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フランス語でアニオタトーク。学校一の美少女アリスさんと僕は、誰も居ない化学実験室でアニオタトークをする

作者: うーぱー

 僕のクラスにはフランス人ハーフのアリス・マチューさんがいる。


 アリスさんは体のパーツがすべて小さくて色白で、睫が長く唇がほんのりと紅色で整った顔立ちをしており、多くの小説が美少女をそう喩えるように、まるでフランス人形のように美しい人だ。


 所作も凄く綺麗で、いつも背筋を伸ばして歩幅は短く、拍手するときには二の腕を胴体から離さずに肘を曲げて手の先だけで優しく打つような、気品漂う美少女。


 まだ四月下旬だから同じクラスになって一ヶ月も経たないんだけど、あまりにも綺麗で、仕草が大人しく、それに何より、日本語があまり分からないのか無口で全然話さないから、本当に人形ではないかと思えてしまう。


 彼女のいないところで、男子が「アリスをショーケースに入れて飾りたい」とふざけるのも、分からない話でもない。


 ただ、僕はフランス人形よりも、アニメのフィギュアの方が好きだ。


 今はプライズのフィギュアしか持っていないけど、大学生になったらバイトして、一万円を超すようなフィギュアを買うんだ。でも、ゲームも欲しいし、ブルーレイも欲しいし、イベントにも行きたいから大変だ。


