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02,What a 〜 day  作者: 橙ノ縁
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四楽章 ただの指揮者

4.

「白葉さん、ちょっと」

 部長に手招きで呼ばれて、白葉は脳裏に嫌な予感がして急に両足が重くなるのを感じた。

 部長が一枚のアンケート用紙を差し出して、このアンケートを記入した学生を覚えているか、と優しくない口調で問いかけてきた。

「津下君は確か、あまりやる気のないタイプだった」

 記憶の中の津下という男子生徒は、始終つまらなさそうで、生き生きと楽器を体験している他の学生とは対照的だったのでよく覚えている。

「彼は白紙で提出したんですが、適正はどうでしたか?」

 三年生は新入生の楽器選別をする会議をひらいていて、津下という学生の所在を思案しているらしかった。

「特には」

「どういう意味ですか?」

 棘がある。部長の早勢成香は普段は大人しく柔らかな印象なのに、吹奏楽部のこととなると気の強いしっかりした性格に豹変する。

「彼は楽器には興味がなさそうだったので、真面目に取り組んでいなかったようだ」

「そこを真面目に取り組ませるように促してくれれば良かったのに」

「すまない。でも音楽とは強制するものではないだろう」

「でも津下君は入部届を出してるんですよ、ピッタリの楽器を見つけてあげてください」

 確かに早勢部長の言う通りである。津下は自ら吹奏楽部に入部届を出しているのだから、吹奏楽部という部活には興味があるのだろう。

 興味のある人間には間口を広げて快く迎え、音楽と楽器に出合わせてあげなければならない。その部長の発想には一理あるように思えた。

「早勢君は本当に部員思いだな」

 白葉が感心して何度も頷いていると、部長が白紙のアンケート用紙を差し出した。

「なんとかしてきてください」

「なんとか、と言われても……」

 自分の長い人生を振り返って、音楽の世界に誰かを引き入れたこどが今まで無かったことに気づいた。

 勧誘とはどのようにすればいいのだろうか。

 アンケート用紙を人差し指と親指で摘んだまま、白葉は斜め上を見上げ呆けた顔をした。

「白葉さん、一年生は会議室で説明会をしているので、取り敢えず津下君に会ってみては?」

 白葉の背中をポンと叩いて声を掛けてきたのは、副部長で、彼の言葉に促されるように白葉は仕方なく会議室に向かうのだった。



 会議室では顧問の星尾先生が一年生達に優しく一年間のスケジュールを説明したり、学生達に自己紹介をさせたりと和やかな雰囲気だった。

 そんな楽しそうな空気の中、後ろの方でつまらなさそうに窓の外をぼんやり眺めている男子生徒が一人。

 白葉の記憶が正しければ、彼が津下明日翔だ。

「どうやって連れ出そうか」

 会話をしたこともなければ、名前を呼んだこともない間柄でどんな風に学生に話しかければいいのだろう。

 白羽が後ろの出入り口から特定の生徒をじっと睨んでいので、その視線に気付いた生徒達が無言になってソワソワし始める。

「白葉さん、どうかされました?」

 星尾先生が困った顔で白葉に近づいて小声で問いかけた。

「津下君がアンケート用紙を白紙で提出したようで」

「それで、見つめておられると?」

「見つめるなんて色気のある話ではありませんよ。ただどう声をかけようか思案していただけで」

 自分の名前が聞こえたのか、津下君は咄嗟に鞄を手に取って急に帰ろうと立ち上がり、逃げるように早足で前の出入り口から出て行く。

「津下君、待ってくれ」

「電車の時間がありますので」

「電車は何本か遅らせてくれないか?」

 股下の長い白葉は難なく津下君に追いつき、両掌を合わせて拝むように学生に頭をさげる。

「そもそも何者なんですか?教師なんですか?」

 一年生たちがずっと気になっていた疑問がようやく、津下君の口から咄嗟にでて、その答えは想像を少し超えたものだった。

「ただの指揮者だ」

 顧問でも引率でもない上に、教師でもない。この背の高い男は指揮棒を振るためだけに登校しているのだと言う。

 津下君はじんわりとした疑問を抱え、足を止めて白葉の言葉に耳を傾けるのだった。



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