手鏡と耳飾りと
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「これでよろしいですか?」
彼の問い掛けに、彼女は目を見開いた。通常ならば唇を塞がれていたはずだ。彼女も暗にそれを覚悟の上だった。しかし、彼は額に口付けするに止まっている。不満ではあったが、それを言い出せるはずもなく、かと言って黙ってもいられず、彼女は小さく頷くのが精一杯だった。
「約束です、わたくしと、貴方様の」
「それではシェラ、貴女をお送りしましょう」
彼らが乗って来た馬は、その場に佇んでいた。彼女を先に乗せて、イアールが後から乗る。再び二人は寄り添って馬を駆けさせた。
「イアール様、お慕い申し上げます」
再び繰り返す。
「シェラ、今は貴女の気持ちに応えましょう」
イアールはそう言って、馬の速度を再び歩く程度にまで落とした。それから懐に手を入れて、何かを取り出す。
「これを、お着け下さい」
彼が差し出したのは、銀でできた一対の耳飾りだった。太陽を模した中央と宝石が一つ象嵌されている。その宝石は見る角度により青に見えたり、赤に見えたりするが、皇女のシェラザードでさえ初めて見る宝石だった。
「わたくしに?」
「ええ、貴女には変に趣向を凝らせた物よりも、飾り気の無いものが良いと思いまして」
確かにそうだった。承諾してその耳飾りを着用した彼女は、更に輝いて見える。自己主張しない飾りが、彼女の美しさを際だたせるのだ。
「思った通りでした」
微笑んでいる彼を見てもシェラは不服そうだった。
「鏡が有りませんと、わたくしには分かりませんわ」
「確かめるまでも無く、似合っていますよ」
そう言われても、彼女は自らの目で確かめない限り不安でならない。シェラはちょっと頬を膨らませて見せる。イアールは快活に笑っているだけだ。彼女のそんな仕草を楽しんでいる風もある。
「イアール様の言葉、信じます」
彼女は強引に自らを納得させて、彼の胸に顔を埋める。更には背中に腕を回した。その行為は彼を大いに当惑させる。
「シ、シェラ?」
「……、温かい。貴方様のお心は、温かさで一杯ですわ」
彼女は呟くように、そう告げる。
「離れたくはありません。このまま何処かへ連れ去って下さい」
「それは……!」
イアールは驚く。彼女の言葉は、状況を理解していないと感じさせた。
「それは、私を山賊風情と同列に扱われるのですか?」
「違います! けしてそのような……」
今度は彼女が驚く番だった。彼の胸から顔を起こした彼女は、信じられないという視線を投げかけて来る。その彼女にイアールは説明を始めた。
「貴女は山賊たちに追われて逃げて来ました。そして、未だに貴女のお連れの方々は、貴女が助け出されたとは知りません。このまま貴女を連れ去れば、その者が山賊でなくして、誰を山賊と思うでしょうか?」
彼の説明を受けて彼女は俯いた。