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なんでも屋さんの弟子  作者: ソフィア・ラグナロク
第2章「師匠は自宅療養生活中」
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第11話「過去の戦争と巨人」

第2章「師匠は自宅療養生活中」

第11話「いつも優しい弟子」


 師匠から人を雇えば? と簡単に言われてしまい、自分にはムリだと即答したら、ネーミング労働者のナズナからは文句を言われて。

 言い返せなくなった響子はぐぅとしか返せず、とても悔しい思いをした。

 時々ズバッと言ってくるナズナの毒舌はえぐい。反論する猶予を与えてこないし、一番痛い事を言われるからかなり気持ちが沈むのである。


 店以外の事が落ち着いた夜に、ひとり、どうやって人を雇うか、どうやって募集するかを悩んだ。

 好きな音楽をヘッドホンで聴きながらパソコンと睨めっこをしている。

 師匠の結衣はふらふらする足取りでゆっくり歩きながら、パソコンの作業部屋に響子がいる事に気がついた。


 ふふっ。真面目にやってるね。


 弟子の響子がヘッドホンをしている時は真面目モードに入った証拠でもある。

 だから放っておいても大丈夫だろうと思い、そのまま廊下を進んでトイレから寝室へと向かった。

 ところが後方から凄い勢いで響子が声かけてきた。


「師匠! 危ないですから、私が肩をお貸ししますから!」


 それほど音を立てていないのに気がついたのか。

 しかもヘッドホンして音楽を聞いていたんじゃなかったの?


「音楽聞いていたんじゃなかった?」

「師匠は空気でわかります!!!」


 とんでもないセンサーを持っているようだ。


「気にしなくてもいいのに。少しはこうやって歩かないと、っと」

「だから危ないって言ってるのに!」


 自分の脚なのに、骨がないような感じでしっかりと歩けない。

 トイレに行く時に弟子に頼める訳でもなく、けど戻りの廊下で崩れかけた。

 咄嗟に響子が支えてくれて助かった。


「ごめんね。集中していたのに」

「いいですよ全然! トイレいくんですか?」

「もう済ませてきたよ」

「電話してください! どんな事でも手伝いますから! 師匠になにかがあったら、私、とても辛いですっ!」

「もう。本当にいいのに……」


 こんなにも師匠思いな弟子は、他にはいないだろうなぁと結衣は感じた。

 そういえばもうひとりの弟子のレオは顔を見ないけど、どうしたんだろう?


「そういえば、レオは?」


 結衣の寝室まで響子が一緒に寄り添ってくれる。それまでの途中で聞いてみた。


「全く連絡こないですね。本当になにやってんだか」

「いつものこと、か。何もなければいいけれど」

「いつもケロッとして現れますからね。もう、師匠をなんと思ってるんだか。よ、っと」


 幸い2階建ての家でなくて良かった。

 パソコンのある作業部屋からは、結衣の寝室までは遠くない。間には響子の部屋があるくらいだ。

 空いていたドアを閉めて、師匠をベッドのところまで運んだら、あとは自分で出来るからと言ってきた。


「あとは大丈夫だから」

「本当に大丈夫です?」

「大丈夫大丈夫~!」


 響子から離れて、自らの力でベッドに横たわる。

 それを見るだけでも大変そうだから、本当に不安が増える一方で……。


「食事も作ってくれて、ありがとうね」

「いえいえ! いつもやってる事なので!」

「響子にはいつも助けられてるから……。本当に、ありがとう」

「いえいえ! 私こそいつも師匠には助けられてばっかりだし……。あ、リモコン、ここに置いておきますね。それから、ナズナが用意してくれた薬も。それと、スマホも。移動する時は本当に電話してください」

「心配しなくていいのに」

「心配で胸が張り裂けそうです」


 可愛い弟子だなぁ。

 結衣は本当に弟子の響子に感謝でいっぱいだった。

 

「私は寝るからね。あまり、ムリしないようにね」

「はい。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 どんなに親しくても、もう10年くらい経つと言うのに響子は礼儀正しくいい子だ。

