Episode 1 対魔士隊
-----------新生暦 369年 3月8日------------
昼にも拘わらず日が射し込まないほど密に茂った木々の中、獣たちが群れを成す。その姿は狼、熊、猛禽など多種多様。細かい種が把握できない程醜く変貌を遂げたそれらのおおよそ焦点が合うことのない瞳は、一人の青年に向けられていた。星の魔力に中てられた哀しき獣たち。その中心に立つもの。
太陽のような黄金の髪。真紅を湛えた瞳。
この薄暗い森に不釣り合いなほど鮮やかなその男は、腰に据えた長剣を抜き放つ。
「ルージュ・ベクレル、任務を遂行する」
一息で体を投げ出し、前傾姿勢で体重をスピードに変えつつその手の剣を上段に構え、魔力を込める。狙いを定めたのは正面にいた狼の魔獣。意表を突かれ、反応できぬ間にその身を両断する。
その瞬間、魔獣たちの戦意が咆哮とともに爆発する。それは同類を奪われた怒りか、それとも単純な敵意か。どちらにせよその場での明確な敵はルージュとなった。
「引導を渡してやる、来い」
次々に襲い来る獣たちの牙や爪を躱し、いなし、その怨恨ごと切り裂いていく。それはもう戦闘というよりは舞っているかのように。望まぬ飢えを押し付けられたものたちを鎮魂するかのように。だが次々に霧散していく魔獣はその勢いを失わない。無尽蔵かと思われるほどの群れ。それでも舞い続けるルージュのその剣戟をすり抜け、振りぬいた剣では届かぬ死角から翼を暴れさせながら、獰猛な嘴が迫る。
「甘い」
剣で対応できぬその影に対応すべく、瞬の間に長剣の鞘とは逆、左の腰に据えたそれを抜く。太古の時代に使われていた武器の形をとったその魔具は、六種の術式を刻んだ回転式の弾倉を備えた小銃。いわば「リボルバー式小銃」と呼ばれていたものだ。引き金を引いてふさわしい術式をセットし、魔力を込めて放つ。大気中の魔力とルージュの体内、その奥にある根源から精製される魔力がリンクし術式が明確な形を成す。
これこそが、魔導。人類の進化が可能にした奇蹟。
「光よ穿て」
小銃から射出された魔力は、構築された術式を通過しその口径の十倍以上、ルージュの身の丈と変わらぬほどの太さを持つ光の線へと変わり、空から襲来した魔を焼くだけでなくその周囲の魔獣をも消滅させていく。そのままその圧倒的な輝きの槍を振りぬき、周囲を焼き払う。
光が消える頃には魔獣の徒党は跡形もなく霧散していた。
「魔力の節約のために剣だけで戦おうと思っていたが…どうせ使うなら始めからこうすればよかったか」
そんな独り言を零しながら剣と銃を納めた所で、ばたばたと足音が近づいてきた。
「ルージュ君!戦闘音がしたので来たんだが…無事かね?」
「サイモン副隊長、お気遣いありがとうございます。問題ありません。」
きっちりと隊服を着こなし精悍な目つきでいて柔らかい物腰の中年の男性。彼はエスポワール王国対魔士隊副隊長のライネル・アルバート。現在のルージュの上司であり今回の任務においては指揮官だ。そしてその後ろにいるのが、
「はっ!さすが隊長の息子は違いますなあ、ベクレルさんよ?」
「ブランドー、その呼び方はやめろと何度か伝えたはずだ」
ライネルとは対照的に隊服の前を開き、ボサボサの髪に生え散らかした髭。この男はブランドー・シャトール。一応、役職としてはルージュ同様いち隊員である。
