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清き風は麗しく舞う  作者: 斎木伯彦
哀の剣と愛の盾
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哀の剣と愛の盾

「シェラ、そろそろ聞きたいでしょう」

 無事に地上へ出た二人は森の中にいた。

「この短剣の持ち主の話を」

「聞かせて下さい」

 シェラザードは、ずっと言い出せず気になっていた。夫には正妻が一人いるきりで、その子は男児が一人としか聞いていない。しかし、地下城での激闘中に見せた彼の怒りは尋常ではなかったからだ。

「私には一人、側室がいたのです」

 瞬時に隠し子の存在にまで考えが及ぶが、形見と言われていたことと過去形で明かされたのが彼女を平静に保たせていた。

 森の奥には石造りの遺跡が見えて来る。階段を降りてその奥へ進むと、広間に到達した。

「あれは?」

 入り口付近には人形が一体倒れている。

「それは出口です。触らないで」

 彼はシェラザードの手を引いて壁際を進んだ。

「こちらです」

 彼が壁に触れると、二人は転移魔法で移動する。部屋の中央には大小の棺が二つ並んでいた。向かい側の壁には若い女性と男児が並んで描かれた絵画が架けられている。

「妻のラリアと、息子のディオニウスです」

 凛とした笑顔の女性と、夫に似た男児の姿を見て、シェラザードの目尻から一筋の雫が流れ落ちる。彼女をそのままに、夫は懐から短剣を取り出し、小さい方の棺の上に置いた。彼女は我慢の限界だった。

「うわああ」

 涙が止まらない。一挙に押し寄せた悲しみが彼女を号泣させた。そのような彼女を彼は背中から優しく包み込む。

「シェラに嘘をつくつもりはありませんでした」

 彼の腕の中で彼女は大きく首を横に振った。

「ただ、この世界にいない者まで言う必要はないと思い……。怒っていますか?」

「違っ……、違うのです。わたくしは……、わたくしは!」

 振り返って夫の腕を掴み、止まらない涙を流しながら彼女は訴えかける。

「貴方様の深い悲しみも知らず、わたくしは何て傲慢な振る舞いをしていたのかと思い、自分自身の未熟さが許せないのです」

「シェラ……」

 泣き止まない彼女を胸に抱き、彼は好きなだけ泣かせた。

「落ち着きましたか?」

 彼の優しい声に、シェラザードは頷く。

「知らせていないことで、私は責めません。それよりも笑って下さい」

 彼女の涙を拭き取りながら、彼が微笑み掛ける。

「貴女の微笑みが私の幸せです。微笑んでいて下さい。けれど怒りたい時には怒って下さい。泣きたい時には私の胸を貸しましょう。貴女がその後に微笑んでいられるように、私は貴女を守ります」

「それではわたくしだけが我が儘になってしまいますわ。わたくしも貴方様にそれを望んでいます。二人で分かち合えるからこその二人の幸せですわ。幸せって、仕合わせるとの意味だと思いますの」

「シェラ……」

「ラリアさんが(うらや)むような夫婦になってみせますわ」

 彼女は無理して微笑んだ。

「そして、わたくしもここに葬って頂きますの」

「な、何を……」

「それが、貴方様に愛されたという証ですもの」

「愛……?」

 夫は怪訝な表情を浮かべる。

「貴方様は愛を知らないのではありません。愛を、忘れようとしていらしたのです」

 彼女の言葉に、彼は心の中にあったわだかまりが氷解してゆく感覚を味わう。

「でも、忘れる必要はありませんわ。これからはわたくしが貴方様の愛を受け止めます」

「シェラ、一つだけ我が儘を聞いて下さい」

「ええ」

「年に一度、ここで二人を弔うことを許して下さい」

「構いませんわ。けれども条件があります」

 条件と聞いて、彼の表情に緊張が走る。

「必ず、わたくしも連れて来て下さいませ」

 微笑んだ彼女の提案に彼は大きく頷いた。

「ありがとう、シェラ」

「わたくしこそ感謝致します。貴方様の妻になれて幸せですわ」

 シェラザードは彼の首に腕を回す。二人の影が一つになった。

「それでは、新しい旅路に出ましょう」

「はい、貴方様とならどこまでも、いつまでも共に参ります」

 二人の新しい旅立ちを祝うように、微笑むラリアが見守っているようだった。

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