タウンハウスでの団欒
それから俺はなるべく休みの日はタウンハウスに帰るようになった。この至れり尽くせりが結構快適で癖になったせいもある。ちょっとだけ、キャロラインの可愛がりを我慢すればいいだけだ……。(決して甘えたい訳ではない!)
そんな風に過ごしていたある週末、レイヴィスも久しぶりにタウンハウスに帰宅し、翌日三人揃って朝食を食べていた時だった。
「今年の年末は、ギルがタウンハウスに来るんですって! 久しぶりに家族全員で年末年始を過ごせるわね。楽しみだわ~」
それはもう乙女の様にウキウキとした様子のキャロラインに俺もレイヴィスも苦笑いだ。
「いつから来られるのですか?」
「それがね! もう来週には来るのですって。ギルが年末まで待ちきれないって、早くわたくしに会いに行きたいって、いま物凄い勢いで仕事を終わらせているそうなのよ……困った人よね……」
いえ、全然困った顔していませんけど。むしろ滅茶苦茶嬉しそうですけど。
「……ソウデスカ」
あ、レイヴィスの顔から表情が抜け落ちている。たぶん心の中では砂糖を吐いているのだろう。親の惚気は結構キツイよな。
「そうそう、今年の年末年始はめずらしくギルがいるから、社交に精を出そうと思っているの。いろんなパーティや茶会にギルと二人で参加するわ! レイヴィスも出席できるものは付き合ってもらうわよ。覚悟していなさい!」
ばちんと華麗にウィンクを決められて、レイヴィスは衝撃で石になっている。確かにあの二人についていくのは俺も勘弁だ。……俺は除外でいいんだよな?
だが、さすがレイヴィス。すぐに復活して、今後の予定の変更を考え始めたようだ。
「あ、じゃあ来週が今年最後の訪問になりますね。丁度いいです。元々突然の訪問を装う体でしたので、それを理由にします」
「ふふーん。それも考えての来週に決まっているじゃない。ギルのすることですもの」
「…………ソウデスカ」
ちょっと待て。いま意図的にどこへの訪問かを隠さなかったか? 俺に隠したい訪問先なんてアルバート家しかないじゃないか。まさか来週何かあるのか?!
「レイ、どういうことだ。何かヴィーに危険なことでもあるのか」
「? 何を言っているんだ。ヴィクトリア嬢の話なんてしていないだろう」
一見本当に訳が分からないとでもいう様なきょとん顔だが、他人は騙せても俺は騙されない。
「いいや。それに“今年最後”ってことは、俺の知らないうちにヴィーに会いに行っていたな? ……いつ行った。何回行った。さぁ、吐け!」
威圧をかけながらレイヴィスを問い詰める。
「う……」
また、レイヴィスの瞼がぴくりと動く。本人は自覚がないと思うが、レイヴィスは隠し事や嘘をついた時に、僅かに、本当に俺以外には分からない程だと思うが、僅かに瞼がぴくりとするのだ。
本来レイヴィスは、切れ長の怖いぐらい鋭い目つきをしている。それを誤魔化す為に、いつも微笑んでいるような顔を作っている。
普段そうしているせいか、動揺するとさっきの様に瞼がぴくりと動くのだ。まだまだ修行が足りないな。レイヴィス。
威圧を強くして、さらに圧力をかける。びりびりと空気が震えた。
パン、パン!
手を叩く音がして、緊張した空気を霧散させた。
「はいはーい。そこまでです。ルディも家族相手にそんなに威嚇しないの! レイも誤魔化すならもっと上手く話しなさい! どちらもまだまだ青いわね」
レイヴィスがほっと息をついて、体を弛緩させた。さすがにやり過ぎたようだ。
「すまん、レイ。悪かった」
「レイ、ルディにちゃんと説明してあげなさい。好きな娘のことを知りたいって思うのは仕方がないことよ。恋路の邪魔をすると馬に蹴られて死んじゃうわよ」
「…………」
「…………」
趣旨が若干ズレているが、話してくれるならあえて何も言うまい。
やれやれと頭を掻きながら、レイヴィスは姿勢を正して座り直した。
「隠していたのは悪かったけど、威圧をかけてくるのは反則ですよ。ルディの魔力量でやられたらとてもじゃないけど、耐えられない」
「ゴメン……」
だがそれを、二回手を叩いただけで霧散させたキャロラインって、一体……?
「……実は、九月から月に一、二回程度アルバート家を訪問しています。婚約者がアルディスだと疑われているからそれを払拭する為とヴィクトリア嬢の様子を見に。
こ…、これは、僕の意志じゃないから! 父上に頼まれたから行っていただけですからね!」
途中から焦ったようにレイヴィスは言い訳をはじめた。俺が会えないのを我慢していた時に、そうか、レイヴィスはそんなに会いに行っていたのか。いくら頼まれたからと言っても行きすぎじゃないか? まぁ、それは後で追及するとして。
「——で? 来週、何があるんだって?」
「ルディ、顔がコワい! コワいんだって! その綺麗な顔で凄むのはやめてくれ!」
そう言うので、にっこりと笑ってやった。レイヴィスは「余計にコワい……」と震えていた。
「ホラ、早く説明して?」
「……ら、来週、ヴィクトリア嬢にウィラージュが接触するという情報が入っている」
「————は? ナニソレ」
今、自分からドス黒いナニカが一気に噴出した自覚があった。レイヴィスとキャロラインが固まっていた。
だって、仕方がないだろう? 俺のヴィーになんでそんな男が近づくのを許さなきゃならない?
「ア、アルバート男爵の代理でアシェラの街の商工会へ訪問するという情報をウィラージュが手に入れていて、なんらかのタイミングで会おうとしているらしい……」
「なんで分かっているのに、阻止しない?」
「その、下手なことをすると、ウィラージュに警戒されるかも、知れない……と、男爵と父上が……
でも! 護衛を街に秘かに待機させるという話だし、僕も必ず傍についているから……!」
「へぇ……。それで? ヴィーとウィラージュとかいう奴が偶然接触した時に、レイがそこに居合わせているから、だからいいとでも?」
「ヴィクトリア嬢だけで接触させるより、マシだろう?」
「マシ、……ねぇ」
レイヴィスの顔色がだんだん土気色になってきていた。仕方がない、そろそろ虐めるのはやめてやるか。
「俺も一緒に行く」
「は?! ダメに決まっているだろう? 何のためにここ何カ月も出禁になっていたと思っているんだ!」
「わかっている。だから、アルディスでは行かない。『リアム』の姿でレイの従者としてついていく」
「『リアム』?」
「ああ。前世で冒険者をする時に使っていた名前と姿なんだ」
俺がレイヴィスと同世代くらいの『リアム』に姿を変えると、レイヴィスは口をあんぐりとさせ、キャロラインは「いやぁーん。カワイイ!」と言って抱き着いてきた。
「すごいわ! 髪も目も顔立ちすら全然違うじゃない。誰かモデルがいるの?」
キャロラインが興味津々で聞いてきた。
「異世界の俺だよ」
これには二人とも目を剥いて驚き、言葉もなくじっと俺をみつめていた。
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