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2日目 早くもメイド存続の危機!?

前回のあらすじ:メイドのバイトに行ったら、同級生にノーパンで掃除をさせられました……

「ふう、物が揃うと良い感じになるわね。頑張ったかいがあったわ」

「運んだの全部私です……メイドだから当たり前なんですけど……」


 さも自分が苦労してやり遂げたような雰囲気を醸し出す麗華ちゃんに、私は呆れ半分で苦笑いを浮かべる。


 あの後、流石にベッドが無くて寝れないのは困るので、家具を一式運び込んだ。もちろんメイドとして私が。


 個人的には、ピンクっぽい色よりも水色とか黄緑とかの清潔感のある色が好きなのだけど、用意してもらった家具だから文句は言えまい。余り物の家具までかわいい系なのは、流石かわいい系美人と言ったところか。


 とはいえ、ベッドと机と収納棚が一式揃うだけでだいぶ生活感が漂う部屋になったのは確かだ。流石に重たいものを運ぶ作業だからか、運び込み中の無防備なときにも下着を取られることは無かった。でも単純に工夫を凝らして床を滑らすように運んだとはいえ、重たくて大変だった。明日は間違いなく筋肉痛だろう。


 肉体労働に加えて緊張もあって、いつもの倍以上に疲れている。もう夕飯も食べ終えたし、正直今日は早く寝たかった。


「で、あの……1つ気になっているんですけど……」

「んう……? どうかした?」

「いや、その……いつになったら、返してくれるのかなぁって……」

「ふふっ♪ どーしよっかなぁ♪」


 お嬢様はきょとんとした顔で、むしろ不思議そうに首をかしげる。

 可愛らしいフリルの着いた白のパジャマで、透け感のある生地は、ただ可愛らしいだけでなく、もともとの麗華ちゃんの大人びた見た目と相まって妖艶さを醸し出していた。その清楚で綺麗系の見た目は、改めて麗華ちゃんがお嬢様なんだなと実感させられる。


かくいう私も先ほどまで来ていたメイド服ではなく、新しいメイド服を着ていた。

 こちらはしっかりとしたクラシックメイドではなく、日本のコスプレ文化のそれに近いものだった。

 スカート丈も袖丈も短めで、動きやすさを重視して重ね着が少なめ、ありがたいことに軽くて着心地が良い。


 しかし、そのメイド服を着ている私は、落ち着きなくもじもじとしていた。ミニスカートの端を掴んで、必死に隠すように伸ばす。


「なんでこんな嫌がらせをするんですか……? 確かに私が悪かったかもしれないですけど、だからって……」

「かわいいからだけど?」

「えぇ……? ちょっと意味が分からないです……」


 私のベッドの上でくつろぐ麗華ちゃんは机の上の紅茶を一口飲むと、ニヤリと私に視線を向ける。


「あのまだ、何か……? 私、ちゃんとお茶は淹れましたし……そろそろ返してくれても……」


怯える私に、麗華ちゃんは舌なめずりして手招きする。

 短い付き合いだとは言え、麗華ちゃんがこの顔をしたときは何か良からぬことを考えていることは分かり切っていた。しかし、”物理的に”弱みを握られている私にその良からぬことを回避するすべはなく、怯えながらも大人しく近寄っていく。


「わっ!?」


 いきなり抱き寄せられ、私は驚いて声を上げる。ふわりと体温の高い麗華ちゃんに包み込まれて、そのまま麗華ちゃんの膝の上に載せられるような形でベッドの上に座り込む。


「~♪」


 気が付けば、麗華ちゃんに逃れられないようにお腹と腕をがっちりと締め付けるように抱きしめられていて、身動きが取れない。

 まるでぬいぐるみでも抱くかのように麗華ちゃんは私にすりすりと頬を擦り付ける。もしかしたら、私をメイドを、自分のむいぐるみやペットと勘違いしているのではないだろうか。私の扱いを考えると、なんだか不安になってきた。


 先ほどから必死で抵抗しているのだけど、麗華ちゃんのホールドは意外に力強くて抜け出せない。抜け出せないことを悟った私は、なんだか気に食わなくて、むすーっと頬を膨らませる。