 ずっと同じ家で過ごしてきた。

 最初はいろいろとあったが、ようやく人並みになれたのはいつ頃だったか。それから後は、食事を毎日作ってくれるし、洗濯物も掃除もしてくれる。

 部屋から響子が出て行ってから、昔の事を思い出しながら、感謝の気持ちがいっぱいで涙もすこしこぼした。

 この家を建てたのも、そんな響子がいるからである。


 初めは作りたての工房で、風呂場なんてない状態で、トイレさえあればいい感じだった。

 あとは工房の作業スペースが寝る場所であり、食事する場所でもあって、自分ひとりが過ごせればいい程度だった。

 装備などは専用のスペースがあるから、本当に、それだけで良かったのだ。

 ところがある日、戦争に終止符をうつ出来事がこの国・ベニア連邦で起きたのだ。


 



 ベニア連邦とセントバニアは隣接している国だが、10年前は非常に情勢が悪く、お互いの国同士で戦争が起きてもおかしくない状態であった。

 しかしその当時、モンスターが大量に本大陸に攻め込んでくるだけでなく、襲われた人間がモンスターに変化してしまうという。

 普段はそんなことのない、ウイルス性の脅威なんてなかった。

 けれどあの時は、誰もがその原因がアレだとは思ってもいなかった。


 3年も続くモンスターとの熾烈な争いのなかで、ベニア連邦とセントバニアは敵視しあっていたが協力しあい、多くの国と同盟を結び、本大陸を守っていた。

 そのなかでもベニア連邦は東海岸に面していることもあり、被害は多いほうだ。

 幸いにも都市はセントバニア寄り、攻め込まれている東海岸よりずっと北部になる。都市部での一般人の死亡者数はほとんどゼロだった。

 あの日、までは。

 結衣はギルドから支給されていた武器や防具でモンスターと奮闘していた。仲間達は何人も死んでいき、小隊員が結衣と隊長だけになってしまうほどに、劣勢であった。

 長期にわたる戦である事もあり、多くのハンターが弱っていた。

 その日、ついにモンスターは海岸沿いのほとんどの田舎町を荒らしつくし終わり、唯一ひとつの都市へと攻撃を始めようとした。

 上からの命令で、全隊が都市防衛戦へと作戦変更をし移動し始めた直後だった。


「えっ!? 都市中央部で巨人出現!!?」


 無線が入ってきて耳を疑った。

 今まで人型のモンスターなんていなかった。

 だからどの国も驚愕し、しかもベニア連邦の都市だから不用意に手が出せず、各国は都市内部へと侵攻不能となってしまった。

 

「隊長、私達はどうすればいいんですか?!」

「わ、っからねぇ! わからねえよ! 巨人だ!? そんなバカな話、あるかよ!」


「全隊に司令! ただちに都市防衛をお願いします! 戦闘機、銃器、ともに効きません! 誰でもいいので、ハンター部隊でもいいので、お願いですから結集して下さい!」


 司令部からの女性の声だった。

 しかしその声のあとに突然大きな音が響いて、その女性は絶叫しながら必死に訴えた。


「誰でもいいので! 誰か! 誰か!!!」


 その後、嫌な物音と共に無線が途絶えた。

 誰もが知った。その女性は巨人に喰われて死んだのだと。

 ほとんどの人間が最も恐れていることだ。

 人間はたくさんの動物やモンスターの肉も食べてきたが、人間が食べられる側になるなんて、今までかつてほとんどなかったのだ。

 ましてや丸呑みされる恐怖なんて。

 誰もがそんな巨人に、ましてやハンターが太刀打ちできるなんて想像もしなかった。


「お、おい、どこへ行く!」


 それでも結衣は諦めない気持ちで、心を強くした。

 誰もが巨人はおそるべきモンスターだと思っただろう。

 怯えきっている隊長のことなど無視して、結衣は独断で都市へと向かった。

 単独行動は厳禁と言われている。

 ただし、ひとりでも多くの勢力が必要なはずだ。

 そう思う仲間が集うような場所へ――。





 ところが、誰ひとりとして、同じような仲間がいなかった。

 それどころか都市は酷い事になっていた。

 結衣が様々な移動手段を駆使して都市に辿り着くと、軍事施設は壊滅状態。そして巨人は、セントバニアへと逃げて行ったと聞く。


「一番たちが悪いよ」


 それでも自分は行くんだ。

 そう決めて、セントバニアへと向かうことにした。


 ただし夜頃になっても、巨人はセントバニアで暴れているという話を聞かない。

 どういうことだ?