「ああ、眠い……。深夜アニメをリアタイで見ると、寝不足になるんだよな……。推しVの配信もあるし……。午後一の授業は化学だから、早めに行って昼寝しよう……」


 僕は昼食を手早く済ませると、北館の四階(高校一年のA組教室からは最も遠い)にある化学実験室に向かった。


 ただ、それだけのことで。


 早めに化学実験室に行っただけで、僕が学校で評判のフランス人ハーフ美少女のアリスさんとオタトークをする仲になってしまうとは、当然、予期できるはずもない。


 先に言っておくと、化学実験室の椅子は、脚に車輪がついていて、座面が回転するタイプだ。


 僕が化学実験室のドアを開けると、先客が居た。


 あまりの美しさに――もちろん、先客がくだんの美少女だったから美しいのは当然として、それよりもむしろ彼女の動作や仕草、そのすべてが美しくて――僕は言葉を失った。


 もっとも、完璧な美少女が演じるから美麗に見える所作は、現実で目の当たりにするにはあまりにも珍妙で子供っぽい。


《Transfert》


 椅子に座ったアリスさんが低くした声で「トランスフェー」と言い、床を蹴って1メートルほど進み、止まったところで全身をくるりと180度回転して背後を向く。


 彼女の長い髪が大輪の花に咲き、微かに差しこむ正午の陽差しを反射して、黄金に輝いた。


 僕に背を向けたアリスさんは、再び床を蹴り、1メートルほど滑って移動する。


 入り口で立ち尽くす僕に向かって、アリスさんの背中がどんどん近づいてくる。


 一メートルほど滑り終えたアリスさんは再び床を蹴って、その場で再び180度回転して、僕の方に体を向けると勢いよく立ち上がる。


《Auto largue》


 整った眉毛の上にある額で、前髪がピョンと跳ねる。


 前髪が僕の鼻をくすぐったんじゃないかというほど間近で、アリスさんの瞼が大きく上がり、口がゆっくりと震えながら開き、半開きで止まる。


 無言なのに「み、見られた!」と動揺しているのが、ありありと分かる表情をしている。


 彼女が感情を顕わにしているところを初めて見た。


 二次元にしか興味のない僕でさえ、「三次元も意外とありだ」と思えてしまうくらい、可愛い。


 アリスさんは必死に平静を装っているようだが、肌の色が薄いから頬にさした僅かな朱がよく目立つ。


「あ、アクタルス……。どうしてここに。……み、見た……?」


 朝の挨拶しかしたことない仲だけど、僕の名前を知ってるんだ。


 ちょっと嬉しい。


 でも、流暢なフランス語っぽい発音で言われたから、阿久田隆介がアクタルスって聞こえる。あと、なぜ、フルネーム……。


「ねえ、見たの……?」


 アリスさんの声が詰問調で、やや早口だ。


 とりあえず、近すぎるから僕は半歩下がって視線を逸らす。


「ど、どうして、視線を逸らすの?! やっぱり見たんでしょ!」


 見たけど、正直に答えたら、アリスさんは精神的ダメージを負うし、最悪の場合、不登校になってしまうかもしれない。


 僕も、中学二年の時に、中二病全開で心に傷を負ったことがあるから、彼女の不安はよく分かる。

 そう、アリスさんの今の行為は、間違いなくアニオタムーブ!


 今のアリスさんは恥ずかしくて泣き叫びたいはず。


《O... On été vu ...Euh...Mon destin est à deux choix. Partagez-vous le secret de seulement deux personnes comme une comédie romantique d'un light novel...Ou peut-être êtes-vous menacé et êtes-vous confronté à un livre mince...》


 何を言っているのかはさっぱりだけど、めちゃくちゃ動揺しているっぽい。

 完璧美少女が一瞬で、残念美少女みたいに狼狽えている……。


 見ていないと嘘を吐いても、通じないはずだ。

 もし、僕に虐められたと言われたり、泣かれたりしたら、僕の高校生活は一瞬で終了し、クラスからハブられるだろう。


 だったら、ここは仲間アピールをして、彼女の警戒心を解くほうが得策だ。


 アリスさんを刺激しないように僕はゆっくりと彼女を避けて部屋に入ると、入り口近くの椅子に座り、頭上にある見えないレバーを手前に引くフリをする。


「シュートイン」


 床を蹴ってアリスさんから離れるように移動し、180度ターン!


 そう。僕は知っている。アリスさんの謎の行動の正体を!


 その動きを完全再現する!

 再び床を蹴って移動し、180度ターン!


「ダイザーゴー!」


 決め台詞と共に立ち上がった。


 ちょっと、恥ずかしい。


 僕が何をしたのかというと、父さんが子供の頃に大ヒットしたロボットアニメ『UFOロボ グレンダイザー』のワンシーンだ。普通に今でもアニメのリメイク版やゲームの新作が出ている。


 飛行ユニットのコクピットから、人型ロボットのコクピットに移動するとき、操縦席が移動するんだけど、その時に座席が移動しながらくるっと回転するのが特徴的だ。


 アリスさんはそれをやっていたのだろう。


 僕は父さんの影響もあって、ロボットアニメに詳しい。

 そして『UFOロボ グレンダイザー』はフランスで視聴率100%の大ヒットをした人気作だ。

 つまり、アリスさんも僕と同様に、父か祖父か兄弟の影響で、『UFOロボ グレンダイザー』を知っているというわけだ。


 そして、化学実験室に、足が車輪で座面が回転するというおあつらえ向きの椅子があったことを前回の授業で知り、こっそりと、やってしまったのだ。


 分かる。車輪の椅子があれば床を蹴って移動したくなるのは全人類共通の性質だ。


「あ、アクタルス……。Goldrak、知ってるの?」


 やはり、アリスさんの言葉は阿久田隆介がアクタルスって言っているように聞こえる。りゅうすけって言いにくいのかな?


「えっと……。ゴルドラックってグレンダイザーだよね?」


 お互い拳銃の抜きどころを探るガンマンのようにゆっくりと動き、相手の位置を探りながら、入り口近くの同じ机(化学実験室特有のデカいやつ!)の対角線上に座る。


「そ、そう。名前『は』知っているのね……」


 む……。アリスさんの発言の『は』の発音が強い。

 まるで、名前だけ知っていて、内容は知らないだろうと言っているかのようだ。

 僕はオタクの悲しい習性で、つい対抗意識が燃えてしまう。


 ここからはオタク深度の探り合いだ。

 アリスさんが、たんにグレンダイザーを知っているだけなのか、アニメオタクなのか……。


 もし彼女が一般人なら「フランス人だからグレンダイザーを知っているのは当然でしょ? 私はオタクじゃないし。阿久田隆介はオタクなんだ。キモッ」と、僕を蔑むだろう。


 お互いアニメオタクなら、どの程度「濃い」かによって、話は変わってくる。


 先ずは彼女の「濃さ」を調べるために探りを入れてみるか。


 僕の中で、アリスさんアニオタ説は、限りなく確信に近い。

 それは向こうも同じだろう。


 これから僕達はお互いに相手の腹の内を探り、「濃さ」を暴き出すライバル!