 私が大人しくなると、麗華ちゃんは鼻歌交じりに耳元で囁くように私の名前を呼ぶ。


「藍佳……♪」

「……なんですか?」


 勝気なご主人様になんだか負けた気分の私は、へそを曲げていて、そっけない態度で返事をする。


「んー。気づいてないのかなーって」

「えっ……?」


 私は指摘されて初めて、あることに気づく。


「あっ、あっ、あの! 麗華ちゃん! 離して!? やば、いからぁ!!」


 私が慌てて手を伸ばそうとするも、抑え込まれて拘束から腕を抜くこともできない。


「覗き込んだら見えないかな~?」

「やめて! 絶対やめて!!」


 ただでさえ短いスカートが、身動きをとろうともがくたびに少しづつ少しづつめくれていく。きわどいラインがチラチラと覗いて、麗華ちゃんの視線が突き刺さるようにそこに向いているのが分かる。

 気づいてしまうと、スカートがめくれあがって直に空気に触れている下半身が心細くて、ぎゅぅっと太ももを閉じ合わせる。


「麗華ちゃん、お願い離して……お願いだから……っ!!」


 気恥ずかしさと、まとわりつかれて感じる体温で、シャワーを浴びたばかりだというのに汗がどんどんと溢れてくる。あまりの熱に上気する頬、火照った身体。私の脳はあまりの恥ずかしさに沸騰して、ふわふわとしてくる。


「じゃあ、明日からもノーパンノーブラで仕事をするって約束してくれたらパンツは返してあげよっかなー♡」

「そんな……どうすれば……」


 迫られた究極の選択に私はあわあわと戸惑ってしまう。


なんで……どうしてこんなことに……


追い詰められた私は、他人事のように思い出す。

そう、時は夕飯の前まで遡る――――


牧瀬家には、現在3人の住人がいる。麗華ちゃんと、お兄さん。そして妹さんがいる。そこにメイドの私が加わって、4人になる。


 お父さんとお母さんが帰ってこないことは、気になるけど聞きづらいなーと思っていたら、麗華ちゃんは私が効く前にあっさりと教えてくれた。


 お父さんは某有名企業の社長さん、お母さんは海外に行っていて、2人とも時々しか帰ってこないらしい。分かってはいたけど、お金持ちってすごい。


 それはさておき、重大な問題が1つ。


「いや、お姉ちゃんの同級生って……お兄ちゃん、頭おかしいんじゃないの?」


 短い髪にツンとした目つき。牧瀬家の血筋なだけあって、俳優レベルに整った容姿を持つ中学2年生の女の子。麗華ちゃんの妹、姫香ちゃんだ。


「メイドの話、おばあちゃんくらいの年のしっかりした人が来るのかと思って許可したんだけど。なんでそんなことになってるわけ?」


 私は姫香ちゃんによって、牧瀬家のリビングの机に座らされていた。どうやら麗華ちゃんやお兄さんとは認識の違いがあったみたいで、姫香ちゃんは帰宅するなりお出迎えに向かった私を捕まえて、リビングで椅子に座らせると家族会議を開いたのだった。


「私は雇うのには反対。なんの資格もない赤の他人を住まわせるなんてどうかしてるのに、更にお姉ちゃんの同級生とか。もう帰ってもらうから」

「まあまあ。藍佳ちゃんは実家で忙しいお母さんの代わりに家事をやっていたらしいし、仕事は問題なくできると思うよ? それでもダメかな?」

「ダメに決まってるでしょ。話聞いてた?」


 姫香ちゃんは鋭い視線を私に向ける。イライラとしているからだろうか。目元が麗華ちゃんにそっくりなのに、姫香ちゃんからは刺々しさを感じる。麗華ちゃんにはなぜかない美人特有の近寄りがたさがひしひしとにじみ出ている。


 姫香ちゃんは、ツカツカと力強い足取りで私の方へ向かってきたかと思うと、私と対面して立ち止まる。


 じーっと見つめられて、あまりの目力に年下の女の子とは思えないようなものすごい圧を感じて、私は縮こまって狼狽えてしまう。まさに蛇ににらまれた蛙というやつだ。


「メイドさん、ごめんなさい」

「うぇ!?」


 いきなり姫香ちゃんが頭を下げるものだから、私はびっくりして肩を跳ね上げる。


「いや、そんな驚かなくても……」

「あ、つい……謝られるとは思わず……」


悪いとは思うけど許してほしい。蛙だっていきなり蛇に謝られたら、動けなくなっていたことも忘れて驚いて跳びあがる。


「兄が採用と言ってしまった手前、本当に失礼なお話になってしまうのですが、住み込みでのバイトの話はなかったことにしてくださいませんか」

「は、はい。私は、別にいいですけど……」


 まあ、人並みには少し寂しいなとは思った。でも、妹さんの言ってることは正しい。私も赤の他人が家に住み着くってなったらちょっと嫌だし。お金持ちだからそういうの気にしないのかなーって思ってたけど、やっぱり気にするよね。こればかりは仕方ないと思う。それにバイトをしっかりと理解しているわけではないけど、お金をくれる人が雇えないって言っているのだから頷くしかないと思う。


