06 微かな期待
優しいアレン様。
柔らかな金糸の髪に、透き通った翡翠の瞳。
ふわりと微笑むお顔も、優しく手を引いて下さる手の力強さも。
王子という重責に、時折押しつぶされそうになってしまう、柔いところも。
全て、全て好きだった。
「……何か、あった?ヴィオラ」
「………いえ、大丈夫ですわ」
私よりも頭1つ分身長の高いアレン様。
けれど、今は私の顔を覗き込むように、膝をおり視線を合わせてくださっている。
……懐かしい。
これは、『昔』からアレン様が私にしていた仕草。
幼い子供扱いされているようだと何度もやめてくださるようせがんだものだ。
けれど、アレン様は「ヴィオラが可愛いから」と全く聞いてくださらなくて。
その度にふくれて、よくアレン様を困らせていた。
……今となっては、この動作ひとつひとつが、こんなにも私の事を大切にしてくれていた現れなんだと、よく分かる。
「……そっか。言いたくなったら、何時でも言ってね」
優しく、困ったように眉を下げて、私の髪を撫でるように梳くアレン様。
その目は、あんまりにも優しくて、……私は目を合わせることが出来なかった。
どうしても、どうしても、……これから1年後のことが、頭を過ぎってしまうのだ。
けれど。
「さあ、行こう。授業に遅れてしまうよ」
そう言って差し出された手のひらを、私は──跳ね除けることは、出来なかった。
「……………はい」
きっと、いつかはまた、壊れてしまう日常だとしても。
この手に振り払われる日が来ると、分かっていても。
私には、それを拒絶する強さは、持ち合わせていなかった。
それに、もしかしたら、と言う期待もあった。
もしかしたら、『私の記憶』通りにはならないかもしれない、と。
だから、もう少し。もう少しだけ。
この、陽だまりのような、優しい世界に、まどろんでいたかったのだ。
──それが、間違いだった。