「グレンダイザーは、うちにDVDボックスがあるから全話見た」


「え、そうなの?!」


 僕達高校生にとってDVDボックス持っているアピールはかなり強烈だ。

 アリスさんの瞳に一瞬、羨望の色が浮かんだ。

 嫌悪感の類いはない。

 先ずは、アリスさんがオタクを馬鹿にしない側だということは確定した。


「父さんがロボットアニメ好きで。少し前に、ゲームが出たでしょ? アニメもリメイクされたし。その記念で、オリジナルの全話視聴に付きあったよ。……マチューさんは?」


 我ながら良い質問だ。

 僕は『父さんがロボットアニメ好き』という事実は提示しつつも、自分については伏せた。これにより、アリスさんが一般人ムーブをとったとしても、僕も一般人ムーブが可能だ。


 さあ、アリスさんは一般人なのか、アニオタなのか……。


 なんて駆け引きを勝手に頭の中でして、しゃがみ弱パンチのような牽制をしていたら、アリスさんはいきなり勝負に出た。

 アリスさんは立ち上がり、僕の隣の席に座ると、頭突きをかますような勢いで顔を近づけてきて、目を輝かせる。


「大好きよ! おじいちゃんもパパもお兄ちゃんも、みんなGoldrakが大好き。日本人が思っている以上に、フランスではGoldrakが大人気なのよ」


 目、蒼ッ。

 アリスさんが真っ直ぐ僕を見つめてきて、その大きくて、まんまるな蒼い世界に僕がいる。異性に近づかれて照れた僕がいる!


「テレビ局の民営化とか放送法の影響で今は地上波で日本のアニメは放送していないけど、少し前までは沢山放送していたのよ」


 敵に洗脳された人みたいに感情のない喋り方をする人だと思っていたけど、ラブコメの元気系ヒロインみたいな弾む声だ。


 あと、日本語が分からないという噂と違って、すっごい流暢に日本語を喋ってる。


「そ、そうなんだ。日本のアニメが海外でも人気があるってたまにネットで見かけるけど本当だったんだ」


「こんなに広い教室で、動く椅子があったら《Transfert》したくなっちゃうよね?」


「え。マチューさん、グレンダイザーごっこするために、わざわざ早く来たの?」


「アリスでいいよ。アクタルスも、《Transfert》しにきたの?」


「うん。そうだよ」


 僕はアリスさんに気に入られたくて日和見した。

 だって、ここで正直に「深夜アニメを見たから眠くて」なんて言って「じゃあ、寝ていいよ」なんて言われたら、会話が終了してしまう。


 女子とアニメトークするなんて、一生で最初の最後かもしれないんだし、もう少し話してみたい。


 だって、僕は三次元の女子と会話するときは、ついどもっちゃってまともに喋れないのに、アニメの話題だからか、アリスさんは凄く喋りやすい。


「やっぱり、アクタルスもアニメ好きなんだ。スマホの壁紙がアニメだったから、そうなのかなって。あ、ごめんね。覗くつもりはなかったんだけど、偶然、見えちゃって」


「あ、うん。別に気にしないよ」


 美少女イラストじゃなくて、「美少女の瞳に浮かぶ紋章」の壁紙だから、見られてもセーフなやつだし!


