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転落タイムスリップ  作者: ノリチカ
4/5

20070407

まるで上階でゾウがジャンプしているんじゃないかという音で、俺は目を覚ました。


ぼやっとした視界がとらえた世界は、15年前の俺の部屋だった。急にぱっちりと目が覚める。


ドンドンとドアを叩く音。急いで時計を見ると、針は8時5分を指していた。血の気が一瞬で引いた。


いくら目覚ましをかけずに寝たといえ、18時間近く寝ていたことになる。タイムスリップで脳に負荷がかかっていたんだろうな…と妙に冷静な分析ができた。遅刻が確定すると人は何故こうも落ち着いていられるのだろうか。


相変わらずドンドンとドアを叩く音。遅刻するわよ起きなさいという母の声。とても懐かしい。

そもそも野球部を続けていれば朝練のため6時に学校にいなければならないのであるが。


ガチャと鍵を開けると勢いよくドアが開く。いつまで寝てるの、早く出なさいと言い残し母は階下に降りていった。

もっと怒られると思っていたが、意外とあっさりだ。どうも昨日の様子から何かを察して気を遣ってくれてるようだ。


くしゃくしゃになった学生服のまま、階段を下りると、テーブルの上にはパンとハムエッグが並んでいた。母曰く任せるとのことだったので、ハムエッグだけ平らげ、パンはカバンに突っ込んだ。


時刻は8時15分。急げば自転車で15分で着くため、ショートホームルームは無理だが、1限には間に合う時間だ。しかしながら今日は授業日ではないため、ホームルームが続く。汗だくになるよりはゆっくり行こう、そう思いながら自転車を漕ぎ始める。

意図せず遅刻となったおかげで妙に心は落ち着いていた。普通に教室に行っていれば、今頃悶々としていただろう。


爽やかな新緑の中、自転車を走らせる。昨日は苛つきながら帰ったため、景色を見る余裕はなかったが、とても懐かしい景色だ。あのお店は閉店し、あそこには大型マンションができ…と15年後には失われてしまった景色。

じっくりと目に焼き付けながら、学校に向かった。






さて。どうしようか。


いざ学校につくと、なかなか教室に足が向かわない。時刻は8時45分。25分の遅刻である。

昨日の時点ですでにヤバい奴なのに、このままでは不良のレッテルを貼られかねない。

開き直るか、言い訳をするか、どちらか決めきれずにいた。悩みながらも、なんとか1年生の教室までたどり着く。


多分自宅に電話が入っているだろうから、下手な言い訳は通用しないだろう。それなら明るく教室に入って、いっそおちゃらけたキャラクターで勝負しようと後ろのドアに手をかける。


「おはようございまーす!遅刻しました」

明るく声を張る。しかし一瞬で致命的なミスを犯したことに気付く。

一斉に振り向く生徒、驚く担任。知ってはいるけど知らない顔がいっぱいあった。


「失礼しました!」

急いでドアを閉め、1つ隣の教室へと移動する。情け無いことに教室を間違えたのである。入学早々なので、教室の間違いはあってもおかしくないのだが、入学翌日に遅刻したうえに教室を間違える人間は世界広しといえど数えるほどだろう。

穴があったら入りたいと人生で初めて感じた瞬間であった。


恥ずかしさに身を焼かれながら正しい教室の扉を開く。すごく神妙に遅刻しましたと告げ席に座ったところ、クラスに笑いの渦がおきた。どうも隣に間違って入ったのが聞こえたらしい。

担任の倉嶋先生は、呆れた表情で頭を小突き、ホームルームへの参加はすんなりと認められた。





9時20分。1限目終了のチャイムがなり、休み時間となった。笑いの渦がおきたので、大丈夫かなと思っていたが、現実は厳しかった。

誰も話しかけてくれないどころか、話しかけても避けられるのである。

特に野球部の同期だった村田と金山は聞こえよがしに俺の悪口を言っている。もともとの世界線では親友とも呼べる間柄だったので、さすがの俺もかなり堪えた。


2限目も終わり、部活動説明会のため、体育館に移動する。ここでも誰とも会話がない。過去にラブレターをくれた矢野梢ちゃんがたまたま一人でいたので、話しかけたが、完全に無視された。梢ちゃんのラブレターは、野球に打ち込む姿がかっこいいと書いてあったことを後になって思い出す。