「おいおい…つけあがってんじゃねえぞ、ガキの分際で生意気だな。今ここで先輩ってのがどういうもんか教えてやろうか?え?」
「余計な話をしている場合ではないだろう、目的の場所はすぐそこだ」
「てめえ…」
淡々と告げるルージュにブランドーの温度がどんどん上がっていく。もちろん体温的な意味ではなく、精神的な意味で。
「そこまでだ。ブランドー、彼の言う通り任務の遂行が最優先だよ。それにルージュ君、君も同じ隊員とはいえブランドーは君より年齢的にも隊歴的にも上だ。少しだけでもいいから配慮はしてほしいな」
「チッ…わかりましたよ」
「…善処します」
ライネルの静止を受け二人はにらみ合いをやめる。不服そうな態度はやめていないが。
「まったく…学生の遠足ではないんだから、しっかりしてくれよ…。ルージュ君、ここで間違いないんだね?」
「ええ…少し北に強い魔力の波を感じますし、なによりこの森の魔獣のほとんどがここに集中していた。この辺りで間違いないと思われます」
「いったいなにがあるってんだぁ?魔獣が群れをなすなんて聞いたことがねえ」
「それを調べるのが、今回の僕たちの仕事だ。二人とも、北へ進もう」
そうして、ライネルを先頭に三人は森の奥へ進む。目的の場所と思われるものは、すぐに姿を現した。
「なんだこりゃ?壁?こんなところに…?」
ブランドーの驚きの声に、今だけルージュも同意していた。森を下っていき見えてきた岩肌のその一部が、不自然極まりなく鉄でできた壁になっていたのだ。どう見ても自然物ではなく人造物であるそれは、この森にはあまりにも似つかわしくない。
「この奥ですね、魔力の波はそこから来ている」
「なるほど、魔獣はそれに引き寄せられていたのか…?」
ライネルの推測に、ルージュが意見を述べる。どうしても引っかかってしまう点があった。
「いえ、少し変なのですが…奴らからは引き寄せられた、というよりかは守っている…という印象を受けました」
「魔獣が何かを守る?そりゃねえだろ」
癪に障る言い方ではあるがブランドーの意見はもっともであった。魔獣は知性を失い、暴走した生存本能の塊。もし奴らにわずかでも理性があるというなら、今までの被害はほとんどが起きていないだろう。だからこそルージュも確信を持てない。
ただの偶然なのか、それとも常識の範疇を超えた必然なのか。
「ぶっ壊してみるかい?副隊長」
「ダメだ。何が起きるかわかったものじゃない」
「何も起きなきゃ何も分かんねえぜ」
「ダメだといったらダメだよ。…おい、ブランドー!」
あくまで実行に移す気のブランドーが背負っていた魔具を構え、起動する。大砲を象ったその砲身が光を帯びていく。
「やめろ、ブランドー!副隊長の命令を聞け」
「見てろよ、ルージュ・ベクセル。この度胸が俺とお前の違いよ!」
その叫びと同時に集中した魔力が砲弾となって放たれる。それは真っすぐ鉄の壁に向かっていき、爆ぜる。
ことなく、そのまま壁に吸い込まれてしまった。
「なに…!?」
「これは…?どういうことだ?」
ブランドーが壁に近寄り確認するも、壁は間違いなく無傷。明らかに異様だった。何かの魔導が発動した様子はないし、第三者がいる気配もない。ただの壁と思われたそれが、凝縮された膨大な魔力をすべて吸ってしまったというのだ。
それだけか?
ルージュの脳が何かを予感している。
嫌なイメージが広がる。
吸い込むということは、吐き出すことも出来るのではないか?
