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転落タイムスリップ  作者: ノリチカ
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20070408


1月は行ってしまう、2月は逃げてしまう、3月は去ってしまう。


中学校の校長先生が毎年演壇で話していた言葉だ。受験、進級シーズンは特に早く過ぎていくので、1日1日大切にするようにということらしい。


もし4月はと聞かれたら今の俺はこう答える。


4月は死んでしまう。


それくらいに俺の精神はダメージを受けていた。小林を追い求めてタイムスリップをしたのに、当の本人からは拒絶され、過去に経験した華々しい学園生活はすでにお空の星になってしまった。

野球漬けの毎日であったが、あの頃は本当に毎日が楽しかったし、勉強はともかくとして学校が大好きだった。

しかし、今の俺は不登校予備軍みたいな状況である。一晩寝たくらいでは昨日の傷は癒えなかったが、とりあえずジャージだけは忘れずに家を出た。後戻りはできないので、名誉挽回のチャンスを伺うしかないのだ。幸いにも体はかなり鍛えているので、部活が正式に始まれば、周囲からの評価は変わるはずである。授業は憂鬱であるが、なんとかするしかない。


本日から授業が始まる。かつての野球部時代は、公式に練習のための授業抜けと仮眠が認められていた。なので午前中は仮眠、午後からは練習でまともに授業を聞かずに済んでいたのだ。

テストの点数が悪くとも誰も注意しなかった。お前は必ずプロに行けるから大丈夫。教師までそんなことを言っている始末だった。


中学校の時は、流石に授業は聞いていたが、成績は下から数えた方が早い。本来ならこの学校には受からないレベルなので、ついていけるかは本当に不安である。

まず1限目〜4限目まで起きていられるかすら自信がない。


1限目はいきなり小テストがあったが、英語だったので、それなりにできた自信があった。通訳をつけていたとはいえメジャーリーグにいた経験は非常に大きい。

しかし安心していたのも束の間、2限目から4限目までの数学、物理、化学はちんぷんかんぷんだった。


お昼休み。弁当を食べるグループがそれぞれできているが、俺はどこにも入れてもらえないので一人寂しくお弁当を食べていた。すると教室の入り口付近にいたグループから呼び出される。


「うっ」

そこには野球部の2年生の先輩が5人いた。当時とても良くしてもらった先輩方だが、目の前にいらっしゃる先輩方はチンピラにしか思えなかった。


「おい。てめえ、何で野球部に来ない?」

斎藤先輩がドスの効いた声で問う。異様な雰囲気を察し、クラスメイトの会話が止まる。そして隣のクラスからは何事かと何人かの野次馬が出てきた。

「良くしていただいたのにすいません。俺は弓道部に入ります」

割と本心から出た謝罪だった。しかしこの時点で俺と先輩方はたった1か月の付き合いである。残念ながら引き下がってくれる気配はない。

「お前がいれば甲子園狙えるんだよ。みんなお前に期待してたんだ。今なら見逃してやるから戻ってこいよ。」

「いえ、俺はどうしても弓道部に入りたいんです」

こちらも当然引き下がらない。向こうは譲歩したつもりだったのに断られたのが気に食わなかったのだろう。黒田先輩から、いきなりグーパンチが飛んできた。

いきなりのパンチを顔面にもろにくらい、教壇に倒れ込む俺。ぶつかった音とクラスメイトの悲鳴で騒然となる。他のクラスのやつらも集まってくる。

流石に先輩もまずいと思ったのか、優しい声で言う。

「戻ってきてほしい。お前の力が必要なんだ。弓道の話なんか一度もしてなかったろ?本気じゃないんだろ?なあ?」

どれだけ言われようとこちらも引けない。

「先輩には申し訳ないんですが、俺は一生をかけて弓道をやることに決めたんです。どうか邪魔しないでください。」

先輩方は何か言いたそうであったが、担任の倉嶋先生が騒ぎを聞きつけて駆けつけたため、すごすごと引き上げていった。


その後、保健室で手当てをしてもらった後に、担任の倉嶋先生と少し話をした。今回の暴力沙汰を問題にしないことを条件に、今後一切の野球部からの圧力をかけないことを学校側に求めると伝えると、顧問の先生と相談するとのことだった。

