アシェラの街 ~アルディスSide 2
商工会でヴィーと合流すると、ヴィーは非常に仲が良くなっているレイヴィスとルナアリア嬢を見て、うっとりとした笑顔を浮かべた。その顔は悶えるほど激可愛いが、なにゆえ二人を見てそんな顔をするのか。まさかレイヴィスに心を許しつつあるんだろうか。俺の中で嫉妬に近い感情が渦巻き、胸が苦しい。
だが、一転ヴィーは急に痛みを堪えるように辛そうな顔をした。それに気付いたルナアリア嬢が心配して声を掛けると、焦って誤魔化すようにお薦めだというカフェに行こうと皆を誘導しはじめた。
どうしたんだろう。具合でも悪いのだろうか。それとも何か気に掛かることでもあったんだろうか。心配でヴィーを見つめていると視線が気になったのか、ヴィーが俺に顔を向け、なんでもないとでもいう様に軽く頭を振って笑みを浮かべた。
決して俺だと気付いているわけではない。誰にでもヴィーはいつもこういうことをするのだ。使用人や他家の従者だろうと関係ない。どんな時でも周りや人のことばかりに気を使って、自分は大丈夫だという顔をして弱みをみせることはない。俺はそんなヴィーをいつでも守って傍にいてやりたいのに……。
こんなに近くにいるのに、何もしてあげることの出来ない自分がもどかしくて悔しくて、情けなさがさらに募った。
ヴィーお薦めのカフェに到着して、俺は動揺していた。
(どうして……、どうして内装が大正レトロなんだ……。母上もこの店の出店に一枚嚙んでいるのか? それにエルシャール公爵領で評判だったってことは、もしかしてマキも絡んでいたりするのか? 一体どこからどこまで繋がりがあるんだ……)
そんな考えがぐるぐると頭を巡っている俺の動揺なんてお構いなしに、レイヴィスとルナアリア嬢、使用人一行は興味深げに店内を眺め、その店唯一の個室へ向かった。
異世界由来のスイーツを出すと評判のこの店は、一風変わったインテリアのおかげか見物客も多く、ティータイムと言うにはもう遅いこの時間でも外に行列が出来るほど繁盛していた。
(アルバート男爵の商売人としての手腕はやはり只者ではないな)
エルシャール公爵領だけで秘かに人気だったという店をこの皇都にほど近いアシェラの街に支店を作り、皇都にまでその認知度を高めた。皇都は全ての領地から貴族が集まってくる場所だ。皇都で話題になったものは、サスキア全土で話題になる。噂では他の公爵領からも引き合いが来ており、近いうちに他の領都でも支店を出すのではないかと言われていた。
他領に出店する時にも、恐らくアルバート男爵が間に入るのだろう。誰が最初の店の経営者かは知らないが、エルシャール公爵領だけでひっそりと営業していただけの人間がアルバート男爵より上手く店を軌道に乗せるなんてことはできないはずだ。
そんな物思いを俺がしている間に、気が付くとまたヴィーは落ち込んでいた。今度は外の行列の客に対して、特権を利用して待たずに個室を使うことに罪悪感を持ってしまったらしい。
オーナーが特権を行使して何が悪いのかと俺は思うが、ヴィーにとっては違うようだ。でもそういう真面目で面倒くさい所も、……すごくイイ、と思う。
だがヴィーのそんな落ち込みも、食い意地の張った二人にかかればすぐに撃破されてしまう。
「確かに、ズルをしたような感はありますが……。図らずも、珍しいものが頂ける機会に恵まれて、僕は幸運だと思っていますよ」
「ルナも、いせかいのケーキ、たべてみたかったの!」
見よ! この二人の未知のスイーツに期待して輝く瞳を。その瞳を前にして、ヴィーはすぐに自分の気持ちを切り替えてにっこりと笑った。
「そうね、わたくしが二人を連れてきたのに、ごめんなさい」
レイヴィスとルナアリア嬢はいいコンビになりそうだ。年齢は離れているが、存外気が合っているようだ。