「すみません。お手数おかけしました」

「いえいえ……」


 ちょっぴり怖い雰囲気があった姫香ちゃんが、しゅんっとして申し訳なさそうにしているのを見て、私は気にしてないよと笑顔を浮かべる。だって、姫香ちゃんが悪いわけじゃないんだし、かわいそうだもん。ここは大人しく身を引くべきだと私は思うのだ。


「ちょっと待ったー!!」

「……!?」


 しかし、そんな私の気遣いを知ってか知らずか。私のはちゃめちゃなご主人様は、私と姫香ちゃんの間に割って入る。


「私は反対! 私は藍佳がメイドを辞めるの反対します!」

「お姉ちゃんは黙ってて」


 頬を膨らませ、可愛らしく怒ったような素振りを見せる麗華ちゃん。姫香ちゃんとは違って、とっつきにくさを感じないのはこういう可愛らしい仕草が上手いこと中和させているからなのかもしれない。


「確かにこれは私の我儘だよ。でも、やっぱりメイドさんはプロの人を雇った方が良いのは分かるでしょ。そこは否定できないはず。大事なことだから、お姉ちゃんもしっかり考えて」

「しっかり考えて、私は藍佳がいいの。というか、メイドさんを雇うって話は私が言いだしたことでしょ? 決めるのは姫香じゃなくて私だよ」


 意見が食い違った2人はバチバチと火花が散りそうなほどにらみ合う。


私がお姉ちゃんと喧嘩する時は、明確な力の差があって、私がいくら反論しようとも意見が通ることは無かった。でも、牧瀬家の姉妹喧嘩は違うようで、この感じだと言い争いはしばらく終わらなさそう。やっぱり、家庭によって喧嘩も様々なんだなぁ。なんて、目の前の2人の言い争いを眺めながら、私は呑気なことを考えていた。


「決めるのがお姉ちゃんって、おかしいでしょ。家の問題なんだから私の意見だって尊重されるべきだと思うけど。私、間違ったこと言ってるかな?」

「藍佳を雇わないってのが間違ったことなんだよ! そういう姫香だって、いつも私の言うこと否定しかしないじゃん!」

「いや、別に今回は否定してるわけじゃなくない? 条件を提示してるだけだから守ってくれるならメイドは許可するわけだし。適当に噛みついてくるの本当にだるいんだけど」

「それって結局私の意見を否定してるってことじゃんか! ひどくない!? サイテーだよ!」


 姉妹喧嘩は白熱していき、麗華ちゃんは顔をむくれさせすぎておかしなことになっているし、姫香ちゃんの眼光は鋭すぎて向けられてるわけでもない私ですら胃が痛くなる。私も、ここで「私のことで争わないで!」なんて言い出すような空気の読めなさは持ち合わせていないけれど、なんだかこれは緩衝材が無いとまずいような気がしてきた。一応、私のことでもあるのだし、何か気の利いたことを言った方が良さそう。


 さて、どう言ったものか……


 生まれて15年、私は喧嘩の仲裁をしたことがなかった。別に周りで喧嘩が起こらないような平和な世界に生きていたわけでもなく、自分に関係ないことならなおさらぼーっとして眺めているだけだったからだ。


 私が慣れない気の利いた言葉選びに苦戦していると、2人の兄である晴臣さんがいがみ合う2人の肩にぽんっと手を置く。


「まあまあ。2人とも少し落ち着こう。藍佳ちゃんの前でその喧嘩はよくないと思わない?」

「うっ……」


 2人が同時に私に視線を向けるので、私はびくりと怯えるように身を引く。

まだ言葉選びが終わっていないので、私を巻き込むのは辞めてほしい。私は焦りで何も言えず、あわあわと口を動かすことしかできなかった。


「埒が明かないから僕も一言言わせてもらうと、今回は麗華の意見に賛成だ」

「は? 意味わかんないんだけど」


 晴臣さんが麗華ちゃんの肩を持つと、姫香ちゃんはギリッと歯ぎしりをする。怖い。


「それはね……料理が上手いからだ!」


 晴臣さんは堂々とそう宣言したのだった。


ん……? あれ……? それなら別におばあちゃんみたいな本業の人の方が慣れてそうだけど。本当に私でいいの?


