邂逅
「それにしても、どうして貴女がソフィアになったかだけは、説明して欲しいわね」
シェラザードは未来の情況を伝えるべきか否か迷った。そのような彼女の様子を察知して、フォリーナは更に言い募る。
「私は未来を聞いても差し支えないの。先見の巫女だから、未来を知るのが役目なのよ」
微笑んでいるフォリーナに、それでもシェラザードは答えを返せない。
「未来では、長は貴女をソフィアにしたようだけど、本当のソフィアはルーディリートしかなれないわ」
「本当のソフィア?」
シェラザードは思わず聞き返していた。
「そうね、貴女には教えても良いでしょう。ソフィアとは長の正妻でいるだけではなれないの。ソフィアの本当の役目は時空の歪みを調整し、未来を見越して一族を導く助言を行うこと。それには先見の巫女であることが求められるわ」
フォリーナが何故にこのような話を聞かせるのか、シェラザードには理解できない。
「先見の巫女は、母から娘に受け継がれる。つまり、私が先見の巫女である限り、私の娘であるルーディリートもまた先見の巫女。そしてルーディリートと長の間に生まれる娘もまた、先見の巫女。これは一族の宿命みたいなものよ」
「では……」
アリーシャもと言い掛けて、シェラザードは言葉を飲み込んだ。
「そう、だから誰が何をしようとも、本当のソフィアの地位は奪えはしない。もし奪うようなことがあれば、それは一族の破滅を意味するわ」
シェラザードはそれでも言い淀んだ。未来を伝えることで、未来が変わり、彼女自身とイアールが出会えないのではないかと、不安になったのだ。
「シェラさん、貴女がここに来たのは偶然ではないわ。時は常に間違うことなく刻まれ続けているのだから」
どこからこのような自信が溢れて来るのか、シェラザードには不思議でならない。フォリーナの瑠璃色の瞳には、邪念も迷いも窺えなかった。シェラザードはまずは誤解を解くべきだと口を開く。
「フォリーナさん、わたくしはソフィアではありません」
「それは、どういう意味かしら?」
「わたくしは、イアールの妻として、正式には認められていません。二人だけの決め事ですから」
シェラザードは正直に思うままを伝えた。それに対してフォリーナは優しく微笑む。
「シェラさん、ソフィアというのは、周囲が認めてなるものではないのよ。長が、本当に愛する先見の巫女しか、ソフィアにはなれないの。たとえ、無理矢理に正妻の座を奪ったとしても、先見の巫女でない者はソフィアにはなれない。先程も説明したわよね?」
「はい。ではそうすると、長に愛されてもいない、先見の巫女でもない方が、正妻になった場合はどうなるのでしょうか?」
シェラザードの質問にフォリーナはその丸い目を更に丸くした。
「有り得ないわ。戴冠式で指名するのは、長が愛する女性だけ。有り得ないわ」
「ですが未来では、あの人は愛されているようには、感じませんでした」
シェラザードは、エリスに対する夫の態度から好意は全くないと判断していた。
「むしろ、敵対しているような感じに受け取れましたわ」
「それはルーディリートに対して?」
フォリーナは自らの愛娘を心配する。
「ルーディリートさんは、夫の娘を産んでおりましたが、長老の元に身を寄せていらっしゃるようでした」
「娘を?」
フォリーナは驚く。未来の情況を把握しようと、更に質問を重ねた。
「それに、父の元に身を寄せているとは、どういう意味なのかしら?」
「わたくしも詳しくは分からないのですが、あの人が原因なのは間違いないと思います」
シェラザードの話は要領を得ないようにフォリーナは感じた。あの人とは誰なのか、それが判然としないからだ。
「名前は分からないかしら?」
「確か……、エリス、と」
「エリス?」
フォリーナは少し考え込む。それから手を叩いた。
「カミナーニャの娘ね。そう、あの娘が……」
口元を手で隠したフォリーナがどのような感想を抱いているのかは、シェラザードには分からない。
「エリスが正妻になっては、一族は破滅ね。それでもルーディリートの娘がいるということは……」
フォリーナが考え込んでいると、侍女たちが用意したお茶を彼女たちの前に置いた。




