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ヴィクトリアの挺身、アルディスの裏切  作者: 叶るゐ
第二章 アルディス
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カフェでの騒動 ~アルディスSide



「ディーがあの最後の魔王から世界を救った勇者様の一人だったなんて……」


 ヴィーの濡れたような黒い瞳が俺を蕩けるようにみつめ、潤んだ瞳の中が夜空の星の様に煌いた。


「僕が恐ろしくはないか? ヴィー」


 ヴィーは一瞬目を見張った後、傷ついたような顔をすると、頭をふるふると振った。


「そんなこと……! ディーがその身を犠牲にしてこのサスキアを守ってくれたのだもの! 感謝しこそすれ、恐れることなんて絶対に有り得ないわ!」


「だが、僕は魔王と数え切れないほどの魔獣を残虐とも言えるレベルの魔法で屠った、魔王以上に危険な異世界人だ……。なんの穢れもないヴィーに触れる資格が果たして僕にあるのだろうか……」


 そんな俺の自嘲めいた言葉を聞いたヴィーは俺の胸の中に飛び込み、背中に両腕をまわすとぎゅっと俺を抱きしめた。


「ヴィー……」


 だが俺はヴィーを抱きしめ返すことを躊躇していた。

 ヴィーは俺の胸に顔を押し付けながら、少し震える声で囁いた。


「そんなこと言わないで。どんな力を持っていても、あなたはわたくしの……わたくしの大好きなディーですわ。この世界に来たことで辛い思いをしたディーに、利己的と言われるかもしれませんが……、ディーがこの世界に召喚されたことにわたくしは感謝しかないのです。あなたがここに存在してくれることが嬉しくて堪らないのです。

 だから、わたくしをずっとディーの傍に……。今度辛いことや哀しい目にあった時は、わたくしが必ず傍にいてあなたを慰めたい。

 ————わたくしをお傍に置いていただけますわよね?」


 そう言うとヴィーは俺の顔を覗き込むように顔を上げた。その瞳は期待に満ちて潤み、艶めく唇は何かを待つように薄くひらいていた。

 俺はヴィーの華奢な肩に手を添えて、顔を近づけ————




「——な、なんと……不敬な……」


 ひとり妄想に耽っていた俺は、隣にいた護衛騎士のちいさな呟きでハッと現実に引き戻された。気が付けば、部屋の中は妙に冷えた空気が流れている。


 レイヴィスはヴィーと目を合わせたまま黙っているが、その表情からは感情が読み取れず、何を考えているかわからない。護衛騎士は先程呟いていた者も、もう一人も険しい顔つきをしている。あのヴィーに心酔しているアリアナさえ、戸惑いの表情が隠せていない。

 部屋の中を支配している嫌な雰囲気のせいで、さっきまでのヌルい妄想などすっかり俺の頭から消え去った。


 そう、憶えのあり過ぎるこのカンジ。これが転生者に対する反応だ。畏れ敬うか、異世界の異能者として恐れるか、どちらにしてもおそれて人間扱いしていないという点では同じ事。転生者を普通の人間と同じ立ち位置で論ずるヴィーが異端すぎるのだ。

 カイリアムだった頃に散々味わったこの雰囲気。それはいま、ヴィーに対して向けられていた。自分たちとは違うモノを見た時の奇異の目だ——



「ねえさまぁ……。ルナ、ケーキたべても、いい?」


 ルナアリア嬢が哀れっぽく訴えたこの一言で、さっきまでの強張った雰囲気は霧散した。

 みな呪縛から解き放たれたように、表情が弛緩した。


「あ、あぁ。ごめんね。おあずけさせちゃっていたね? さあ、どうぞ召し上がれ」


 慌てた様にヴィーがそういうとルナアリア嬢は満面の笑みでパンケーキを口にした。


「ふああぁぁ。ふあふあ。ねえさまぁ……ルナしあわせぇ」


 幸せそうにパンケーキを食べながら頬に手を当てるルナアリア嬢をヴィーが可愛くて仕方がないとでも言う様に目を細めてみている。

 すっかり場の雰囲気は、ここに到着した時と同じように和やかになっていた。ルナアリア嬢はずいぶん親和力の高い御令嬢らしい。

 この様子をレイヴィスは何かを推し量るように見ていたがふいに、ふ、と口元を緩めた。


「うん。今日、よくわかりました。父がアルバート男爵家と懇意にしたがった意味が、ね。君たち姉妹は面白いですね。本当に得難い……」


 レイヴィスはそう言いながら、真実、心からの満面の笑顔を見せた。


(うぉ……。外では感情をほとんど露わにしないレイヴィスが、本気の笑顔だ……)


 ルキア家の継嗣らしく、いつもソツなく柔和で丁寧な物腰を心掛け、心の内を読ませるようなことは滅多にしない。そのレイヴィスが破顔している。めずらしい。よっぽどアルバート家の姉妹が気に入ったんだな。

 おかげでその笑顔を正面で受け止めたルナアリア嬢が「う…うぇ…」と呻き声を出しながらレイヴィスの顔を見てぼうっとし、あまつさえ口からぼとりとクリームを落っことすという淑女にあるまじき醜態を晒した。……気の毒に。

 そこにいた全員が見ない振りをしたのは言うまでもない。




 スイーツを食べ終わり、そろそろ帰ろうかという頃合いに、階下の店先で騒ぎが起こった。


(きたか……?)