穴があったら入りたいと人生で二度目に思った瞬間であった。


体育館にはすでに他クラスは全て揃っていた。隣のクラスの列から、クスクスと笑い声が聞こえる。睨み付けてやろうと、振り向いたその時、小林と目があった。

先程は気づかなかったが、小林もこのクラスだったと思い出す。


小林はムスッとした表情をこちらに向けた。新入生代表スピーチという花形を台無しにしたのだ。好感度がマイナス状態なのは仕方がない。しばらくは小林に会わないようにしようと思った。


しばらくして部活動紹介が始まる。幸いなことに、セレクションでしか部員を募集しない野球部の紹介はない。もし野球部が説明会に参加してようものなら、先輩方と目があったらバットが飛んできてもおかしくない。

俺は目当ての部活を心待ちした。もちろん弓道部である。


弓道部は20名程度の先輩が、演舞を行った。袴かっこいいという声がどこからか聞こえる。袴姿の自分を想像して、少し頬が緩んだ。

小林の弓道着姿は一度しか見たことがない。弓道場と野球部グラウンドが遠いのもあるが、普段の部活はジャージで練習しているからである。

唯一、告白の日だけ、試合前だったからなのか、袴姿であった。とても可愛くて胸が高鳴ったのをよく覚えている。

昔のことを思い出しているといつのまにか、説明会は終わっていた。クラスに戻ると仮入部の説明があった。


そうか今日から仮入部か…と思った時、先程の小林と会わないでいようとの考えが甘かったことに気付く。仮入部で弓道部にいけば、嫌でも小林と一緒になるのである。しかしながら、仮入部をサボれば、同期との溝ができるのは明白であり、先輩の印象も悪いのでサボるわけにはいかない。

終業後、あまり気乗りはしなかったが、弓道場に向かうことにした。


弓道場の入り口には、2年生の先輩方がいて、優しく新入生を誘導していた。途中ですれ違ったラグビー部の先輩方に強制連行されかけたのと比べると大変平和な光景である。

たまたま小林と目があったら、ゲッという表情を浮かべていた。好感度メーターがあればマイナス60くらいなのだろう。

集まった1年生は男子5名、女子8名だった。俺のせいで敬遠されたのかもしれないが、幸いにもクラスメイトはいなかった。小林以外は、2年で同じクラスになる女子の真壁と、3年で同じクラスになる男子の米山が知っている顔だ。真壁には当時色々と小林の情報を聞いていたので、親しみがあるが、今はただの他人である。


「じゃあ新入生はジャージに着替えるよ」

先輩に連れられ共同更衣室へ向かう。そして中に入って気づく。ジャージがないことに。

新入生は皆入学式の日にジャージが配られるのだが、野球部の事前練習に参加していた新入生には3月の時点で配布されている。そして俺は野球部セットとしてジャージとグラブを別の鞄に入れていたのだが、野球部に入るつもりはなかったので自宅に置いてきてしまった。

考えても仕方がないので、先輩に事情を説明すると、見学として参加してもよいと言っていただけた。

先輩に連れられ、弓道場に戻る。一人だけ学生服を着た俺はものすごく浮いており、同期の視線が痛かった。


仮入部初日は道場の説明に30分、射法八節の練習、ゴム弓の体験に30分という時間設定であった。今日はお昼がないので、それほど時間はとれないのだ。

道場見学は初めてだらけで非常に面白かった。何事も知らない世界を知るのは面白いものだ(勉強は除く)

実技は参加できないので非常に寂しかったが、先輩方が話しかけてくれ退屈はしなかった。


12時30分、練習が終わる。

みんな着替えにいき、これからお昼でも…という雰囲気である。ここで友達をつくらねばと、密かに燃えていた。

ふいに後ろから肩を叩かれる。振り返ると小林がいた。もしかして、お昼のお誘いだろうか…なんて考えていたが、すぐに幻想は崩れ去った。


「ねえ。あなた弓道なめてるでしょ」

厳しい口調で突っかかられる。面食らって何も返せないでいると、小林は吐き捨てるように言った。

「あなたが不良でもなんでも構わないけど、ジャージすら持ってこないなんてふざけてる。弓道なめてるなら、二度とこないで」

小林は言うだけ言って去っていった。何も言い返せなかった俺は、しばらく動けず、いつのまにか仮入部の同期たちは皆いなくなっていた。





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