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清き風は麗しく舞う  作者: 斎木伯彦
哀の剣と愛の盾
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哀の剣と愛の盾

「毎回思うのですけれど、どこから取り出していますの?」

 彼の持ち物は杖ぐらいしかなく、服装も何かを隠し持っていられるようなゆとりはない。何より沸かしたてのような熱々のお茶が出て来る時点で謎が多過ぎる。

「時空魔法の応用で、倉庫のような空間を保持しているのですよ」

 彼の説明では時の流れもない場所とのことだが、彼女の理解の範疇を超えていた。

「熱湯は【水作成】と【加熱】の魔法を組み合わせています」

 言いつつ、彼は目の前に皿を出現させると、その皿の上にパンとサラダを出現させる。

「お腹が空いているでしょう?」

 シェラザードはフォリーナのところで軽く飲食した以外に、何も食べていなかった事実を思い出した。

「わたくし、起きてから何も頂いておりませんでしたわ」

 イアールは怪訝な表情を浮かべたが、すぐに苦笑いへと変化する。

「そうでした。シェラはあの朝以来の一日でしたね」

「わたくしの立場を説明して下さい」

 捕らえられたと思ったら、過去や未来に飛ばされ、やっと再会できたと思ったら、いきなり命を狙われるのでは、何がどうなっているのか理解もできない。

「指輪、シェラの手にある指輪は長の正妻、つまり私の正妻の証です」

 イアールが彼女の左手を握った。その手の薬指には指輪がキラリと光る。

「エリスは、この指輪を欲しているのですが、着用者の命が尽きるまでは外れることはありません」

「それで、わたくしの命を?」

 シェラザードは絶句する。その彼女をイアールの優しい微笑みが包んだ。

「私の正妻を、易々と奪われたりはしません。必ず守ります」

「はい、信じております」

 彼の言葉を信じるしかない。地下城からの脱出に夫は彼女の安全を最優先させた。また、ここに来るまでにも自信喪失に近かった彼女に、敢えて剣を振らせることで自尊心の回復を促してもいる。

「共に食べましょう」

 卓を挟んで向かい合った。二人は黙したまま食事を摂る。

「今日は疲れたでしょう?」

「貴方様ほどではありませんけれど、横になりたい気分です」

 食事を終えた安堵感から彼女は気が緩み、睡魔に襲われていた。

「ゆっくりお休み下さい」

 彼が微笑むと同時にシェラザードは浮遊感を味わう。そっと柔らかな寝台の上に降ろされた。掛布をされて彼女は抗う術もなく深い眠りに落ちる。

 次に目が覚めるとシェラザードは一人で寝台にいた。見慣れないくすんだ白い天井から右手側に視線を動かすと、彼女の夫が椅子に腰掛けているのが目に入る。彼は何か物思いに耽っている様子だった。

 シェラザードは夫の様子をそっと窺う。彼の手には一振りの短剣が握られていた。それは地下城で彼自身が粉砕し、修復した短剣のようだ。左手で柄を握り、右手の布で刃を磨いている。裏表の状態を確認して、彼はその短剣を鞘に収めた。それから懐へ収納する。無言のまま彼は立ち上がると、ゆっくりと彼女の方へ振り返った。シェラザードは慌てて寝たフリをする。

「シェラ、貴女は必ず守ります。二度と、あのような思いはしたくありませんので」

 彼女を起こさないようにとの配慮なのか、彼は小声で語り掛けた。衣擦れの音が近づいて来る。シェラザードは瞼を閉じたままなので、彼の様子は窺い知れない。

「ん……」

 彼女は小さく呻いてから、ゆっくりと瞼を開けた。優しい微笑みを浮かべた夫の顔が近くにある。シェラザードはキュッと胸を締め付けられる思いに襲われた。

「起こしてしまいましたか?」

「いえ、大丈夫です」

 彼女も微笑み返す。心の(うち)では幾つもの疑問や質問が渦巻いているが、それを表情には出さない。彼女は皇妹として本心などを隠す訓練を受けて来たのだ。隠し事はしたくないが、ここで見捨てられては自力で脱出できない彼女に選択の余地はなかった。

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