだよな。いきなり従者が『法具』の設置をするなんて、不可解極まりないよな。


「実は、彼は僕の正式な従者ではなく、魔導塔でアルディスの助手をしているリアムというものです。『監視かめら』をアルバート男爵にそろそろお譲りしたいとアルディスがタイミングを計っていたところ、本日僕がこちらへ訪問することを知って、もしアルバート男爵にお願いする機会があればと、こちらに出入りすることが出来ないアルディスの代理として、彼を寄越してくれたのです」


「ほぉ……。魔導塔……?」


 レイヴィスの虚と実の混じった言葉に淀みが無さ過ぎて、ちとコワいくらいだ。事前にある程度は打ち合わせをしているが、それにしても……だ。

 だが、俺がルキア家の従者ではないと聞いた時から、アルバート男爵は変わらずにこやかな笑顔なのに、俺を見る視線のなかに剣呑な光が宿り始めた。身元が確かでない俺を警戒し、そんな人間をこの屋敷へ勝手に入れたレイヴィスに対して、若干の非難を感じるぞ……。


「ここにいるセルラートも魔導塔出身なんだよ。まぁ、ずいぶん前に私が引き抜いて、ウチの専属魔導師をしてもらっているんだけどね」


 アルバート男爵の座っている執務机の脇に立っていた魔導師セルラートとばちりと目が合った。無表情に俺をじっと見ている。魔導塔に俺みたいなのがいたか?とでも思っているのかもしれない。ちょっと怪しいと思われているのかも。ならば……。


「アルバート男爵閣下……。発言をお許しいただけますか?」


「ああ、構わないよ。リアム君」


「僕はエルシック魔導塔長の遠縁のもので、アルレイドル領で護衛の仕事をしながら、魔導塔長の指導のもと魔導の勉強をしていました。数カ月前にルキア侯爵家のアルディス様が魔導塔に入塔することが決まり、お世話や雑用をする助手が必要となりましたが、魔導塔にいる魔導師は一番若くともすでに二十歳をとうに越えています。まだ十二歳のアルディス様の助手にするには、どちらも気まずいことになるだろうと、魔導塔長が年齢も近く、魔導の知識もあり、護衛もできるということで僕を推薦してくれました。

 ですが、才能を認められて特例で塔に入塔できたアルディス様とは違い、僕では魔導塔に入ることはできませんでした。それで、一旦“冒険者ギルド”に冒険者として登録し、魔導塔長がギルドへ仕事を依頼するという形で、アルディス様の助手兼護衛として魔導塔に派遣されています」


「魔導塔でそんな措置を取ることがあるのか?」


 アルバート男爵が戸惑った様子でセルラートに問い掛けた。


「初めて聞きましたが、アルディス様の入塔自体も異例の措置ですから、そういうこともないとは言えません。ですが、魔導塔長の推薦……ですか」


 セルラートの眉が訝しむようにくいっとあがった。これはもう一押し必要だな。


「はい。皇都の冒険者ギルドに問い合わせをして、御確認いただいても構いません」


 俺がそう言うと「では、念のため確認させてもらうよ」とアルバート男爵が言い、セルラートが執務室から出て行った。

 しばらくして、再び執務室に戻ってくると、「確認がとれました。確かに、エルシック魔導塔長の紹介状を持って冒険者ギルドに入会した“冒険者リアム”が、魔導塔に派遣されています」とアルバート男爵に報告する。


「お手間を取らせて、申し訳ございません」


 俺がそう言うと、セルラートは「いえ、こちらこそ申し訳なかったですね」と眉を下げた。


「エルシック様の紹介なら、信用できるな。リアム君、すまなかったね。気分を害さないでくれるといいのだが」


 俺は神妙に「いえ、事情は伺っておりますから」と答えた。アルバート男爵にまで謝られてしまった。エルシック(=リョウタ)はアルバート男爵とも面識があるのか。さすが魔導塔長。顔が広いな~。

 それにしても、この冒険者設定、こんな早々に役に立つとは思わなかったな!

