魔導塔長からの申し出
「約三百五十年ぶりの再会を祝いたいところだけど、僕とマキはそんなに時間が取れなくて。悪いな、ユウト……」
「いや、マキは知らないが、リョウタは魔導塔長なんて立場なんだから、それは仕方がないだろう。時間がないなら、すぐにこれを見て、話を聞いてくれないか?」
「私だって、相当忙しいのよ!」
「はいはい。————魔導塔には、先に論文を提出しているからどんなものかはわかっているよな」
「ちょっと、聞いてるの」
「うん。監視カメラの機能を持つ法具だったよね。ずっと止まっていたカイリアムの研究を完成させた神童が現れたって、塔は連日蜂の巣をつついたような騒ぎだったよ。あれ? だけどこれって結局、自分の研究を自分で完成させたってだけだよな……?」
「騒がせて申し訳なかったけど、まぁ、そういうことだな」
そんなことになるとは思わなかったな、と俺は苦笑いしか出ない。
「ところでさ、ユウトは今まである意味身を隠していたんでしょ? どうして急にこんな目立つことをしたの? まぁ、おかげでこうして出会えたけど……」
俺は不思議そうな顔をしているマキとリョウタの顔を見た。この二人に正直に事情を話すのがなんとなく気恥ずかしくて、思わず横を向いて視線をそらした。
「ちょっ……! リョウタ見た? ユウトが照れているわよ! ほら耳が真っ赤じゃないの! 一体何があったら、ユウトがこんなになるの?!」
俺を指さして、愉快そうに言うマキに殺意が湧いた。それを察したのかリョウタが「やめ……、もう黙って!」と必死にマキを留めながら、聞いてきた。
「でも確かに、転生者、ましてや前世が“カイリアム”であれば、魔導塔に申告すれば今回みたいに回りくどいことをしなくても、魔導塔の方から諸手を挙げて迎え入れて貰えたはずだ。それをしなかったってことは、転生者であることをユウトは隠したかったんだよな?」
「ああ……。今更だが、二人は“カイリアム”が俺だったって、分かっているんだな?」
こくりとリョウタは頷いた。
「例のライルリッツの物語はあまりにも有名だし、百年以上前にルキア侯爵家にカイリアムいう転生者が現れたのもちょっと調べればわかる。勇者が憑依者の血筋に転生するのも常識だから、ルキア家のカイリアムがユウトなのは簡単に推測できたよ。
だけど調べると、転生者カイリアムの学院入学以降の経歴がほとんど残っていない。そしてルキア侯爵家カイリアムの記録が消えるのと入れ替わるように、魔導塔に平民出身の魔導師カイリアムという人物が入塔したが、この二人が同一人物だというような記述は一切みつけられなかった。
世間や魔導塔では、魔導師カイリアムは、『法具』を生み出し、画期的な陣をいくつも考案した天才的な人物として広く知られているが、その経歴は平民ゆえか残っておらず、わずか二十二歳で夭折した伝説的人物として伝わっているだけで、転生者であったとは伝わっていない……。
とは言え転生者であれば、考案された法具で『魔導師カイリアム』は転生者だとすぐに判る。『メール』や『ドライヤー』なんて法具名もそのまんまだったしね。そうなると、ルキア侯爵家の転生者カイリアムと平民出身の魔導師カイリアムは、同一人物だと簡単に結びつく。
で、ここまでくれば同じ転生者としては、きっと『転生者』ということを隠したい何かがあったんだろうなぁ、と察するよ」
「……そ……う、か……」
これは驚いたぞ。セロニアスとジャンの情報操作と文書改竄技術は物凄いな。表向きはすっかりカイリアムという人物が二人いたことになっている。当時は事情を知っている人間が多かったとしても、百二十年後には改竄されたまっさらな記録の方が事実とされているのか。転生者カイリアム・ルキア(=魔導師カイリアム)が痴情の縺れで殺害されたと噂になったことなど、いまとなっては誰も知らない————
俺はしばらく、百二十年も経ってから見せつけられたセロニアスの手腕に魅せられて、ぼんやりとした。
「ねぇ、ユウト。大丈夫?」
マキが俺の目の前で手の平をひらひらさせる。
「……あ、すまん。ちょっと兄弟愛に感動していた」
「はぁ?」
セロニアスは、ルキア家から上級魔導師、しかもいまでは伝説的(笑)と言われるほどの魔導師を排出したという家門の誉を捨て、次にいつ転生するかもわからない俺の名誉を守ることの方を優先してくれたんだ。俺の名誉など気にしなければ『ルキア家の悲願』(もちろん(旧)の方だ)に相当しただろうに。……馬鹿だなぁ……。
目を丸くしているマキとリョウタにざっくりとカイリアムの時に起こった出来事と平民になった顛末、死亡した経緯を話し、百年以上前から転生者の自分がある家に目をつけられているので転生者と公表したくないこと、そして現在事情があって魔導塔の魔導師としての身分が欲しいことを説明した。
「——そんなことが……。まぁ、ユウトがグレちゃったのも、しょうがないわねぇ」
話を聞き終えて、マキが近所の世話焼きババァのような口調で言う。
(俺のことを思春期のガキみたいに言うな!)と内心憤っていた俺をじっと観察するようにみていたマキは、いつの間にやら近所のオバサンからどこぞのおネェさんにジョブチェンジしていた。
「で、その魔導師の身分が欲しい事情って……。うふふ。レ・ン・ア・イ、絡みでしょお? さぁ、その事情をおネェさんに説明してちょうだい?」
にやぁという擬音がぴったりの笑みを浮かべてマキは言った。
「えぇーっ! そうなの? ユウトが? ええぇ?」
「さっきのあの態度は、もうそれ絡みしかないでしょ!」
リョウタも驚きすぎだ。俺が恋愛絡みで行動するのはそんなにおかしなことか。だが。
「……そんなこと、ひとっことも言っていないだろう?」
こいつらにヴィーのことを言いたくないんだ! ヴィーを見たら何を言われるか!
