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年の暮れ

作者: 夢崗

 もうじき、師匠と暮らし始めてから三度目の新年を迎えようとしている。西の城で毎年行われる新年会は、西の街に住む者なら誰でも参加できるパーティーだ。一度目は西の賢者様から誘われて、二度目はロゼッタにも、そして今回はよく行く市場の人たちからも是非にとお誘いを受けている。もちろん僕一人だけが誘われているのではなく、師匠も一緒にだ。とはいえ、二人で出たことはただの一度もない。一度目は二人とも不参加、二度目は僕だけ参加した。

「今年も行かないんですか? 新年のお祝いパーティー」

「ああ。行きたいなら一人で行ってくればいい。ロゼッタも行くんだろ?」

「それはそうですけど……せっかくなら一緒に行きませんか」

 ダメ押しで食い下がると、師匠が深いため息を落とした。不機嫌そうに眉根を寄せている。

「私が行くと思うか?」

「いいえ。言ってみただけです」

 分かりきった返事に苦笑いを浮かべて、僕は首を横に振った。

「僕も今回はやめておきます」

「何故? 遠慮せず羽を伸ばしてくればいいだろう」

「師匠を連れて行かないとロゼッタがうるさいんですよ。それに、前回はあまり知らない人たちからも親しげに話しかけられて、ちょっと気疲れしてしまったので」

 ロゼッタに関してはいつも通りだけど、問題は後者だ。前回は立食パーティーだったが、主に僕と同年代と思しき女性たちからひっきりなしに声をかけられてゆっくり食事する暇もなかった。その顔ぶれは市場で見かけたことあるな、という人から、全く初対面の人まで様々で、なぜそんなに自分と話したがるのか不思議だった。距離感が近くてやたらと体を寄せてくるのもちょっと、いや、かなり困惑した。

 その後も街で声をかけられることが増えたが、当たり障りのない会話をして逃げるようにその場を去ることが多い。手作りのお菓子を手渡されそうになったときは甘いものが苦手だと嘯いて躱した。なぜかって、差し出された包みからは魔法薬の匂いが漂っていたからだ。調べてみないとなんの薬かまではわからないけれど、嫌な予感がしたので受け取らなかった。特に一人でいるときに限って捕まるので、ロゼッタがいればまだ間が持つのにと思ったこともしばしば。同年代の友人なんてロゼッタしかいないし、普段は家に篭って魔法の勉強や剣の稽古、家事炊事ばかりで山を下りるのは買い出しのときくらいだ。ロゼッタ以外の同年代との共通の話題が見つからないし、こちらの意思と関係なく距離を詰められるのは、正直言って苦手だ。

「お前、自覚がないんだな」

 師匠の呆れたような物言いに首を捻る。

「自覚とは?」

「そりゃお前、単に言い寄られてるだけだ。どうせ声かけてくるのは大抵女だろ? 要するに、お前と恋仲になりたい輩が大勢いるってこった」

「はぁ……それは困りますね」

 師匠の言う通りだとして、万が一、よく知らない相手から好意を持たれてもどうしようもない。今のところそういった直接的な話をされたことはないが、たとえはっきりと好意を告げられたととしてもお断りするだろう。

「お前も年頃なんだ。修行を放り出すような真似さえしなけりゃ好きにすればいい。お前が自由時間に何をしようと私には関係ないんだからな」

「いえ、あまりそういうことに興味が湧かないもので。今は修行と家事で手一杯なものですから」

 師匠が憐れむような視線をこちらに向ける。

「お前、まだ若いのに……そんなもんなのか?」

「そんなものですよ。逆に、師匠が僕と同じ歳の頃はどうだったんです?」

「そりゃあ、まあ……」

 顎を摩りながら考え込むように視線を落とした師匠が、ぼそりと呟く。

「……魔法にしか興味がなかったな」

「僕と同じじゃないですか」

「お前も大概変わってるぞ。普通は遊びたがるもんじゃないのか?」

 物心ついた時から奴隷で、養父母の元で二年間を過ごし弟子入りした僕には、普通とは何かが分からない。確かに友人も少ないし、世間知らずと言われればそれまでかもしれない。でも、師匠みたいに寝食忘れて魔法に没頭したり、賢者様や目上の方を適当にあしらったりするほどの怖いもの知らずではない。これでも一応、規則正しい生活を送っているし、最低限の礼儀は弁えているはずだ。

「師匠ほどじゃありませんよ」

「ふん、一丁前の口ききやがって」

「他でもない、変わり者のあなたの弟子なので」

 にっこりと笑みを返せば、チッと舌打ちして目を逸らされた。言い負かされて不機嫌な師匠を見て、ふと思う。やっぱり知らない人と気を遣って会話するよりも、師匠と過ごす時間の方が気楽で、居心地がいい。不機嫌を振り翳してくるような人じゃないとわかっているから。

「お前も家で過ごすなら買い出しが必要だな。新年はどこも店が閉まるだろ」

「そうですね。何か食べたいものはありますか? 腕によりをかけて作りますよ」

 途端に師匠の表情が明るくなって、僕はクスクスと笑みを溢した。

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