「ブランドー、そこから離れろ!」
「あぁ?俺に指図してんじゃ…」
ああ、もう遅い。分かってしまった。おびただしい魔力の奔流がやってくる。押した振り子が戻ってくるように。引いた波が今度は寄せてくるように。
その振り戻しは、雷撃となってブランドーを襲った。
「あ゛ッ…!?ごわアアアアァアァアッアッァ、ガアァアアァァァッ!???」
目を開けていられないほどの光量。耳を劈く轟音。それを生み出しているエネルギーのすべてがブランドーを襲っている。
どうしようもなかった。数秒で光は収まり、焼け焦げて原形も分からなくなってしまった、ヒトだったものが崩れ落ちる。風が吹き、その体がボロボロと散っていく。
「…っ」
「そんな…ブランドー…」
立ち尽くす二人。すべてが異様で異常だった。これ以上関わるな、と言わんばかりに鉄の壁は何の変りもなく佇んでいる。
「…副隊長、これ以上の調査は危険かと判断します」
「そうだね…帰投しよう。隊長に報告して判断を仰ぐしかない。」
そうして、ルージュとライネルはその場を後にした。
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「…なるほど。確かに不可解だね。魔力を吸い、吐き出す性質の壁…か」
「はい…申し訳ありません、ブランドーを守ってやれなかった」
「その状況ではどうしようもなかっただろう、家族には私から連絡しておくよ。ライネル、君は少し休むんだ」
「お気遣い、痛み入ります」
そういってライネルは隊長室を後にする。ここは王都プログレスの王城内にある対魔士隊の詰め所で、ルージュとサイモンはあの森での痛ましい事故のあと、転移、すなわち決まった点と点をつなぐ事を可能にする魔具を用いてここに直帰していた。報告の相手は対魔士隊隊長、ジョンド・ベクレル。ルージュの父親でもある。サイモンの後を追って隊長室から出ようとしたルージュは引き止められる。
「ルージュ、お前には少し話がある」
「…なんですか」
「ふ、久しぶりの親子水入らずの時間だというのに楽しくなさそうだね…無理もないか」
「要件をどうぞ」
「お前もブランドーの事については気にしすぎなくていい。誰にも非はないよ」
「特に気にしてはいません。…それだけですか」
「まあまあ、そう焦らないでもいいだろう」
「父上、いい加減に本題に入ってください」
ルージュはこの父の遠回りな話し方がとても苦手だった。そんなこちらの反応を楽しんでいるような風もあるからなおさら腹が立つ。
「そうだね…ルージュは、私がここの隊長と兼任してる仕事を知ってるかい?」
また質問から入る話か…!本当にこの人の悪い癖だ、と思いながら話が進まないので回答する。
「国立対魔士隊訓練校校長、ですね」
「うん、百点満点だ!さすがは私の息子だね」
「父上、本題を」
放っておけば絶対に話を進めないので急かす。本当に話しているだけで体力を奪っていく父だ。何かの魔導を使っているのかと勘ぐってしまうほどに。
「うんうん、じゃあルージュ、お前は今年で何歳になる?」
もう何も言うまい。答えないと進まないのだ。
「…十九歳ですが?…っ!」
「そうだね。大きくなったものだなあ、本当に…さて、これで賢いルージュには何のことかわかっただろう?」
にやり、と笑いジョンドはルージュの瞳を真っすぐ見据える。まさか、と声にならない声が出る。
「必要性がありません。俺はもう隊の一員ではないですか」
「悪い子だ、設問の回答を飛ばして話を進めちゃいけないな…まあいいか。必要性はあるんだ」
「それは任務として、ですか?それとも何かの罰でしょうか」
「親としての願いだよ…なんて言ったらお前は首を縦には振ってくれないだろうね」
「当然です」
「…では、対魔士隊隊長として、隊員ルージュ・ベクレルに命じる。エスポワール王国国立対魔士隊訓練校に入学し、この一年訓練に励み、見事卒業してみせよ」
想像していた通りの返答であった。しかしルージュにはどうしても理由がわからない。
「…先ほども聞きましたが、俺は父上が今しがた仰ったとおりすでに隊員です。入学の必要性があるとは思えません」
「今言えるとすれば…そうだね」