「姫香。麗華がメイドさんを雇いたいと我儘を言ってから、なぜ僕たちがそれを承諾したか覚えているかい?」

「……覚えてるけど。誰も自炊できなくて、最近は出前しか食べてないから、料理が上手い人ならいいかなって言った。でも、それならやっぱりプロの人の方が――――」


 そうそう、プロの人の方が絶対いいよね。でも、納得だ。麗華ちゃんが案内してくれているとき、掃除しなくていい場所ばかりで本当にメイドが必要なのかなって思っていたけど、ご飯を作る方が本命だったのかぁ。


 私は家でもやっていたからできなくはないけど、料理に自信があるわけでもないしね。今日の夕飯は、麗華ちゃんのリクエストに答えてハンバーグにした。お金持ちの人がわざわざ料理のために雇ったにしては、ハンバーグとご飯を炊いただけでは簡素な料理な気がする。もっとこう、難しい名前の料理を出せないとだめだよね。


「あっ。ハンバーグ……」


 私ははっとして、勢いよく立ち上がる。


 椅子がガタンと音を立てて倒れたので、きょとんとした3人の視線を集める中、赤面しつつ椅子を直す。恥ずかしさで俯き気味になりながら、履きなれていないスリッパでパタパタと音を立てながら早足でキッチンへと向かう。


 夕飯の支度が途中だったのを思い出したのだ。雇われないことになるとしても、流石に準備中のキッチンを放置して帰ることはできない。


「え、メイドさん? どこに行くんですか? ちょっと!」


 なんとなくも事情が分からない姫香ちゃんは、いきなりの私の行動にかなり困惑しているようだった。


 とはいえ、私にも説明する時間がない。きっと姫香ちゃんは、いえ、そこまでしていただかなくとも……私が片付けておきますから。みたいな感じになって時間を取られてしまうだろうし。夕飯が遅くならないように、なるはやで仕上げてしまわないと。


 夕飯の支度を終えて、私がリビングに戻ると、3人は優雅に机を囲んで座っていた。


「わぁ……」


 美男美女というのは机を囲んでいるというだけでこんなにも絵になるものなのか。やっぱりこの人たちに家庭料理を出すのは申し訳ない気もしてきた。


「あ、メイドさん……」


 姫香ちゃんは私の顔を見ると、何かを言おうとするも口を噤んで押し黙る。そして、気まずくなったのかふいっと顔を背けてしまう。私、知らない間に嫌われてる?

なんだか拗ねているみたいだけど、ツンとした表情が様になっていてちょっといいなって思ってしまった。私が夕飯の支度をしている間に、晴臣さんに言いくるめられてしまったのだろうか。


 晴臣さんは、そんな姫香ちゃんに苦笑いを浮かべつつ、にこやかに笑って立ち上がる。


「夕飯の支度が終わったのかい? 配膳は僕も手伝うよ」

「あ、はい。じゃあ、お願いします……」


 晴臣さんと机に夕飯を並べていく。千切ったほうれん草を添えるだけのつもりだったのを、慌てて人参を甘辛く煮てジャガイモとブロッコリーを炒めて添えてみたけど、まだまだ庶民風すぎる。材料はなんとかなりそうだったから、スープくらい作るべきだったなと後悔した。今からでも簡単なやつなら……いやでも、下手に素とか使っちゃうともっと安っぽくなっちゃうかな。でも、キッチンにあるってことはお金持ちでも素は使うってことだし、いいのかも。


 考えすぎてかえって不安になりながら、恐る恐るお皿を麗華ちゃんの前に置くと、ぱぁっと麗華ちゃんの顔が明るい笑顔になる。


「ふふっ♪」


 ああ、本当に麗華ちゃんはハンバーグ好きなんだ。


 私はなんだか肩が軽くなった気がして、気が付けば私は笑顔になっていてちょっぴり驚いた。


「いただきます♪」


 私が席に着くと、我先にと麗華ちゃんは手を合わせて、楽しそうにそう言った。

 麗華ちゃんは私の作ったハンバーグを口にすると、ふわふわとした幸せオーラを出してにっこにこの笑顔になる。それを見ているとなんだか保護欲というか、母性っていうのかな。なんだかほっこりとして、嬉しい気持ち。