三人は早速メニューを開き、注文をとった。給仕は犬耳の獣人だった。今日市場へ付いて行って気にはなっていたが、このアシェラの街には獣人が多くいるようだった。すれ違う人がかなりの確率で獣耳や尻尾がついている。他領や皇都ではなかなか見られない光景だ。アシェラ以外で獣人はほとんど見かけないし、いたとしても耳や尻尾は隠している。貴族は獣人を『獣交じり』と蔑んで差別しているからだ。このアシェラの街ではそんな馬鹿げた差別はないのであろう。素晴らしいことだ。
どうやらレイヴィスも俺と同じことを思ったようで、「アルバート領は、獣人の方が多くいるのですね。今日この街を歩いていて、よく出会いました」とヴィーに話しかけた。
ヴィーは真意を探るようにレイヴィスを少し見たが、レイヴィスになんの含みもないと察すると安心したように答えた。
「はい。アルバート男爵領は、先の政変の時に被害にあった獣人の方々を移民としてかなりの人数受け入れています。だからじゃないでしょうか?」
そうだったのか。俺の中で、またアルバート男爵の株が上昇した。いつもへらへらしたオッサンだななんて思っていて悪かった。アルバート邸でも家令をはじめとして結構な人数の獣人がいた。アルバート家に変な偏見は全くないのだろう。ヴィーのどこまでも真っ直ぐで公平な視点はそんな家風からきているのかもしれない。
この世界の貴族は、傲慢だ。
前の世界でも特権を持ったり上に立つと勘違いをする輩はいたが、それとは少し違う。
恐らく、この世界のそれは勇者のせいなのだ。勇者の憑依体は、貴族の血筋から選定される。自分たちの血筋から勇者が排出されているから、この世界を魔王から守った者たちを自分たちの血筋から出したという自負————それが、貴族を傲慢にしているんだ。
貴族、すなわち魔力保有量の高い人間以外は、人に非ず。
そういう考えの貴族は意外に多い。だから魔力含有量の多い金髪・銀髪が尊ばれ、そうでない人間や獣人は蔑まれる。まったく馬鹿馬鹿しい。
確かに何故か金髪と銀髪には変換しやすい魔力が溜まりやすいが、それと魔力保有量は別の話だ。勇者の憑依体になった人物に黒髪もいるし、リョウタの髪は藍色だ。髪色などで差別する根拠がない。いまは魔王の出現もなく、大規模な魔法を使うこともなくなったせいか、実際の魔力保有量よりも見た目で分かりやすい金髪・銀髪の者の方が優れているという間違った認識がはびこっているようだ。
そもそも、世界を魔王から守ったのは、勇者であって貴族ではない。勘違いするなと言いたい。だが、その勇者が貴族に転生することが多いので、その勘違いを助長するのだろう。
それなのに本当のところ、その貴族が、転生者を忌避し畏れているなんて、笑える話だ————。
俺がそんなことをぼんやり考えていると、レイヴィスが急に真剣な顔をしてヴィーに質問をした。
「ヴィクトリア嬢は獣人にも転生者にも偏見は無いのですか?」
おいおいおい。レイヴィス、いきなりどうしたんだ。そのヴィーを試すような質問は一体なんだ?
だがヴィーは、突然の質問に一瞬きょとんとしたが、なにかを納得したようにこう答えた。
「そうですね。獣人は小さいころから一緒にいたので偏見なんて全くないです。むしろなんで人間が獣人を下に見るのかが理解できませんわ。獣人の家系の方が身体能力は高いですし、なんといっても可愛いですわ! 義母が異世界由来の言葉にこんなのがあるって教えてくれましたわ。『可愛いは正義』って!」
あれ? ヴィー……、なんかオタくさい発言ですが、大丈夫かな? なんか斜め上な答えが返ってきて、若干引くな。レイヴィスも同様のようで、少々動揺が見られた。
「正義……なのですか?」
「そうですわ」
俺たちの内心の戸惑いには全く気付かないヴィーは、拳に力をいれて断言した。
だがレイヴィスは、すぐにスルーして自分の聞きたかった本題の方へ話を戻した。
「———では、転生者は?」
レイヴィスはヴィーが転生者についてどう思っているかを俺に聞かせて、どうするつもりなんだ?