 結衣はいろんな事を考えて、予測をして、ベニア連邦から近い森を捜索した。

 巨人が森を歩けば木々がたくさん倒れているはずだ。

 とにかく山頂まで全力で移動する。

 朝からずっと移動し続けて疲労がたまっているが、気がかりがあって、とてつもない胸騒ぎがしていた。それがなんなのかはわからない。

 でも、なにもせずにはいられない。


 数回の休憩をはさみながら山頂にようやくたどり着いた。

 それまでの道中で耳をあらゆる方向に傾けていたが、全然、小鳥達の騒ぎ声も地響きもなかった。

 巨人が姿を消すなど、ありえない。

 そしてようやく山頂について山を見下ろしたが、倒れている木々はどこにもなかった。


「どういうこと?」


 全く意味がわからなかった。

 そんな時だった。

 後ろから突然襲われる。首を締め付けられて、身体の自由が奪われそうになった。

 慌てて反撃して、その襲ってきたモンスターにトドメを刺そうと思った。


 だが、襲ってきたのはモンスター……ではなかった。

 将来、目の前にいる人間が自分の弟子になるとは思いもしない、岬響子だった。

 服は着ていない。

 だけど、挙動が人間らしくなかった。

 口から体液で攻撃してくるし、目が真っ黒になっている。普通の人間の目でもないということだ。

 だけど響子は言う。

 

「た、すけ、て」


 ゾッとした結衣は腰から力が抜けた。

 尻餅をついてしまった。

 そうだ。これが巨人の正体だ。

 絶体絶命のピンチな時に、思わぬ人に助けられた。


「隊長!?」

「悪いな。遅くなった……。隊員を単独行動させられるかよ」


 いくつもの連戦を共にくぐり抜けてきた仲間でもある。

 そんな隊長は響子の身体を男の力で抑え込んだ。


「とりあえずどうする。ここは敵国でもあるから、見つかったらタダでは済まされないぞ」

「私でもわかりません。こんな所を見つかったら、反逆行為だと言われてもおかしくないです」

「助け、て」

「……とりあえず、様子を見よう」


 そうして、しばらく響子の身を封じたまま、時々わからない言葉を言いながら、涙をしていた。

 巨人の正体だとは言え、一般人のように見えた。

 ときおり、母さん、ごめんなさい、父さん、ごめんなさい、とも。

 そして。食べた人間達への言葉なのだろう。食べて、ごめんなさい。とも言っていた。

 それらを聞いていた結衣と隊長は、とてつもない恐怖を感じつつも、助けてあげたい気持ちでいっぱいだった。

 だけど様子はどんどんおかしくなっていく。

 モンスターのような言葉も発する。


 そして夜になり、ついに、隊長は心を決めて、刀武器を力一杯に握りしめた。


「あいつをここで殺す。その方が、あいつも幸せだろう」

 

 結衣も、それ以上の最善策はないと思った。

 だけど隊長は、結衣を置いていきひとりで向かった。

 

「お前はここに残れ。そしてなにかあったら、どの国でもいい。助けを呼べ。俺は行くぞ」

「待ってください……!」


 2日くらい何も食べられていないから、力がなかった。

 どうせなら私もと言いたいが、隊長のせいなのか、知らずに木に足を縛りつけられていた。


 そして、隊長が響子を殺そうとした時。

 おとなしそうにしていたのは嘘で、頭だけ大きくして丸呑みしてしまうのだった。

 とてつもなく恐ろしい場面に遭遇してしまい、なにも言葉が出なかった。

 隊長が手にしていた刀武器が落ちていく。

 咄嗟に、結衣はスマホを取って覚えていた番号に入力して助けを求めた。現在地の位置情報を何度も何度も繰り返す。

 響子はゆっくりと巨人へとなっていく。けれど体力がないのか、動く気配がなかった。

 このまま一晩、巨人の隣で過ごすのか?

 そう思うと悪寒しかないし、身体も震え始めた。

 何度も何度も助けを求める。

 きっと明日はもうないかもしれない。だけど、何度も。何度も。何度も繰り返した――。

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