「おいしい?」

「うん。おいしい!」

「そっかぁ」


 掃除のときは、私が妹だなんて言っていたけど、やっぱり麗華ちゃんこそ妹って感じだと思う。もう完全にかわいい系でしかないのだけど、もしかしてツッコミ待ちだったりするのだろうか。


「ほら、やっぱり藍佳の料理は完璧だったでしょ!」

「そうだね。姫香もきっと気に入ると思うよ」


 私はそっと姫香ちゃんの様子を窺うようにちらりと視線を向ける。


 まだ一口たりとも手を付けておらず、もじもじと躊躇するように私の顔とハンバーグを交互に見る。


「……えっと、お口に合うかわからないけど。いやだったら、えっと……他の作るとか、なんとかするから」

「いえ、そんな。いただきます」


 姫香ちゃんは、綺麗な所作で箸を持ち、小さく口を開けてハンバーグを頬張る。

 落ち込んで曇っていた顔が、もぐもぐと口を動かすたびに、段々と晴れていく。その表情は、麗華ちゃんのようにわかりやすい笑顔ではなかったけれど、姫香ちゃんが喜んでいることは私にも伝わってきた。


 姫香ちゃんは、よっぽどハンバーグが気に入ったのか、黙々と箸を進めていたが、私の視線に気づいて少し頬を染める。


「おいしいです。すごく」

「そ、そっか。えへへ……」


 私は自分でも気持ち悪いくらい頬が緩んでいるのが分かった。でも、それくらいうれしかったのだ。

 実家では、手をかけても当たり前のように食べて終わりだった夕飯。それがこんなに絶品されるなんて、思ってもみなかったから。


「じゃあ、約束通り藍佳ちゃんにこれからもメイドを続けてもらうってことで!」

「やったー!」


 私が姫香ちゃんを見てにやけていると、麗華ちゃんと晴臣さんが嬉しそうに声を上げる。


「約束……?」

「うん。姫香が夕飯を食べて、おいしいと思ったら藍佳にメイドをしてもらうって約束したの」

「はあ、なるほど……」


 私が夕飯の支度をしている間に、いつの間にか姫香ちゃんと麗華ちゃんが喧嘩をやめて大人しくなっているなとは思ったけれど、そんな約束をしていたのか。


「お兄ちゃんがお小遣いの差し止めを天秤にかけて脅してきたので、仕方なく……」


な、なんてむごいことを。心なしか姫香ちゃんが弱弱しくなって泣きそうになっているように見えたのは気のせいじゃなかったのかもしれない。


 かくして、私のメイド生命の危機は、悪魔のような取引によって免れ、淡々と夕飯の時間は終わった。


「ごちそうさまです」


 そういって、姫香ちゃんは手を合わせると席を立つ。

 おかわりをした麗華ちゃんと晴臣さんと比べて、姫香ちゃんは夕飯を終えるのが早かった。


「メイドさん。私、勉強しないといけないので、お風呂に入ってよくなったら呼んでください」

「あ、そっか。分かった。すぐお風呂入れるね」

「お願いします」


 端的に要件を伝えると姫香ちゃんはすぐに自分の部屋に戻っていく。


「さて、じゃあ僕も仕事があるから自分の部屋に戻るよ。僕は最後で良いから、呼びに来なくてもいいよ」


 晴臣さんはお部屋でお仕事をしているのか。どんなお仕事なんだろう? 気になったけど、晴臣さんはさっさとリビングから出て行ってしまうので、また今度聞くことにした。


 最後に麗華ちゃんは何食わぬ顔でリビングのソファーに座って、テレビを見てくつろぎ始める。いつも私の家ではこの時間帯は、お姉ちゃんに別の番組に変えられて見たい番組が見れていなかった。

 それは今日も変わらないみたいで、麗華ちゃんの趣味は私より私のお姉ちゃんよりだったみたい。


 まあ、他人の家のチャンネルに文句は言えないし私にはお仕事がある。

 私は下げたお皿を洗って、お風呂を入れて、可能なら明日の朝ごはんの仕込みもしなくてはいけない。そういえば宿題もあった。案外忙しい。


 キッチンに向かう私は、ふと足を止めてリビングを振り返る。かすかにテレビから聞こえる声。


これが普通なのかもしれないけど、家が狭かった私にとっては、あっさりと家族全員がばらけてしまうのはなんだか寂しく感じた。

文句に愚痴に叱る声、それに上から目線な自慢。そしてほんのときどきの誉め言葉が聞こえてくる場所が私にとっての家だった。それと比べるとここは、どうしても落ち着かないのだ。