ジョンドは一瞬遠くを見るようにふっ、と焦点を外してからすぐルージュに視線を戻し、今までに見たことのないほど真面目な顔で言った。
「ルージュ。お前にはこの先、自分一人ではどうしようもない状況が来る。その時お前を救ってくれるものが、そこにはある」
「…?」
「今は気にしなくていい。任務は忠実に遂行、がお前のポリシーだろう?」
にやり、とまたいつもの顔に戻っていうものだから、ルージュは考えるのがバカバカしくなった。こうなったらやるしかない。
「…承りました。必ずやり遂げます」
「よろしい!ただいくらお前が私の息子でも当然、特別扱いはできない。お前にはまず入学試験を突破してもらう」
「分かっています」
父親の名を笠に着るつもりなどない。そう思われない為にこの数年力を磨き、任務だけに打ち込んできたのだ。俺は俺であって、“隊長の息子”でも“校長の息子”でもない。
もう、そんなくだらない肩書のせいで何かに巻き込まれるのはごめんだ。
一人だけ特別扱いなんて、ごめんだ。
そんなルージュの考えを知ってか知らずか。
「お前の実力なら簡単に突破できる。自信を持ちなさい。試験はちょうど一週間後だ。資料などはお前の部屋に送っておくよ。話は以上だ」
「ありがとうございます、では失礼します」
ルージュが隊長室を去った少しあと、隊長室のドアがノックされた。
「入りたまえ。盗み聞きとは人が悪いな、副隊長?」
「失礼します、隊長。いえ、あまりにも入りづらい空気だったもので」
やってきたのはライネルだった。ジョンドの正面に立つのではなく窓際に立ち、景色を眺める。
「隊長、いやジョンド…副隊長ではなく、友人として聞きたいことがある」
「ふふ、いいだろう」
「ルージュ君を訓練校に行かせるのは、彼の人間関係のためかい?」
単刀直入に聞く。友人同士の会話であれば何も遠慮はいらない。お互いあの“災厄”を生き抜いた同期なのだから。
「半分正解で、半分違うな。確かに、ルージュはいつからか刺々しい態度で周りの人と距離を置くようになった。それが変わってくれればという気持ちもある」
「そうだな…あの子が入隊してからずっと見てきたが、戦争が終結してからのルージュは見ていられない」
「…あれは、私のせいでもあるんだよ。対魔士隊の中でたった一人戦争に参加していないあの子に、戦争で亡くなった隊員の家族の悲しみと怒りが向いてしまうのは必然かもしれない。それに、私が子供可愛さに参加させなかったのだという彼らの批判もあながち間違いじゃない」
「ジョンド…」
「でも、それだけじゃない。今年ルージュを訓練校に入学させるのには意味がある」
「意味とは?」
「質問だ、ライネル。前回の“あれ”から今年で何年かな?」
“あれ”とは間違いなくたった一つの事柄を示す。4年前の魔導大戦ではない。月が紅く染まり、大地が鮮血で染められたあの災厄、“朱き月”の事だ。
「愚問だぞ、十九年だ」
「そう、十九年だ。今年の入学生はその年に生まれた。私たちと同じ、災厄の世代ってやつだ」
「そういうことか…なんとなくお前の言いたいことはわかってきた」
「そう、私たちが今のルージュたちぐらいだった頃、訓練校なんてものはなかった。同じ世代の仲間になるはずだったものたちは前回の災厄で魔獣に変わり、私たちはこの手で彼らを討たねばならなかった」
話しながらジョンドが立ち上がり、ライネルの横に並ぶ。
「友よ、私は彼らにそんな思いをさせたくない。彼らは仲間たちと切磋琢磨し、何よりも強い絆を得るべきなんだよ。それが、再びやってくる災厄を超える力になる。彼らは、希望なんだ」
「ああ…そうだな、そう願いたい」
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----------新生暦 369年 3月15日----------
一週間が経ち、試験当日がやってきた。試験は二日に分けて行われるらしい。持ち物は魔具と、着替えや書類もろもろ。忘れ物がないことを確認し、生活をしている王城東にある宿舎を出る。ポストに見慣れない装丁の手紙が入っていたが、時間があるわけでもないのでひとまずそのままにしておいた。敷地の門を跨ぐ前に、少し立ち止まる。
