手鏡と耳飾りと
平日毎朝8時に更新。
「どうしました?」
「お恥ずかしい事に、わたくし、馬には乗れませんの」
嘘だった。乗馬は最も好きで、最も得意な種目だ。けれども相乗りしたかった彼女はそのような嘘をつく。しかしそれ以前に、現在の彼女の服装では乗馬できるはずもない。
「左様ですか、これは失礼致しました。それでは貴女が馬に乗り、私が手綱を曳いて行きましょう」
「そんな……!」
女心を分かってくれない彼に、彼女は絶句する。反論もできないままに、彼女は馬上に座らされていた。
「それでは行きましょう」
「お待ちになって」
手綱を曳こうとした彼に制止をかける。振り仰いだ彼に、見下ろす形で彼女は言葉を繋いだ。
「このように歩いていたのでは、日が暮れてしまいますわ。貴方様もお乗り下さい」
「よろしいのですか?」
「はい、わたくしは構いません」
「分かりました」
彼女の瞳に決意の色を見て取り、彼は手綱を握ったまま馬の脇へ回った。彼は身軽に馬へ飛び乗り、彼女の後ろに跨がる。
「よろしいですか?」
「はい、いつでも行って下さい」
彼の身体にもたれかかりながら、彼女は夢見心地で瞳を閉じる。軽く彼が馬の腹に蹴りを入れると、馬は進み始めた。心地よい上下動に、彼女は虚ろになり始める。
「イアール様、ご出身はどちらですか?」
「出身ですか……?」
彼はそのまま口籠もった。シェラはしまったとばかりに口元を押さえる。
「いえ、結構です。人にはそれぞれ、口にはできないような事情もおありでしょうから」
「いや、唯単に、貴女が信じて頂けるかどうかが、心配なだけです」
「わたくし、貴方様がどこかの貴族だと仰いましても、驚きませんわ」
半ばは本気以上だ。というよりも、どこかの貴族であって欲しいとまで願う。
「貴族ではありません。ましてや、人でもありません」
「え?」
彼女は彼の言葉が冗談だと思った。
「私の出身は、この大地の下、そこに広がる地下の世界が故郷。どうです、信じられますか?」
馬の手綱を握ったままで彼は彼女に微笑みかけた。その笑みには優しさが溢れるだけで、邪悪な気配は微塵も窺えない。人ではないと言ったが、どこから見ても人以外には見えなかった。
「わたくし、どこまでを信じれば良いのでしょう?」
「貴女が信じられる範囲で結構ですよ」
そう言われてしまうと、彼女は自らが試されているのだと思い、向きになった。