「うん……」


 こくりと頷いて、私はリビングに戻る。


「麗華ちゃん、お茶入れよっか?」

「いいの? じゃあ、お願い!」

「あと、姫香ちゃんと晴臣さんにも淹れようと思うんだけど、2人の好きなのわかるかな……?」


 私は最初に晴臣さんのためのコーヒーを淹れた。ミルクが多いコーヒーが好きだけど、甘くはない方がいいとのこと。難しい。

 コーヒーメイカーと豆があったので案外簡単そうだし使ってみようかと思った。でも、明らかに使われた形跡がなくて、怖くなって普通にパックのやつにした。明らかにうちのとは値段が違いそうだけど、これなら初めてじゃないし失敗はしないはず。


 何か付け合わせをと思って探っていると、貰い物だろうお菓子がいっぱいあった。そこから適当に見繕って、お盆に乗せる。


 お盆を持って晴臣さんの部屋に向かえば、なんとメイドっぽいではないか。


「晴臣さん、コーヒーをお持ちしました!」


 少し間を開けてから返事が聞こえる。間があったものだから、今更いきなり押しかけるのは良くなかったのではという不安が押し寄せてきた。


「入っていいよ」

「えっと……手がふさがっていて開けれません……」

「……なるほどね」


 クスクスと忍び笑いが聞こえて、私は恥ずかしさで顔を真っ赤にする。うぅ、だって仕方ないじゃないか。


 扉が開いて、楽し気な晴臣さんはひょいっとお盆を私から取り上げる。


「お盆はね。こう持つんだ。最初は不安定かもしれないから反対の手を添えてもいい。やってみて」

「は、はい……」


 お盆は手で持つというよりは、腕に乗せるという感じだった。アニメとかのカフェの店員さんとかが手で持ってるイメージがあるけど、よく考えたら安定しなくて危なそうだよね。


「上手上手。じゃあ、これはもらうね。ありがとう藍佳ちゃん」

「はい……!」


 晴臣さんはコーヒーとお菓子を受け取ると部屋の中に戻っていく。


 分からないけどすごくバイトって感じがした。できることが増えると嬉しいものだ。


「あっ」


 私はぽかんと口を開けたまま立ち止まる。


「何の仕事してるのか、聞き忘れちゃった」


 次は姫香ちゃんのココアを淹れた。お湯の代わりにミルクをいっぱい入れるらしい。牧瀬家は牛乳好きなのかな。

麗華ちゃん曰く、普通より甘くなっていいとか。私はあんまり牛乳は好きじゃないのだけど、今度試してみようかな。


 私は晴臣さんに教わった通りお盆を持って、廊下を行く。家の中は広いけど、当たり前かもしれないけど生活で使う範囲は意外に密集していて覚えやすい。迷うこともなく姫香ちゃんの部屋にたどり着けた。


「片手なのに両手で持つより楽……持ち方って大事だね」


 零しそうになることもなく、私は空いた手で扉をコンコン、と扉をノックする。


姫香ちゃんは刺々しい印象だけど、ココアが好きと案外可愛らしいところもあるあたり、麗華ちゃんの妹だなって感じだ。


 ドタドタと何かを動かしたような音がして、コツンと何かを机にぶつけたような音がして、一通り音が鳴り終わってから小さな声が聞こえてくる。


「……お兄ちゃん?」

「えっと、メイドの藍佳です」

「メイドさん……か。お風呂が沸いたんですね」

「あっ……」


 私は扉の前で硬直する。

 いつもの悪い癖で、もしかしたら「お風呂を入れる前に、ココアを淹れるなんて……プロじゃないメイドは使えないわね。やっぱりプロじゃないとダメなんじゃないかしら」なんて言われるんじゃないか。せっかくお小遣いと胃袋を掴むことで得られた信頼が台無しになってしまうのではないかと不安に駆られる。