「任務は、必ず遂行する。あなたを超えるために。俺が俺だと証明するために」
胸に秘める思いを一度だけ、確かめるように呟いてルージュは王城を挟んで西側にある訓練校へ歩みを進めた。
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「ここか…」
資料にあった地図を頼りに、目的地である訓練校に到着した。王城近くにあるとはいえ、用事もなかった為ルージュはここに来たことがなかった。おそらく校舎であろう建物の横にかなりの大きさのスタジアムが隣接している。用途はまあ想像に難くない。
時刻は八時五十分。刻限の九時までは少しあるが、もうすでに二十人ほどは集まっていた。近づくにつれてそれぞれの顔がはっきりと認識出来てきたが、特に興味はなかったため少し離れた場所で刻限を待つことにした。
そんなルージュの耳に、聞き覚えのある名前が飛び込んできた。
「エマ、だいじょうぶ?」
「え、ええ!大丈夫よ!ぜんぜん、問題なし!」
「顔、ひきつってるよ…緊張してるの?」
「それもある…けど…なんでもないわ、大丈夫よ、アズ」
エマ。その名前を覚えていないはずがなかった。一緒にいるアズと呼ばれた青年には見覚えがないが、彼女は初めて自分の手で救う事ができた少女。
自分が親の名前に隠れて戦わなかった卑怯者と思われ、拒絶されるのが怖くて距離を取った。
なのに、こんなところで出会ってしまうとは。
幸いなことにエマのほうには気付かれていないが時間の問題だろう。
気にするな。今考えるべきは入学試験を突破することだけだ。
そう自分に言い聞かせ、再度時計を見るとちょうど九時になるところだった。
「受験生ィィィィィッッ!!!!諸君ッ!!!!!!!!!!!!!」
「なっ…?」
爆風のようなとんでもない声量が唐突に鼓膜を襲い、ルージュ含めその場にいる全員が一瞬の硬直ののち声の主を見た。その男は熊のような図体で、訓練校の入り口に仁王立ちしていた。
「ようこそッッ!!我らがエスポワール国立対魔士隊訓練校へッ!!我こそが本日諸君らの試験官を務めさせて頂くッ!!ガストン・ゴドフレワであるッッ!!!!」
いちいちうるさすぎる男だな、と心の中で呟きつつ耐えかねて耳の中に魔力で薄い膜を張り音を抑制する。もはやここから試験なのか、と疑うほどの声量である。
「まずはッッ!!危険を顧みず魔獣たちから国民を救う対魔士となるためここにやってきた勇敢な諸君にッ!!敬意を表するッ!!拍手ッッ!!」
言いつつ、バチバチバチバチ!!!!と冗談のような破裂音で拍手をするガストン。全てがやかましい、やはり何かの魔導を使っているのではとルージュは感覚を研ぎ澄ますが、信じがたい事に魔力の流れがないため全て人体の力のみで発している音であった。
「ではッッ!さっそくだが試験会場へ移動するッ!!といっても徒歩ではないッ!!資料に同封していた転移用の魔具を出してくれッッ!!!」
荷物入れから紙に直接術式が刻印された魔具を取り出す。最もシンプルな、何も考えず魔力を通すことで魔導が発現する仕組みだろう。
「その魔具は魔力を通すだけで諸君らを会場へ飛ばしてくれるッッッ!!!しかしッ!!一定以下の魔力量では魔導が起動しない仕組みとなっているッッッ!!!!大変申し訳ないがッ!!転移できぬものはこの時点で不合格となるッッ!!!」
なるほど。合理的だ。とルージュは感心した。
魔力は己の根源にて精製し保持されるものだが、その量には個人差がある。もし精製する量以上の魔力を使おうとすれば生命の危険があるし、根源に保持できる量が少ないものが、強力な魔具を扱おうとして大気中の大量の魔力とリンクすれば魔獣化のリスクがある。純粋な魔力量で事前にふるい落としをするのは正しいのだ。
「ではッッッ!!我は一足先に会場で待っているッッ!!また会おうッ!諸君!!!」
そういってガストンは転移魔導を使用し目の前から消えた。やっと騒音から一時的に解放されたルージュは耳の防護膜を消し、転移の魔具に向き合う。
「よし、行くぞ」
一呼吸し、魔力を込める。魔導が発現し、景色が光に包まれる。