 なお、女子との会話に浮かれている僕は、アリスさんが「アニメの壁紙」だと認識したということは、「美少女キャラの瞳の紋章」だということにも気付いている可能性を、完全に失念していた。


「ねえ、他にどんなアニメがフランスで放送されているの?」


「じゃあ、クイズ。フランス語のタイトルを言うから、当ててみる?」


「え。楽しそう。やる!」


「レベル0。《Naruto》」


「いやいや、そのまま過ぎる。ナルトでしょ?」


 しまった。あまりにもクイズの内容が酷いせいで、初会話なのになれなれしい口調になってしまった。けど、アリスさんは気にしていないようだ。


「レベル0って言ったでしょー」


 唇を尖らせて頬をプクーッと膨らませている。可愛い!


「第二問、行くよ。《Pokémon》」


「ポケモン」


《Bleach》


「ブリーチ。いや、全部そのまますぎだよ」


「それじゃ、少し難しくするね」


 アリスさんが不適に笑い、次の言葉は、完全にフランス語ネイティブの発音で、早口だ。


《Kenshin le vagabond》


「えっと……」


 流暢な発音過ぎて「けしるう゛ぁがう゛ぉ」って感じに聞こえた。


「もうちょっと、ゆっくり言ってもらってもいい?」


「いいわよ。《Kenshin le vagabond》」


 僕は音を聞き逃さないように、アリスさんの唇をしっかりと見つめる。


 形のいい薄ピンクの唇がつやつやしている。


 凝視したら不快感を与えてしまうかもしれないかと思ったが、アリスさんは気にした様子もなく、ゆっくりと唇を動かしてくれた。


 「けんしん、る、う゛ぁぎゃう゛ぉん」って言っていた。


 俺じゃなかったら、聞き逃していたね。


 ヴァガボンドのけんしんだ。バガボンドという侍の漫画もあるし、つまり……。


「るろうに剣心」


「《Félicitations!》 正解。じゃあ、次は難しいのいくわよ」


 海外タイトルの想像クイズ、楽しいな。


 アニメ、漫画、ゲーム、幅広く好きな僕としては、狙うは全問正解だ!


《Les Chevaliers du Zodiaque》


「え? も、もう一回」


「口の形に注意して発音を聞いてね。多分、アニメとかゲームとかでよく出てくる単語だよ」


「わ、分かった」


 唇を見つめていいんだ。

 女子の唇を間近からじっくり見るなんて、なんか、恥ずかしいな……。


《Les Chevaliers du Zodiaque》


 り? れ?

 れ、しゅばりえ?

 ぞでぃあっく?


 ゾディアックって言った?


 ゾディアックと言えば、あの漫画のキャラだけど……。


 主人公じゃなくて、仲間キャラがタイトルになっちゃったの?


「HUNTER×HUNTER……?」


「ぶっ、ぶー!」


 うわっ!

 びっくりしたー。アリスさんが嬉しそうな顔で、いきなり僕の頬を、指先でつついてきた。

 やばい、ドキドキしてきた。

 この子、鑑賞用のフランス人形じゃなくて、リアルの女子だ……! しかも、アニオタ仲間だと気付いてからの、距離の詰め方がエグい!


「《Les Chevaliers du Zodiaque》だよ。《Les Chevaliers》は騎士達という意味。でも『戦うヒーロー』くらいの意味で考えて」


「わ、分からない……」


「ジャンプ漫画が原作だというのはあっているよ。じゃあ、ヒントあげるからよく聞いてね?」


「う、うん」


 胸がドキドキしていてアリスさんの唇を見るのが恥ずかしいから、僕は横を向いた。耳に意識を集中する必要もあるし、照れていることを悟られずに、ごく自然に顔を背けることができた。


 でも、それはそれでアリスさんの吐息が耳をくすぐってくるから、ますますドキドキしちゃう。


 今はクイズに、集中だ。全集中だ!


《Bélier, Taureau, Gémeaux, Cancer, Lion, Vierge, Balance, Scorpion, Sagittaire, Capricorne, Verseau, Pissons》


 ……?