「……どうしました?」

「えっと、お風呂はまだです。すみません」

「はぁ。では、どうかされたんですか?」


 呆れたような声色に私は涙目になりながら、恐る恐るといった風に、ぼそぼそと要件を言う。


「お勉強をするって言っていたので、ココアを淹れてきました……余計でしたよね……」

「……」


 扉越しにこちらに近づいてくる気配がして、ゆっくりと扉が明けられて姫香ちゃんが顔を覗かせる。


「ありがとうございます。でも、私いまダイエット中で……」

「えっ……」


 やってしまった。ダイエット中の女の子に夜食を差し出す。それは、誰がどう考えたっとしても罪深き行いだった。


 姫香ちゃんは申し訳なさそうなしょぼくれた顔でココアと私を交互に見る。気を引かれるような恨めしそうな視線がココアとお菓子に注がれて、私はいたたまれない気持ちになった。


「今はダイエット中……だめ、絶対……絶対だめだから……っ!!」

「あわわわ……すぐに下げますね! ご、ごめんなさい!!」


 姫香ちゃんが乙女の葛藤を始めたので私は慌てて背を向けて、ココアを乗せたお盆を見せないようにする。


「ごめんなさい! ダイエット中だとは知らず、気が利きませんでした!」


 私が逃げるように立ち去ろうとすると、ガシッと腕が掴まれる。


「待って」

「ふぇ……?」


 腕を掴む力はまるで獲物を捕らえる捕食者のように力強い。それどころか、姫香ちゃんは私を自分の部屋の中に引っ張っていく。困惑していて状況が呑み込めない私は、あれよあれよと部屋の中に引き入れられて、無情にもバタンと扉が占められる。


 姫香ちゃんの部屋は、白と黒が基調のおしゃれでスタイリッシュなデザインのものが多かった。というか、こんな感じの部屋に住んでるおしゃれなOLさんとかいそうだ。ドラマで見たことある。

もし、制服が掛かってなかったら、バリバリに仕事ができる大人のお姉さんの部屋だと言われても納得できてしまうほどには、年下の中学生とは思えない部屋だった。

私の部屋なんて、漫画やアイドルのプロマイドが転がっていて、年中片付けなんてされていないというのに、どこでこうも差がつくのだろうか。


 私はポカンとしてきょろきょろと見渡していると、姫香ちゃんのジト目の視線を感じて、はっとして血の気が引いた。今の私の状況はまるで、捕食者の巣穴まで持ち帰られた獲物ではないか。


「メイドさん。そんなに見ないでくださいよ。なんか恥ずかしいじゃないですか」

「た、食べられる……っ!? ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」

「食べませんよ!?」


姫香ちゃんに捕らえられた私は怯え切って、ガクガクと震えて許しを請う。


「もうっ……ですから、そんなに怯えなくても。私ってそんなに怖いですか?」

「本当に食べませんか……?」

「お姉ちゃんといい、メイドさんといい。私をなんだと思ってるんですか……傷つくんですが」

「すみません……つい……」


 姫香ちゃんは私の態度に不機嫌そうにむくれ顔をしながら、私が大事に抱えているお盆の上からひょいっとココアを取り上げる。


 姫香ちゃんは、丸テーブルの椅子に腰かけるとこくりと一口ココアを飲む。


「あの……ダイエットはいいんですか……」

「うっ……まあ、折角メイドさんが用意してくれたのに頂かないのは良くないので。仕方なく飲んでいるだけですけど」


 姫香ちゃんは、ふいっとそっぽを向く。気を使わせているみたいで、なんだか一層機嫌が悪くなってしまった気がする。

 姫香ちゃんは赤の他人を住まわせるのはって理由で、私のメイドを反対していたのだし、私のことは気に食わないのだろう。


じゃあ、なんで私を部屋に入れたんだろう? むしろ入るのを嫌がりそうなものなのに。


「あの、座らないんですか?」

「えっ……あっ、じゃあ、座らせていただこうかなと思います……」


 丁寧に丸テーブルには姫香ちゃんが座っているものとは別にもう一脚椅子が用意されていて、私はそこにちょこんと縮こまって腰掛ける。

 休日には友達を呼んで、ここに座ってお茶会でもするのだろうか。お嬢様の友達がここに座っているところを想像してみるとすごい絵面だ。麗華ちゃんにはないお嬢様感がカンストしている。


