手鏡と耳飾りと
平日毎朝8時に更新。
「信じますわ。貴方様は本当の事柄をわたくしにだけ、打ち明けて下さったのですもの。信じなければ、わたくしに罰が下されますわ」
「貴女は、とても素直で素敵な方だ。少しだけ時間をかけてしまうのをお許し下さい」
彼の言葉を裏付けるように、今まで小走り程度の速度を出していた馬が、歩くような速度になった。その行為がますます彼女を傾倒させて行く。
「イアール様、お慕いしてもよろしいでしょうか?」
「それは貴女の自由です。ただ、私が貴女の気持ちにどこまで応えられるかは、分かりません」
「それでも、……それでも構いません。わたくしが一方的にお慕い申し上げるのです。貴方様に振り向いて頂けないのは、わたくしに魅力が無いからですわ」
シェラは懸命だった。どうにかして彼の心を自らに振り向かせたいと願っていた。現在の所、その効果は不明だが、それでも彼が悪印象を抱いた感触は無い。
「シェラ、貴女はとても魅力的な女性です。ですから、私のような出自不明の男に熱を上げ過ぎてはいけません」
「ああ、どうして貴方様はそのような無体な言葉を仰るのでしょう。わたくし、哀しみのあまり、ここから飛び降りますわ」
不意に彼女は彼の腕を押し上げると、その身を地面に向けて踊らせた。
「シェラ!」
彼は慌てて馬を止める。それと同時に彼女の身体は奇妙な浮揚感に包まれた。気が付くと彼女は彼の腕の中にいた。男は地面に降り立ち、彼女を抱えている。
「危ない真似は、やめて頂きたい」
「イアール様……」
シェラは目頭が熱くなる。ほどなく目尻から滴が流れ落ちた。
「わたくし、何て愚かな行為をしてしまったのでしょう。貴方様をも危険に晒すなど……」
「シェラ、貴女さえ無事ならそれでいい。私こそ、貴女を哀しませる言動をしてしまい、申し訳ない。貴女のような麗しい方が、私を想って下さるとは、到底思えなかったので……」
泣き出しそうになった彼女を優しく慰める。その行為は嬉しかった彼女ではあったけれど、彼の言葉には釘を刺さずにはいられない。
「貴方様は酷い御方です。わたくしには信じさせようとなさって、貴方様ご自身は、わたくしを信じて下さらないなんて……」
「申し訳ありません。これからは、貴女の望みに叶うよう、誠意をもって臨みましょう」
「約束ですわよ?」
「ええ、約束致しましょう」
彼の優しい微笑みを受けて、彼女は瞳を閉じた。その意味するところは一つ。高鳴る胸の鼓動が伝わりはしないかと、彼女は気が気ではない。彼の腕がやや彼女を持ち上げたかと思うと、額に柔らかな息吹と、何かが触れた感触が伝わってきた。