 ゆっくりと十二個の単語を言ってくれたのは間違いないけど、ほとんど何を言っているのか分からなかった。


 でも、いくつかは聞き取れたぞ。


 スコーピオン、カプリコーンって言っていたと思う。


 つまり、リ、シュバリエ、ゾディアックの日本語タイトルは……。


「聖闘士星矢?」


「《Excellent!》 凄い! 正解。じゃあ次もジャンプアニメ。凄く難しいよ。ヒントなしで分かったら、ご褒美に《embrasser》かな」


 ご褒美に……アンブラシ?

 なにそれ。

 ブラシ? アンブレラ? 傘?


 ご褒美はともかくとして、漫画好きとして、次も絶対に正解してみせる!


「凄く難しいからね? 《Olive et Tom》』


「おりーぶ、え、とむ?」


 難しいというわりには、簡単に聞き取れた。


 おりーぶって、オリーブオイルのオリーブだよね……?


 『え』と聞こえたのは、おそらく《et》だろう。英語の《and》だ。つまり、「と」という意味。


 実は、僕は少しだけフランス語が分かる。


 中学生の頃に『フランス書院』の本はフランス語で書かれたエッチな本だと思いこんでいて、大人になったら『フランス書院文庫』や『美少女文庫』のようなエッチな小説を読むために、独学でフランス語を勉強したことがある。


 独学で「読むこと」だけを勉強したから、ヒアリング能力はない。


 けど《et》くらいは、なんとなく聞き取れたし、ほぼ間違いないという自信がある。


 となるとクイズの答えは「オリーブとトム」だけど……。


 アリスさんの表情をちらっと窺ってみると、よほど自信があるのか、笑い出すのを堪えるみたいなニヤニヤ笑顔をしている。


 多分、アンブラシとやらをくれるつもりがなくて、凄く難しいクイズなんだよね?


 オリーブが出てくるジャンプアニメってなんだ?


「分からないでしょ? 私は日本のタイトルを知ったとき、驚いたよ。難しすぎるからヒントね。主人公はOlivier Attonです。Tomは、Thomas Priceね。もう一回タイトル言うよ。《Olive et Tom》」


「つまり、タイトルは『オリヴィエとトーマス』か……」


 うーん……。


 フランスで放送されるほど人気のジャンプアニメで、タイトルが二人の人名……。


 オリヴィエって女? 男?


 オリーヴが関係していて、イタリアの話?


 イタリアが舞台のジャンプアニメってある?


 主人公が植物っぽい名前?


 食戟のソーマか? でも、トムなんていないよな……?


「ね、ねえ、本気で考えすぎてない? ご褒美の《embrasser》は冗談だからね? 《embrassade》なんてしないからね? ず、ずっとお喋りしてみたいなって思っていたアクタルスとアニメのお話できたのが嬉しくてつい口を滑らせただけで……」


 アリスさんが何か言っているが、僕は真剣に考えすぎるあまり、聞き逃してしまった。


「そんなに真剣になるなんて……。も、もしかして……(私のこと)好き、なの……?」


「もちろん。(アニメが)大好きだから、絶対に正解してみせる」


 あ。つい口が滑った。


 でも、いっか。

 海外だとオタクって、日本みたいに差別されていないんだよね?


 わりとカジュアルにアニメが好きだとか、オタクだとか言えるって、何処かで聞いた。


「(私のことが好きって)は、初めて言われた……」


「日本人は、(アニメが)好きだって、あまりはっきりとは言わないからね」


「そ、そうだよね……。だ、だから、急に言われて、ちょっとドキッとしちゃった……」


「ぼ、僕もちょっと言うの恥ずかしかった。人が居る所だと言えないけど、今は他の人が居ないから、(アニメが好きだって)言えた感じ……」


「そ、そうなんだ……(二人きりだから好きだって、言ってくれたんだ)。ど、どうしよう……。……どうしても正解したいの?」


「もちろん!(アニメオタクだし、アニメクイズには正解したい)」


「うっ、ううっ……(baiserだと発音がヴェーゼだから、キスってすぐに分かっちゃうと思ったから、embrassadeって言ったのに……。フランスだと親しい相手と挨拶で頬に唇で触れるけど、そのノリのつもりで言ったんだよ? ……アクタルスは、私と本気でキスしたいんだ……。ど、どういうキスのつもりなんだろう……。凄く、真剣な目をしている……。ドキドキする。なんだか、今の状況がラブコメみたいで……少し楽しいかも……)」


 なんだ。

 アリスさんが頬を赤くして、目が泳いでいる。

 何かのヒントか?