 俺とレイヴィスは、秘かに視線を交わし合い、これからのことに身構えた。

 階下へ様子を見に行っていたアリアナが戻ってきて説明するには、どうやら貴族が来店し個室を所望したが叶えられず、それに怒って騒ぎになっているという。


「その方の御身分は、アリアナにはわかる?」


 ヴィーが苦々しい顔をしてアリアナに聞いていた。


「………コレット子爵家だと従者が申していたそうですが、コレット子爵家であのくらいの年齢といえば、御後見人の方しかおりません」


 やはり、ウィラージュ・ウォルベルトか。貴族が平民用の店に来店し無理を言って騒ぎを起こすとは、横暴極まりない。まったくお里が知れるというものだ。ウォルベルト公爵家の人間といっても、大した人物ではなさそうだな。

 事情を全く知らないヴィーだが、コレット子爵の後見人と聞いてすぐに公爵家に連なる人物だと分かったようで、その人物の来店に困惑の表情を浮かべながらも「とにかく、行きましょう」と急ぎ階下へ向かった。



 階下の店内の入り口付近では、カフェの店員が貴族の従者と思われる人物にシャツの首を締めあげられて怒鳴られており、店内の壁際で外に出ることが出来ない客たちが怯えた様子でその状況を見守っていた。

 店の扉近くに、一人だけ周囲から浮いた派手なジャケットを着た人物が立っている。恐らくあれがウィラージュだろう。

 ヴィーもちらりと視線を向けウィラージュを認めていたが、怒鳴られている店員の方へ近寄っていったので、俺は急いで防御魔法をヴィーとレイヴィスにかけた。


「乱暴はおやめください!」


 ヴィーが叫ぶのと同時に、従者と店員の間に護衛騎士が入って、店員をかばった。


「従業員が大変失礼を致しました。わたくし、この店のオーナーであるアルバート男爵の娘でございます。父に代わりまして、この場は平に謝罪させていただきます。御容赦くださりませ」


 それまでつまらなそうに外を眺めていたウィラージュが、ヴィーの謝罪を聞いて店内で争っていた二人の方へ顔を向けた。


「アルバート男爵の娘……?」


「は、はい。長女のヴィクトリアと申します。あの、特別室の方はすぐに御用意いたします。宜しければ御案内させていただきます」


 ヴィーの提案には答えず、ウィラージュはヴィーの前まで歩いてくると「ふーん。お前が……」と不躾にも頭を下げているヴィーへ手をのばした。

 俺はカッとなって風魔法(ウィンドカッター)でウィラージュの指を切り落とそうとしたが、素早くヴィーの横に移動してきたレイヴィスの差し出した手の平のほうが魔法の発動よりも早く、ウィラージュの手を弾き返した。

 指が繋がったままでよかったな、ウィラージュ・ウォルベルト。レイヴィスに感謝するがいい。

 だがウィラージュは(恩人の)レイヴィスをじろりと睨み「貴様は?」と偉そうに聞いた。


「ルキア侯爵が長男のレイヴィスと申します。どうぞお見知りおき下さい、閣下」


 爵位も持ってないヤツに閣下とはなかなか皮肉が効いている。いいぞ、レイヴィス。

 だがウィラージュはその皮肉には全く反応せず(皮肉だと気付いていないのか?)、「ルキア侯爵の……」と呟き、ヴィーとレイヴィスを値踏みするように見た後、どういう訳か急に態度を軟化させた。


「私は、コレット子爵後見人のウィラージュ・ウォルベルトだ。私が気まぐれにこの店を見てみたいなどと言って迷惑をかけてしまったようだね。かえって申し訳ないことをしたようだ。ずいぶん繁盛している店だったから、興味がわいてね……」


「そ、それは光栄に存じます……」


 見ようによっては魅力的にみえるであろう笑顔でウィラージュはヴィーに話しかけた。

 レイヴィスからなら簡単にヴィーを奪えるとでも思ったか? 優し気に愛想よくしてみせたって、この店に入店してきた時の態度がクズ過ぎるので、イマサラ感が半端ない。

 金髪・翠眼・傲慢とこの世界の勘違いクソ貴族のお手本のようなヤツだ。確かに容姿は整っているが、いくら笑顔を作ってみせても酷薄そうな目付きが全てを台無しにしている。

 ヴィーも同じことを感じたのか、レイヴィスが盾になるようにヴィーの前に出ると、隠れるようにその背の方へ身を寄せた。ムカつくが、非常事態なのでこれは許そう。

 二人の様子をみてウィラージュは、ムッとしたようにレイヴィスに聞いてきた。


「ルキア侯爵令息とアルバート男爵令嬢が婚約しているという噂は本当か?」


 レイヴィスは、曖昧な微笑みを浮かべ「ルキア侯爵家はアルバート男爵家と縁を結ぶことを決めております」と答えた。

 あ、俺が聞いていると思って、ぼやかした言い方で逃げたな。

 ヴィーはなんだか腑に落ちない表情をしていたが、ウィラージュにはこれで問題なかったようだ。非常に面白くないと言う顔をしている。

 そんな三人に静かにアリアナが近づき、ヴィーの耳元に何事かをささやいた。

 それはアルバート男爵からの知らせで、お詫びにウィラージュに屋敷へ来て欲しいという伝言だった。ウィラージュは意外にもあっさりとその招待を受け、さっさと男爵邸へ向かってしまった。



 ウィラージュが去った後のヴィーの采配は本当に見事だった。店内にいた客たちに謝罪とお詫びに代金無料と手土産を渡すことを即決し、精神的なダメージを受けている店員たちを労い、今日は早仕舞だとテキパキと指示を出す。

 これが将来人の上に立つ為に教育されている人間の動きなんだと、感心するばかりだ。ヴィーだって相当精神的にプレッシャーがかかっていたはずなのに、そんなそぶりはおくびにも出さない。まずは客や従業員と店のことを優先している。あんまりにも男前で、思わず惚れ直した。


ありがとうございました。

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