 私では場にそぐわなすぎて、どうしたものかとそわそわしていると、姫香ちゃんがコップを差し出してくる。


「あ、おかわりですか?」

「違う。ダイエット中だって言ってるでしょうが。飲みすぎるといけないからメイドさんに半分あげる」

「いいんですか……?」


 姫香ちゃんは、私の方へマグカップをすすっと寄せると、対面している私をどうあっても視界に入れたくないようで頬に手をついて不機嫌そうに顔を横に向けていた。


「じゃあ、貰いますね……」


 私はこくりとココアを口にする。

 お湯の代わりにミルクましましで淹れたココアは確かにいつも飲んでるものより甘かった。というか、たぶん値段が違って、飲みやすさが段違いだった。

 舌の上に優しい甘さが広がって、喉をすんなりと通っていく。粉末スティックを使ったのに、渋みや粉感はまったく感じない。


「はぅ……これがお金持ちのココア……」


 思わず口に出してしまって、姫香ちゃんのきょとんとして私に視線を向けていた。今度は私がそっと目をそらす。自分の貧乏性が恥ずかしかった。


「姫香ちゃんにお返しします……!」

「気に入ったなら、全部飲んでくれてもよかったのに」

「そ、そんな、大丈夫ですから!」


 姫香ちゃんは、どこか嬉しそうに笑い声を漏らすと、目を細めてココアを口にして、幸せそうに頬を緩ませて一息ついた。


「うちの家族、料理出来ないって話はしましたよね」

「うん。聞いた。だから私が雇われたんだよね」

「そうなんです。最近は出前ばっかりだったから、お腹が出てきちゃって……自炊しても、ごはんはびちゃびちゃで、簡単だって言われたパスタも口の中に刺さるし……食べれたものじゃなくて結局夜食が増えてしまって……」

「な、なるほど……」


 というか料理ができないってそのレベルだったのか。それは、私レベルでも絶賛されるわけだ。


「じゃあ、ダイエットが終わるまで控えなきゃだね。明日からはココアはやめにするね」


 私がそう言うと、姫香ちゃんは寂しそうな顔をして俯く。


「何もないのは嫌だなぁ、なんて」

「うん……と?」


 私が首をかしげると、姫香ちゃんは顔を上げて、少し照れて視線を逸らしながら呟くように言った。


「明日も来てください。今度はカップは2つで」


 ダイエット中なのに明日も……?

 ああ、そうか。これはダイエット中の女子特有の妥協なんだ。ダイエットは辛い、好きなものを禁止して、終わりの見えない戦いに興じなければならない。だから、みんな妥協する。例えば、週に一度はどれだけ食べてもいい日を作ったり、少しでも減量できたらご褒美にケーキを食べるとか。大抵それは良くない方向に転がるんだけど、人間というのは愚かで欲望に耐え切れない生き物なのだ。


 そう考えると、目の前の威圧的なほどに美しい顔の少女も、なんだか人間味があふれてきてかわいく感じてきた。

「半分にするってことですか。なるほど、私が半分手伝えば飲みすぎにならない……」

「……そういうことです」


 私はなんだか嬉しくて、くすりと笑って見せる。大昔の人たちが、神様を考えるときに人間味をあふれさせた理由が分かった気がする。どれだけ美人で、怖い印象があっても、姫香ちゃんも年相応の女の子なのだと。


「いいですね。お友達みたいです」

「ともだち……ですか」


 きゃっきゃとはしゃぐ私に反して、姫香ちゃんは表情に影を落としぽつりとつぶやいていた。


 私はそんな姫香ちゃんの表情に気が付いて、ぱたりとはしゃぐのをやめる。


「あの、メイドさん。いつお風呂沸かしてくれるんですか? 飲み終わったんですから早くメイドの仕事をしてください」

「あっ、は、はいぃ……」


 は、はしゃぎすぎた。

 突き刺さるような威圧感にさーっと血の気が引いていく。蔑むような視線が突き刺ささる。

いくら私から親しみを抱こうと、姫香ちゃんが赤の他人である私に対して、よく思っていないことには変わりはない。変に親しみなんて持たれたら、かえって不快に思って当たり前ではないか。


「メイドなんですから、仕事もしっかりしてください」

「す、すみませんっ! す、すぐいきますっ!」


 私は逃げ出すように姫香ちゃんの部屋を出ていく。


「友達……か」


 一人残った姫香ちゃんは、俯きながらかちゃりとコップをお盆に乗せると、ぽつりとつぶやいた。

1話投稿時に書き溜めていたものです。手直しができていないので、大目に見てください。

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