コンマ数秒、身体が浮遊するような感覚を味わい、目を開けた時には円形の闘技場のような建物の中心にルージュはいた。おそらく先ほど校舎の隣にあった建物だろう。そうこうしているうちに転移で次々とほかの受験生が転移してくる。が、思ったより早くそれは打ち止めとなった。五分ほどたってもそれから闘技場内の人数が増えることはなかった。
「うむッッ!!!ここまでだなッ!!十人ッ!よくぞここまできたッッ!!」
ガストンが話し始めたため、すかさずルージュは耳に防護膜を張る。
「ではこれよりッッ!!一次試験を開始するがッッ!!その前に各々自己紹介をしてくれッッッ!!!!」
突然の自己紹介タイムに、少なからずざわつきがあった。まあこういう場面ではお約束といったところか。いきなり名前を大々的に明かすことになったのは少し気が引けるが、名を明かさないほうがかえって面倒になるだろう。
「ではッッッ!!転移の早かった順に宜しく頼むッッ!!!」
一番早かったのはルージュだった。仕方ない、と諦め口を開く。
「ルージュ・ベクレルだ」
ざわつきが一層大きくなった。それもそのはずで、この訓練校を志望しているという事はベクレルの名がどういう意味かも知っていて当然なのだ.
「ほう…」
「ベクレル…だと」
「ルージュ君…やっぱり…なんで…?」
声がした方を思わず見て、エマと、目が合ってしまった。
たった一瞬がとてつもなく重く長い時間に感じて、ルージュは目を逸らす。エマが自分をどう思っているかなど、任務には関係のない事のはずだ、と自分に言い聞かせる。そんな逡巡の間に、順番が回った。
次に声を上げたのはエマの横にいる青年だった。確かアズと呼ばれていたはずの。
「ぼくは…アズール・モンテルラン…です…」
声はガストンとの差で認識できないほどか細い。歯切れも悪く、本人もどこかぼーっとしている。ただ、頼りなさそうというよりかは彼はミステリアス、という印象を与えた。銀髪に青い瞳。自分とは真逆だなとルージュは思った。
「次、オレか?あー、えっと、俺はクロウ。クロウ・ヴァランタンってんだ、よろしく」
次に名乗ったのは飄々とした、いかにも軽そうな男だ。男性にしては少し長い茶髪をアシンメトリーに分け、緑のピンで留めている。服装も全体的にダボっとしていて締まりを感じない。背負っている魔具は袋に入っている為槍か棍か判別できないが長物のようだ。
「まあ俺、この試験受けるのこれで5回目なんだけどな!ってか留年の度に受ける必要あんのかよこれ、ジジィ」
「ジジィという呼び方をやめろとッッ!!何度言ったら分かるッ!!お前が留年しなければよい話だぞッ!!クロウッッッ!!!!」
「あ、ちなみにジジィってのはこの騒音センセーの名前の頭文字取ったらG・Gになるからそれをもじったやつね。これ豆知識」
クロウは全く悪びれる様子がない。もはや才能だろうなこれは、とルージュの中の彼のイメージが固まった。
「余計な事を言わんでよいッッッ!!!!!次の受験生ッ!進めてくれッッ!!」
「ふむ、次はわしじゃの。わしはニコル・フランクール。よろしゅうの」
老人のような独特な喋りをする女性…というか、彼女は少女といったほうが正しかった。背丈は130センチといったところか。その反面淡い栗色の髪の上に頭の倍くらい大きなベレー帽のようなものをかぶっており、ぶかぶかの服を身に着けている。どうみても19歳には見えないが、ここにいる以上は受験資格を持つものなのだろう。
「なんじゃ、みなそんな呆けた顔をして」
「し、失礼ながら、とても同じ年齢とは思えないっす…!」
「当然じゃ!わしはまだ十五じゃからのう。ここにいるのは飛び級、というやつじゃ」
「あっ!思い出したわ、ニコルって、十三歳で不可能だった精製魔導の術式を完成させた天才って…」
「みなまで言うでない。ま、そういうことじゃから、よろしゅうの」
「次…エマだよ…」
「あ、う、うん!」
心ここにあらずといった様子だったエマは、アズールに呼ばれてぴんと背筋を伸ばした。
「わたしはエマ・フェル・ジェラールといいます!よろしくお願いします!」
そんな無駄にかしこまった姿も、整った吸い込まれるように綺麗な黒髪も、あまりにも初めて会った日と変わらない。
ルージュはひどく居辛かった。
変わったのは自分だけなのだろうか?