 だ、ダメだ。可愛いからって見とれている暇ははない。


 先ずはクイズの正解を考えないと……。


「フランス版タイトルが『オリーブとトム』の日本のアニメ……。オリーブ……。ダメだ。オリーブオイルしか出てこない……」


「……特別にヒントあげる。スポーツ漫画だよ」


「ジャンプでスポーツ? オリーブ? トム?」


 ……あ!


 僕は思わず手を叩いた。


「分かった!」


《C'est vrai?(本当に?)》


「オリーヴェとトーマスは、ライバルだよね?」


「う、うん……。ライバルと言うより仲間だけど……」


「それなら間違いない!」


「ど、どうしよう……。本当に分かったの……?」


「答えは、『スラムダンク』。オリーブ、エ、トムは、桜木花道と流川楓でしょ! ジャンプ原作のスポーツアニメで、植物っぽい名前の主人公という条件を満たすなら、これ!」


「よ、よかった……不正解……」


 う、嘘だ……。

 悔しい。

 父さんの部屋に何百冊もあるジャンプの単行本はほとんど読んだし、ジャンプは定期購読しているのに……不正解だなんて。


「そ、そんなに、落ちこむんだ……」


「う、うん。(ジャンプが)好きだから本気で(クイズに正解)したかったから……」


「そ、そこまで(私のことが好きだからキスしてほしかったって)はっきり言われるのは、ちょっと嬉しいかも……」


「うん。だって、初めてたくさん話したけど、アリスさんって、僕がアニメを好きだって言っても、馬鹿にしたりしなさそうだし。だから、正直に言えた」


「……え? アニメを?」


「うん。漫画やアニメが大好きだから、クイズに正解したかった」


「そ、そっか! 私、ちょっと変な勘違いしていた!」


「え、何を?」


「な、なんでもない!」


「ところで、クイズの答えは何?」


「えっとね――『キャプテン翼』」


「なんで?!」


「だよね! 驚くよね! 私も日本の漫画を見て驚いた!」


「オリーブが大空翼だとして、トムって誰?!」


「若林君」


「若林君が、トム?!」


「フランスで放送されたアニメで、Tomの帽子に『W.GENZO』って書いてあるよ。私日本に来て漫画を読むまで、GENZOは帽子のメーカーだと思ってた」


「日本の漫画も読んでいるの?」


「うん。漫画とアニメのために日本語を勉強したよ」


「そうなんだ」


 フランス書院のエッチな本を読みたくてフランス語を勉強した僕との違いよ……。

 アリスさん凄い……。


 なんか惨めな気持ちになってきた。


「そ、そんなに落ちこまないで。《embrassade》は、も、もっと仲良くなったら……。あ、あの、それで……。もし、良かったら私と友達になって、またアニメの話をしてほしいな……」


「も、もちろん。僕で良ければ」


 女の子と友達になるのは気恥ずかしいし緊張するけど、アニメトークができる相手は僕もほしい。


「あ、そうだ。父さんがグレンダイザーのDVDを持っているから、もし良かったら」


「うん。こんど、遊びに行くね!」


 ――貸そうか、と言おうとしたら、被せるようにしてアリスさんが言ってしまった。


 どうやら、いきなり家に招くほどの友達になってしまったようだ。


 こうして、日本語が堪能だけどあまり分かっていないふりをするアリスさんと、ヒアリングは苦手だけどフランス語を読むことのできる僕は、教室内で堂々と、でもひっそりと趣味のオタトークをする関係になっていく。


以上です。


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