 いずれ俺がいろいろと動かなくてはならなくなった時に、身軽にどこへでも行ける身分があった方がいいだろうと、魔導塔に入った時にリョウタと相談して、入念な打ち合わせのうえ作ったものだ。だから、どんなに探られたって痛くも痒くもないのだ。



 俺の身元が保証されて安心したのか、アルバート男爵はすぐに執務室の隣の資料室に『モニター』の設置をして欲しいと申し出てくれた。

 早速セルラートと隣室に移り、モニターの設置を始めてからしばらくすると、アルバート男爵と話の済んだレイヴィスが執務室を出て行った。それと入れ替わるようにヴィーが入室してくる。


(……ヴィー!)


 資料室で作業する俺たちに気付くと、不思議そうな顔をして軽く会釈をした後、すぐにアルバート男爵の執務机の前に移動する。

 そこで、執務室と資料室の間にある扉をぱたんとアルバート男爵に閉じられてしまった。

 ああ、もっと見ていたかったのに……。残念。

 少しがっかりしたような顔をした俺に気付いたのか、セルラートがふっと笑いをもらした。


「うちのお嬢様、すごく可愛いでしょう?」


 それには激しく同意なので、「はい」と言いつつ大きくコクリと頷いた。

 すると一瞬、恐ろしいほどの威圧感で、背中に重い荷物を載せられたようにずんと荷重がかかった。驚きで思わず作業する手が止まったほどだ。


「……でも、口をきくのも、手を出すのももちろん厳禁です。ほんとうはルキア家の小僧どもだって、近づけたくないのに!」


 こ、小僧?! なんだ? こんなところに、ヴィーガチ勢が潜んでいたぞ?!


「そ、そうなんですか……」


 優し気なカンジの人だと思っていたのに、いまや鬼の形相だ。若干ビビりながら答えた。


「お嬢様が嫌がっていたら、この屋敷に入れないよう強力な結界を張ってやるのに……」


「…………」


 張られていないってことは、嫌がられていないんだよな……多分。よかった……。


「まぁ、でも、アルディス様はこんな法具をお嬢様の為に無償で提供してくれるのだから、よっぽど惚れ込んでいるんでしょうね。お嬢様も年頃になってきたんですから、仕方がないのは分かっているのですが。幼い頃から見守ってきた身としては、嬉しいような、寂しいような……」


 魔導塔の魔導師から、ただの男爵領のお抱え魔導師になるなんて、よっぽどアルバート家に恩義か思い入れがないと転職なんてしないだろう。きっとヴィーのことも、娘同然に可愛がっているのかもしれない。

 そう思って、セルラートの話を作業しながら黙って聞いていた。

 防音の魔法が効いていて、隣の執務室の声は何も聞こえないが、セルラートは時々心配そうにそちらの扉をみつめていた。

 設置が終わり、使い方の説明をセルラートに教え、実際に操作してモニターに画像が映し出されると、異常なほど興奮し、だがそれ以上に感謝をされた。


「アルディス様に、本当にありがとうございますとお伝えしてください! これで、屋敷の守りは相当なものになります。敵がどこにいるか一目瞭然ですからね。屋敷の最奥にいるお嬢様に危険が及ぶとは思いませんが、いつ何がどうなるかはわかりませんから」


 俺は「はい」とまた大きくコクリと頷いた。

 何がどうなるかわからない……、俺がいつも死ぬときに思うことだ。予想外のことは必ずある。だから、万全に備えたい。

 セルラートは、また執務室の扉の方を見て、ため息をついた。


「お嬢様には、何も知らせたくなかったのですがね……。今日のウィラージュ卿の態度を見て、もうお嬢様にもきちんと説明をして警戒させた方がいいだろうと、いま、旦那様が話しているのですよ……」


 そうだな。聡いヴィーならウィラージュを見て、きっとなにか勘付いただろう。中途半端に思い悩ませるよりは、全て話した方がヴィーは自分でしっかり考えて、きちんと自ら対応するかもしれない。

 だが、だからといって、ヴィーが不安に思わないわけではないだろう。こんな時に、側にいてあげたかったのに……。本当に何も出来ない自分が情けなくて嫌になる。


「あぁ、すみません。リアム君にこんなことを言っても仕方がないのに。君がなんだかとてもアルバート家のことや、お嬢様のことを心配してくれているような、そんな感じがして、つい余計なことばかり言ってしまいました」