自分だけが背伸びをしているような気分になって、仕方ない。
無理やり、そんなことを考えても仕方ないだろう、と振り払った。
「次、自分っすね!自分は、シルヴィ・ダルトワって言うっす!皆さん、よろしくっす」
その快活な少女は、オレンジ混じりの赤毛を結って邪魔にならないようにしていた。
「あんた、珍しい恰好してるな」
突っ込んだのはクロウ。
「これはとある国の服っす。師匠がそこの出身だったので、試験の前にこれをくれたんっすよ!」
ルージュはその特徴的な服装に見覚えがあった。上下ともに白くて分厚い生地でできた装束を、帯で留める。それはエスポワール王国から海を渡った西の大陸の玄関口、ヨークヘイズ公国の伝統的な武術家の装束、“道衣”というやつだったはずだ。
「あっ、時間取っちゃったっすね、次、どうぞっす!」
「ふっ、私の番だな」
ずいっ、と前に出てくるいかにも装飾華美な衣服に身を包んだ男。その長い紺の前髪をファサッという擬音が付きそうなほど優雅な手つきで払い、名乗り始める。
「私こそが由緒正しきヴィオネ家が子息、ディオン・ガエル・ヴィオネだ。私とともに試験を受けた事、一生の誇りにするがいい」
しん、と闘技場が静まりかえる。今時そんな典型的な高飛車貴族がいたのかと少し感動してしまった。
「む、私の威光に慄いているのか?よい、楽にせよ。…しかし、ルージュ・ベクレル。貴様は例外だ」
「?」
「貴様がなぜここにいる?すでに対魔士隊ではないのか、貴様は」
「…答える理由はないだろう」
面倒が過ぎる。ここで任務だからだ、と答えるのは空気を非常に悪くするため避けておきたいのだ。既に少し空気が悪いが。
「フン、所詮虎の威を借る狐、おおかた父親の名をもって隊に入ったはいいが実力もなく挙句の果てには戦争にも参加せず、邪魔者として摘み出されたのだろう?知れたことだ」
「何だと?」
ここで諍いを起こしてはいけない、分かっている。
分かっている。
でも、ダメなんだ。
奴の顔と、謂れのない非難を飛ばしてきた人々の顔が被る。
---力が知りたいなら、いっそ今から思い知らせてやろうか。
そう言い放とうとして。
「そんなことない!!です!ルージュ君は強いんだよ!」
「…っ!?」
エマだった。
彼女は、俺が対魔士の長を父親に持ち、現に隊員でありながら訓練生であるという状況でも、俺を庇ったのだ。
彼女の中のルージュ・ベクレルは、五年前から変わっていないというのか。
庇われた側であるはずのルージュが、誰よりも混乱していた。
「そこまでッッ!!!!!ディオン君ッ!あまり他者を侮辱するのは良い行いではないぞッッ!!!」
「フン…お優しい友達がいてよかったな」
「…埒が明かないので、先に進めさせてもらう。次は私だ。」
ディオンを制止するかのように前に進みでたのは、流水のような透き通った水色の髪をポニーテールに結い、異国のものと思われる独特な色使いの軽鎧に身を包んだ女性だった。
「私はララ・セヴェリーニ。エスポワールではなく、隣国エイラトルから来た。よろしく頼む。」
礼儀正しくお辞儀をし、彼女は一歩下がる。エイラトルといえば、王国の同盟国であり、対魔士隊の上役にも数名出身者がいたはずだ。確か独特の剣技を扱うと聞いたことがあった。それを表すかのように、彼女の腰に据えた魔具は細身で刀身がかなり長い。“刀”というやつか。
「あっ…次は、ワタクシですね…フフ…」
少し不気味な笑みを浮かべた女性は、紫の髪に病的なほど白い肌をしていた。白衣を着用しているので、研究者なのだろう。
