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清き風は麗しく舞う  作者: 斎木伯彦
哀の剣と愛の盾
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哀の剣と愛の盾

「龍玉石よ、イア・ルーセスの名に於いて命じる。本来の主である我が元に帰り、我が刃となれ」

 イアールが右手を伸ばして宣言すると、シェラザードを狙っていた男性の持つ長剣が光を放ち始めた。突然の事態に襲撃者は為す術なく、光の塊は瞬時にイアールの手の中へ飛ぶ。彼の手には長大な剣が握られていた。

「何だと!」

 襲撃者は手元から武器を失って愕然とする。その隙を見逃さず、ユーゼラートが襲撃者の首筋を斬り裂いた。

「一人……」

 崩れ落ちる襲撃者に背中を向け、次の獲物を狙う。しかし彼女は不意に背中から衝撃を受けた。

「我らは不死身」

 首筋を斬られたはずの襲撃者は悠然と立つ。膝から崩れるユーゼラート。その彼女と離れて防御姿勢を取るシェラザードを助けようとイアールが迫る。襲撃者はヒラリと宙を舞って、短剣を持つもう一人と並んだ。

「まさか、あの女が持っていた剣が龍玉石だったとは」

「兄者、どうします?」

 ユーゼラートに治癒魔法を掛けて応急処置を終えたイアールがユラリと立ち上がった。シェラザードはユーゼラートの治療を続ける為、剣を鞘に収めて彼女に寄り添う。襲撃者の兄弟は彼の隙を衝いてシェラザードの命を奪おうと連携を確認していた。

「お前たちは、絶対に殺す」

 怒りに燃えるイアールが長大な剣を左へ横一文字に構える。その彼の構えを見て、襲撃者の兄弟は(わら)った。

「ガイウスの技は見飽きた。長よ、そんな骨董品のような技が我らに通じると思うのか?」

「黙れ、長が直々にお前たちを処断するのだ。有難く思え」

 彼の背後では、ユーゼラートの手当てをシェラザードが続けている。

「カイザー、やれ」

 短剣を持った襲撃者が前に出た。イアールは構えていた長大な剣を薙ぎ払うように振り始める。

「長よ、我が子の形見を壊しても良いのか?」

 カイザーと呼ばれた男性が持っているのは、イアールが子に与えた短剣だった。だが彼の刃は止まらない。目にも止まらぬ速さで振り抜かれる剣撃は、地下族に伝わる必殺の一撃だ。

「流星斬!」

 イアールの剣は襲撃者が持つ短剣を打ち砕いて、彼ら兄弟の胴体を真っ二つに斬り裂く。続けて無数の真空の刃がその身を切り刻んだ。

「バカな」

 カイザーが身につけていた外套(マント)はズタボロの布切れに変わり果て、兄と呼ばれた男性は刻まれたままの惨状だ。更に廊下の石壁にも抉り取ったような深い傷と、無数の細かい傷が天井に至るまで残される。

「形見の品を砕くとは、親の心も持たぬのか?」

 頬から血を流して狼狽(うろた)える彼に向けて、イアールは黙ったまま剣を振り上げる。カイザーは危険を察知して遁走に移った。

「この借りは必ず返す」

 彼は手の内に残っていた柄を投げ付ける。イアールがその柄を左手で受け止めている間に、捨て台詞を残してカイザーは逃げ去った。後に残るのは襲撃者だった肉の塊と、砕け散った短剣の破片だ。ユーゼラートの治療を終えて成り行きを見守ったまま、掛ける言葉が見つからないシェラザードの前で、夫は柄を握っている左手を突き出した。

「我イア・ルーセスが命じる。我が作りし剣よ、元の姿に戻れ」

 彼が命じると、床に散らばっていた破片がその手元に集まり、短剣へと姿を変える。その短剣を握り締め、彼は胸に当てた。

「くっ……」

 泣いているようだった。シェラザードは立ち上がって近寄ると、彼の左手に優しく触れる。ハッと我に返ったかのようにイアールは彼女に向けてぎこちなく微笑んだ。

「無事でしたか?」

「わたくしも、あの方も無事です。ですがあなたのお心は……」

「シェラが無事であれば、それで構いません」

 彼は長大な剣を杖の形に変化させる。懐かしいものを見るような視線で彼はその短い杖の形状を確認した。

「姉上の傷を癒しましょう」

 寂しさを漂わせるその視線に、シェラは言い知れぬ嫉妬を覚えていた。

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