「いえ……。アルディス様から話を聞いて、僕も出来ることはなんでも協力したいと思いましたから」


「そうですか。リアム君にも、感謝します。今日はどうもありがとう」


 隣の執務室へ移動すると、もうヴィーはいなかった。話を聞いて、怖くなったりしていないだろうか。せめて、様子をこの目で確認したかった……。

 そう思う気持ちを押し隠して、作業の終了をアルバート男爵に報告し、従者用に用意された部屋に戻った。




 用意されたその部屋は、ヴィーたちアルバート家の家族がいる棟とは別棟になっているので、もう帰るまでヴィーの姿を見ることはないだろう。明日だって、早朝に屋敷を出るとレイが言っていたので、帰るときにもう一度顔が見られるかどうかはわからない。

 こんなに近くにいるのに……。

 ベッドにうつ伏せに倒れこみ、枕を抱き込んだ。


「……会いたい……」


 夕食も食べ、風呂にも入り、後は寝るだけなのだが、執務室の扉が閉まる直前に垣間見た、不安に押しつぶされそうなヴィーの横顔がずっと頭から離れなくて、とても眠れそうになかった。

 必死に平静を装っていたようだけれど、目元や口元が緊張で引きつっていた。


(ヴィーの部屋は、確か……、裏庭に面しているって言ってたよな)


 大きな常盤木が窓から見える、と前に話していたのを思い出す。


(裏庭の常盤木なら、案内されたことがあるから転移で行けるな……)


 もう寝ているかもしれない、けれど、もしかしたらヴィーの部屋の灯りが確認できるかも、ちょっとくらい窓越しに顔を見られるかもしれない……。

 そんなことを考え出したら、矢も楯もたまらず、魔導ローブ(認識阻害加工済み)をアイテムボックスから取り出して、気が付いたら常盤木まで転移をしていた。



 たん。と大きな常盤木の側に着地をした。その拍子にふわりと銀髪がローブからこぼれでて、「あ、姿を変えるの忘れてた」と思ったが、認識阻害のローブも着ているし大丈夫だろう、と常盤木の幹に身を隠しながらヴィーの部屋のある建物を眺めた。


「確か、二階のどこかだと……」


 常盤木の目の前にある二階の窓にふと目をやると、小さな灯りが窓辺にともり、誰かが外を覗いているのが見え————


「……ヴィー!?」


 咄嗟に、木の陰に体を引っ込めた。

 灯りが小さくてはっきりとは見えなかったが、あれは絶対にヴィーだ。あまりの偶然に心臓がばくばくいっている。

 認識阻害を念のため重ね掛けして、さらに気配も消し、そうっと木の陰からもう一度覗いてみた。

 寒さで少し曇った窓ガラス越しに、ヴィーが俺のいる方へ目を凝らしているのが見えた。


(え……? 認識阻害かけてるし、この暗い中だし、見えてるわけないよな……?)


 しかし、どうしてだろうか。お互いに見つめ合っている、……そんな気がする。

 ヴィーの顔は、さっきアルバート男爵の執務室で見たような強張った顔ではなく、いまはほんのりと微笑んでいるように見えて、俺はホッとした。

 もうしばらく……、もうちょっとだけ、ヴィーをこのまま見ていたい。

 ————そうは思ったが、風呂上がりで寝巻にローブを羽織っただけの俺は、しばらくすると真冬の吹きっさらしの庭にいることがだんだん耐え難くなっていた。もう我慢の限界かもッ……、とガタガタ震えながら垂れてきた鼻水をすすったところで、ふっとヴィーの部屋の灯りがおちた。

 残念なような、ほっとしたような……、なんとも複雑な気持ちになったが、すぐに耐えられずに客室へ転移した。

 部屋に戻ると、体はかじかみ凍えているけれど、胸の中はひどく暖かく、ここ最近ずっと付きまとっていた焦りや苛つきのようなものが、すうっと引いているのが感じられた。



 この日以降毎日ではないが、俺はこのくらいの時間になるとこの場所に転移し、こっそりとヴィーの部屋の窓を見上げていた。(もちろん、防寒は完璧にして)

 不思議なことに、来るとヴィーが窓辺で外を眺めている、そんなことが多かったから————。






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