先輩方には悪いが、この事件のおかげで、学校側も俺に厳しいことは言えなくなったはずだ。


教室に戻ると、みんな一斉に俺から目を逸らした。ヤバい奴認定が1ランク上がったようだ。一生友達ができる気がしない。

授業が終わり掃除の時間になっても、この状態が続いた。押し付けられてこそないが、完全に無視である。適当に持ち場を終わらせて、更衣室へ向かった。



更衣室の近くで小林に出くわした。昨日言われた言葉がフラッシュバックする。一瞬お互いに固まっていたが、小林から予想外の言葉が飛び出した。


「昨日は酷いことを言ってごめんなさい」


きょとんとなってしまい、まともに言葉が返せない。

「えっと…急にどうしたの?」

もごもごしながら問いかける。


「あなたが弓道に対してあれだけ情熱を持ってるなんて思わなかったの」


話を聞くとどうやら昼の一件を見ていたらしい。一生をかけてとまで言い切った姿に感動したそうだ。


「昨日はジャージ忘れちゃったけど、今日は持ってきたよ」


少し照れながら返す。それからジャージを忘れた理由、野球のことなど色々話した。すごく興味を持って聴いてくれた。


すごい人だったんだね、と目を丸くする小林。なんで弓道に目覚めたの?と問いかけた瞬間、あっと叫ぶ。


「早くいかなきゃ!練習始まっちゃう」


また後でね!と微笑んで走り去る小林。この3日間で受けたダメージが全て回復した瞬間だった。


ルンルン気分で着替えて走って弓道場に向かう。今日は基礎トレーニングから始めるらしい。

たまたま小林の近くにいたら、トレーニングペアが小林になった。やる気のスイッチがオンに入る。


腕立て、腹筋、背筋は、途中の状態で静止させ5秒〜15秒を数え終わるまで我慢する特殊なメニューだ。けっこう慣れてないときついらしいのだが、鍛えていた俺はあっさり15秒をクリアした。ランニングは学校の外周2周だったがトップでゴールした。

後続が着くまで休んでいると、4番手で小林がゴールした。女子のトップである。


「高橋くんすごいねー。流石スポーツマン」


小林がニコニコしながら褒めてくれた。トレーニングで減った体力が完全回復した。


(なんかいい感じじゃん。いけるかも。)


予想外に詰まる距離。意外とあっさり目標達成ができそうである。

新入生代表スピーチの件なんてなかったことにできそうな気がする。


「全員集合」


先輩から号令がかかる。いつのまにか全員ゴールしていたようだ。

いよいよ待ちに待った、実技練習である。


昨日と同じく射法八節とゴム弓体験。意外と射法八節は難しい。自分の手の動きが思った以上にわからないので、苦労した。

5月までに射法八節のテスト、6月にゴム弓のテスト、7月に巻藁のテスト、8月には的前に上がれるように頑張ってとのことである。


「練習やめ。しばらく待機」

18時。先輩の号令で練習が終わる。野球部の時は22時までやっていたので、天国のようである。


ちょんちょんと小林が袖をつつく。

「高橋くん。今日みんなで一緒に帰ろうよ」


(高橋…春が来ました!)

ふたりででないのが残念だが、贅沢は言ってられない。俺は、この世界では、モテ男どころか、ドブ男なのだ。

もちろんと親指でポーズを決める。良かったと笑う小林。


「注目!」

先輩が戻ってきた。横には日本史の山田先生がいた。この人が顧問だったか。


「顧問の山田先生より講話がある。休め。」

1年生を指揮した後、先生どうぞと促す。

「えー、顧問の山田です。仮入部とはいえ今年も多くの皆さんが集まってくれて嬉しいです。インターハイ目指してみんなで仲良く頑張りましょう。」


パチパチパチ…拍手が起こる。

先輩が後を引き継ぐ。


「本日はこれにて解散。お疲れ様でした!」


「お疲れ様でした!」

新入生一同声を張る。じゃあ帰ろうかと更衣室に向かいかけたその時、ジャージを見た山田先生がふいに俺を呼び止めた。


「君が噂の高橋くんか!本当に野球部辞めたんだねー。恋愛もいいけど、不純な気持ちじゃ的に当たらないぞ」


やばい。急いで離れなければ…。そう思ったが時すでに遅し。近くにいた小林が真っ先にどういうことですか?と尋ねた。


「高橋は野球部辞める時に、啖呵切ったんだよ。俺は弓道部に好きな奴がいるから弓道部に入るんだってな。面白いやつだなって思ったよ」


ニヤニヤしながら話す山田。対称的に表情がみるみる曇る小林。

ツカツカと俺の方に歩み寄る。

「アンタって、さいってい!」

ほっぺたにきつい一発をくらう。

会心の一撃…3日分のダメージがそっくり蘇った気がした。





HP1の状態で一人寂しく帰路につく俺。

山田先生はバツの悪そうな顔をして、両手を合わせごめんと言わんばかりのジェスチャーをしてさっとその場から居なくなった。


更衣室で着替え終わった俺を誰も待ってはいなかった。小林からあれほどキツいビンタを受けて、もしかしてなんて期待するほうがおかしいのかもしれない。


とぼとぼと歩きながら、薄暮れの空を見上げる。明日は土曜日で学校に行かなくて済むのは嬉しいのだが、誰も友達がいないし遊びにもいけない。


ため息が止まらない。ため息1回で幸せが1つ逃げていくなら、この先1年くらい不幸が確定するレベルだ。

野球部に在籍しながらアプローチの方法を変えればよかったなあと今更ながら後悔する。


しかしながら記憶転送という仕組み上後戻りはきかない。茨の道でも前に進むしかないのだ。

それにしてもメジャーリーグ3連覇より難しい恋愛ってなんなのだろうか。

日本トップクラスの名声を手に入れた男にも、残念ながら高校生の恋愛におけるノウハウは持っていなかった。

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