俺はリョウタに向き直り、「リョウタ。さぁ、この法具はどうなんだ。認可はすぐ出そうなのか? 俺は魔導塔に入塔できるのか、どうなんだ」と畳みかけるようにリョウタに迫った。が、それはマキによって簡単に跳ね除けられた。
「あらぁ。事情も話さず、自分の欲しいものだけ貰っていくつもり? それはないんじゃないかしら~。認可も塔に入塔する資格を与えるのも、リョウタの胸三寸次第なのよ?
欲しいものがあるなら、せめて事情を話して、私たちに“協力をお願い”してもいいんじゃなくて?」
マキの恐喝交じりのこの提案(?)に最初は困ったような顔をしていたリョウタも“協力”のくだりで、うんうんとマキの意見に同意を示して、俺をじっとみつめた。
これは言わないと、絶対に無理なやつだ……。
「ぐっ……。くそ……」
背に腹は代えられない、ヴィーのことはぼやかしてなんとか説明をするしかないか。
俺は腹をくくり、アルバート男爵領の事情を話して、ウィラージュ卿を牽制し、兄レイヴィスの代わりに男爵令嬢と婚約するために“魔導塔の魔導師”という身分が必要だと説明した。
話し終えると、からかわれると思いきや、リョウタとマキはしばらく黙り、目配せを送り合うと二人同時に頷き、リョウタが話し始めた。
「————事情は分かった。すぐにその法具には認可を出すし、カイリアムの時と同様にアルディスの名を刻んだ法具は全て塔の認可が出ているものとする。そして、ユウトは明日から魔導塔の《特別研究上級魔導師》として仮入塔してもらい、幼年学校卒業後、正式な入塔とする。成人するまでは非正規扱いになるが身分は上級魔導師と同等とみなし、学院を卒業後は正規の上級魔導師として遇する」
「え……っ」
それは思っていた以上の破格の申し出だ。
「ただし」
と続けたリョウタは、今までみたことのない魔導塔長としての一面を垣間見せる、冷徹な表情をしていた。俺はぴりりと肌を刺すような緊張感のある空気に思わずごくりと喉をならした。
「僕らの事情もこれからおいおい聞いてもらう。そしてユウトの協力が欲しい。ユウトの魔導師としての能力すべてを僕たちに提供してもらう。それが条件だ」
すべて——ときたか。
これはうまいだけの話ではない、相当な覚悟が必要らしい。そう思いながら、固く厳しい表情をしているリョウタをじっと見返した。
「思っていた以上に、ユウトは僕たちの事情に絡んでいて、ユウト一人で動くのを放置できなくなった。了承できないなら、今回の件は白紙だ。何もせず、大人しく領地に籠っていてくれ」
これは協力と言ってはいるが、要請であり命令でもあった。
俺は改めて、目の前にいるリョウタとマキの二人をじっくりと見た。
二人は見た目の年齢以上の経験を感じさせ、一体どんな修羅場を掻い潜ってきたらこうなるのかと思わせる凄みをその体から発散させていた。
俺以上にこの二人には何かがあったんだ——
ここまで二人を変える事情とやらに得も言われぬ恐怖は感じたが、俺は彼等につきあうことを、ためらうことなく一瞬で決めた。
「承知した。俺にできることならなんでもする」
二人の苦境を知らない振りなんてできる訳がない。それに、今生ではやれることは全てやると決めたばかりだ。
絶対にやらなかった後悔はしない、と俺はセロニアスに誓ったのだから。
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