もし、ヴィーも他の貴族と同様に、転生者は魔王を斃せるほどの力を持っている脅威の存在、魔王より恐ろしいモノだと思っていたら——。俺が転生者だと知られた時点で、怖がられて拒否されてしまうのでは……。
やめてくれ。そんなこと聞きたくない————
ヴィーが恐れを宿した瞳で俺を見る顔が浮かんできて、急激に体温が下がったように感じられて体が硬直した。
「転生者は———歴史を習った時に、どういう方達なのかを知って、わたくし正直にいいますと……」
ヴィーは俺がそんな恐怖に震えているなど気付くこともなく、真面目にレイヴィスの質問に答えようとしていたが、途中で給仕が入室し注文したものを配膳し始めたので言葉を切った。
もういい。正直になんて言わないでくれ。絶対に転生者だなんて明かさないから、ただのアルディスである俺だけ受け入れてくれればいいから……。全てを受け入れて欲しいなんて思わないから、だから俺を嫌わないでくれ……。
給仕が出て行くまで、ヴィーは逡巡していたようだが、レイヴィスに「正直言うと?」と続きを促され、少し間を置いた後、口を開いた。
「……戦慄しましたわ」
ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。やはり、ヴィーも転生者が怖いのか。
そうだよな、この世界の誰もが敵わなかった魔王を斃したモノなんて、同じ人間だなんて思えないよな。
レイヴィスは少し青ざめた顔をしたが、「それはどういう意味で?」とさらにその真意を追求しようとした。
だから! もうこれ以上はやめてくれ、レイヴィス。もう分かったから。
ヴィーの口から転生者を、俺を拒否する言葉なんて絶対に聞きたくない。
従者を装っていなかったら、この場から転移で逃げ出したい衝動に負けていたかもしれない。
だが、俺の絶望を知ってか知らずかヴィーは続けて言った——
「この皇国の為に無理矢理召喚された上に魔王と戦わされ、」
——そう、そうだよ。訳も分からずここに呼ばれて、戦いたくもないのに、魔王を斃さなきゃ帰れないって言われたんだ。なのに大方の人間は、勇者は『この世界の安寧の為に使命を感じたものが召喚される』と信じている。なんてご都合主義なのかと、呆れてものが言えない。
「転生後も異世界の記憶を持っているということは、この世界がいつまでも異郷の地ということですわ。」
——そうだよ。せめて記憶がまっさらになればこの世界の住人として生きていけるのに、日本の記憶があるから、いつまでも昔が懐かしいし、いつまでも違和感が拭えない。
「そんな過酷な運命を背負わせていることに、わたくし、戦慄するほどの罪悪感を覚えました……」
——“罪悪感”
俺はヴィーの発した信じられないような言葉を聞いて、ずっと俯いていた顔をはっとあげた。
——なんだって……? 罪悪感……だって……?
いままで勇者に対してそんなことを言ったのは……、ヴィー、……君だけだ……。
胸がいっぱいになって、上げた顔をまたすぐに伏せた。
勇者は魔王を斃すのが当たり前で、あるべき姿であると、いままで誰一人、転生者に罪悪感があるなんて言った人間はいなかった。
「もし転生者の方にお会いできる機会があるとしたら、わたくしは皇国の民として最大級の謝罪と無限の感謝を伝えたいと思っております」
————ヴィー!
叫び出したい衝動を抑えるのに、俺はひどく苦心した。涙がこぼれ出そうで、もう顔が上げられなかった。
君は転生者をちゃんと人間扱いしてくれるんだな。同じ人間として、辛いことをさせたと労ってくれると言うんだな。異世界からきたバケモノではなく、ただの人間として……。
いつか打ち明ける機会があったら、君は俺になんと言ってくれるのだろうか。
だが君からの謝罪はいらない。君に出会えただけで、もうそれはチャラになった。しかし感謝は……、ヴィーの感謝ならいくらでも受け取ろう。
それは、きっと心地よい気分になれる……。
きっと俺の心は今までになく満たされるはずだ……。
ありがとうございました。
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