邂逅
「どなた様のお部屋でしょうか?」
呟きつつも、彼女には思い当たる人物がその胸中に去来していた。ゆっくりと振り返って、部屋の中を見回す。剣を立て掛けた台座と衣裳棚の右側に扉がある。更に振り返った背後にもう一つ衣裳棚があり、彼女の座っていた真後ろにも扉があった。その真後ろの扉が音もなく、ゆっくりと開かれる。身の隠しようもなく、シェラザードは成り行きを見守った。
「そこにいるのは誰だ?」
聞き間違いようのない声。シェラザードは込み上げる嬉しさから、口元に自然と笑みが零れる。
彼女の過ごした時間からすれば、ほんの一刻ほどではあったが再会に胸が高鳴る。
「わたくしです、イアール」
立ち上がって振り返ると、彼は驚いたように目を丸くしていた。
「シェラ、やっと私の許に帰って来てくれましたね」
彼の表情も明るい。どちらからともなく駆け寄って、強く抱き合った。
「イアール、どれほどの時が過ぎましたの?」
「城に一年ほど滞在していました」
彼の言葉に、シェラはふふっと笑う。
「わたくしも、あなた様を一年待ちましたわ」
皇都で逢瀬を重ねた後の、王宮から連れ出されるまでの一年間は、彼女にとっては一日千秋の思いを募らせる日々でもあった。
「そうでしたね、辛い日々を送らせてしまいました」
「今は、こうして貴方様を感じています。幸せですわ」
彼の胸に顔を埋めて、至福の表情を浮かべる。
「詳しい話は、後で聞きましょう」
「はい」
イアールは真剣な眼差しで彼女を見詰めた。それから彼女の左手を持ち上げる。
「どうなさいましたの?」
「貴女に贈り物を」
イアールが微笑むと、急に彼女の左手が光り始めた。驚いて立ち竦むシェラザード。光が収束すると、その薬指には指輪が篏まっていた。乳白色に輝く宝石が目を引くが、それ以外は至って素朴な指輪だ。
「これで貴女は私の正妻です」
イアールの視線は優しい。しかし彼女は聞いていた正妻の役目や条件などを思い出して、表情を曇らせた。
「どうされました?」
「多くの人たちの上に立つ重責を、改めて感じます」
彼女はそう言って、本当の理由を誤魔化した。隠し事はしたくないが、包み隠さず伝えれば彼の心労が増えると気遣った上での判断だ。
「その気負いは無用です。これから貴女と地上へ逃げますから」
「え?」
一族を放置してゆくのだろうか、相変わらず彼の真意は読めない。
「貴女が再び捕らえられては困りますからね。安全に貴女を送り届けるとの理由で、そのまま地上で貴女と共に過ごす所存です」
彼が彼女自身を優先した気持ちに、シェラザードの胸は熱くなる。
「はい、ありがとうございます」
「それでは、こちらを着用して下さい」
手袋を渡された。
「万が一、その指輪に気付かれると厄介なことになりますから」
「はい」
「それと、そこからお好きな剣を一振り選んで下さい。護身用に必要です」
シェラザードは立て掛けてあった剣を手に取り、品定めする。
「後は、服ですね」
剣の品定めをしているシェラザードは、イアールも見たことがない剣捌きを披露していた。突きが主体の操法は地下族に伝わる剣術とは明らかに違っている。
「シェラ、その剣術は?」
「わたくしの国で編み出された剣術ですわ。本来は、もう少し細い剣を使うのですけれど」
安置されていた剣の中で、最も軽量な剣を彼女は気に入ったようだった。
「その剣術を発揮するには、どのような服装が最適ですか?」
「殿方が着用するような服装が理想です。防具は胸周りと左腕、それと足元がしっかりしていれば大丈夫です」
要望を聞いたイアールは、部屋の棚から鋼板や皮革を取り出して来る。
「それでは、お作りしましょう」
彼が何事か唱えると、胸当てと長靴、それに金属で補強された籠手が出来上がる。更に一着の服。
「私も出立の準備をして来ます。着替えておいて下さい」
「お待ちになって」
出て行こうとした彼を、シェラザードは呼び留めた。怪訝そうな表情をした彼の唇を素早く奪う。
「もう離れませんから」
面食らったような表情の彼に、シェラザードは悪戯っぽく微笑み掛けた。