「ワタクシ、ヴィヴィアンヌ・アランブールと申します。ヴィヴィと呼んでくださいね。フフ、皆さん個性的でとっても興味深いです。ルージュさんとアズールさんからは特殊な魔力の波長を感じますし、エマさんは魔具の製造で有名なジェラール家のご息女。クロウさんはとてもいろいろな経験をされていそうですし、シルヴィさんも珍しい武術を使うとお見受けしました…ディオンさんは由緒正しき貴族の方で、ララさんは異国の方。しかもとても珍しい魔具をお持ちのようですね、フフフ、ニコルさんに関しては、ワタクシ、いろいろな文献であなたの名前を見たし、とっても参考にさせていただいていますのよ。よろしければ後程、じっくりお話させていただければ…」
と、とんでもない早口でまくし立てた。対するニコルは、
「よいぞ。そなたもなかなか面白そうじゃしの」
とあっさり返答。なかなか濃いメンバーだなと思っていると。
「あ、あの、ボクのこと忘れてませんか!?」
声を上げたのは、ニコルに次いで背丈の小さな男。眼鏡や、整いきってない毛先にかけて緑がかった茶髪、曲がり切った背筋が陰気なムードを漂わせてしまっている。ただ身に着けているものはそのセーターからシャツ、ズボン、ネクタイまできちっとしている為、真面目な人間だというのはわかる。
「あ、話を遮っちゃってご、ごめんなさい、えっと、ぼ、ボクはシモン・パラディールです。よ、よろしくお願いします」
「フフ、シモンさん、あなたも面白い方ですよ」
フォローしたのかしていないのかよくわからないヴィヴィの発言で、ひとまず場は落ち着きを取り戻した。
「うむッッ!これで全員だなッ!!!それでは試験内容を伝えるッッッ!!!」
全員がガストンの方を向く。ようやく、本番が始まるのだ。
「その前にッッ!!!全員これを引いてくれッッ!!」
「発表先にしないのかよ!」
全員の思いをクロウが代弁する。ガストンが持っているのはカード。十枚用意されているようだ。各々がガストンの手の上からカードをひいていく。
「エマ…なんだろ…これ…」
「何も書いていないわね…」
「これは魔具じゃの」
疑問を浮かべたエマとアズールにニコルが即答する。彼女のカードは黄色に輝いていた。
「魔力を込めれば色が浮かび上がるというわけか」
「そうだッッ!!全員、魔力を込めてくれッッ!!」
ガストンに促され、全員がカードに色を浮かび上がらせた。結果はこうだ。
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赤:ルージュ、ディオン
青:アズール、ララ
黄:シルヴィ、ニコル
緑:クロウ、シモン
紫:エマ、ヴィヴィ
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「ジジィ、こんなの初めてだけどなにやるんだ?」
「二人ずつ…しかも私とベクセルが同じだと…」
「このカードはッッッ!!!君たちの根源に影響を受け色が変わるッッ!!」
ガストンが叫ぶ。根源が精製する魔力はその性質に多少の個人差があり、大気中のものとは異なる。このカードはそれを読み取るようにできた魔具ということか。ルージュが考察していると、ガストンがその両手をたたきまた爆発的な音で視線を自分に向けた。
「一次試験はッッッ!!!この色分けで分かれたペアにッッ!!一対一の模擬戦を行ってもらう!!!!」
ついに、試験が始まろうとしていた。
こんにちはこんばんは。五十藤駿です。
やっとのことで本編、開始いたしました!これからウキウキワクワク、ドキドキハラハラの学園生活★がスタートします。
といってももう何話かは入学試験をやると思います。この試験で今回登場した十人の受験生を掘り下げていきますので、お楽しみに!
次回更新は9/11の予定です。それではまたお会いできることを祈って!