邂逅
「イアールの妹さん……、その娘さんが、あの人の子供?」
どことも知れない空間を飛ばされながら、シェラザードは混乱寸前だった。その彼女が辛うじて正気を保っていられるのは、何としてでも元の時間へ戻るという強い希望があったからだ。
「……戻ったら、説明して頂きますわ」
グッと拳を握り締める。純潔を捧げた相手だ、後悔はないにしても、赦せないかもしれなかった。
「イアール、貴方様は……」
愛しい男性の面影を思い出そうとしたが、彼女は不意に目映い光に包まれた。
「どちら様かしら?」
光に目が慣れて来て、誰何して来る人物の姿が朧気に見え始める。銀色の髪の彼女は先程まで歓談していた女性だ。
「ルーディリートさん?」
青い薔薇の咲き乱れる庭園に、不思議そうにシェラザードを見つめるルーディリートが佇んでいた。
「ルーディリートは、娘の名ですが?」
「では、フォリーナさん?」
「はい、そうです」
初対面だと言うのに、屈託なく微笑む彼女には警戒心が全くない。シェラザードは握っていた書状を差し出した。
「こちらを……」
「あら、何かしら?」
丸い瑠璃色の瞳をコロコロと転がして、彼女は書状を受け取った。暫く読み進めて、それからシェラザードへ視線を戻す。
「父上からの書状ね。でも、未来からなんて、ちょっと信じられないけど」
「長老が、御父上様?」
「ええ、そうよ。私とマナ姉様の」
微笑んだ彼女の表情は、どことなく長老を髣髴とさせた。
「でもそうすると、貴女は未来からの訪問者ね」
何故か嬉しそうな表情のフォリーナを見て、シェラザードは一抹の不安を感じた。
「少し、お話を聞かせて貰うわね」
フォリーナは彼女を連れて、庭園の中央へと向かった。青い薔薇が咲き乱れる庭園は薔薇独特の甘い香りが漂い、二人を包み込む。庭園の中心には四阿があり、卓と椅子が設置されていた。フォリーナは側仕えの侍女に何事かを命じてから、シェラザードに席を勧める。
「飲み物と軽食を用意させるわ。どうぞ、お掛けになって」
「はい」
返事をしてシェラザードは腰掛けた。皇女として今までを過ごして来た彼女ではあったが、高圧的な態度にならないように気遣う。肩書きも身分も捨てて来たのだから。
向かい合うようにして腰掛けた二人の対話は、卓上に書状を広げたフォリーナの質問で始まった。
「まずは確認ね。貴女のお名前はシェルフィーナさん。地上の方ね?」
「はい、そうです。シェラで結構ですわ」
シェラザードが大きく頷くと、フォリーナは更に書状の内容を確認する。
「それで、長……、ランティウスの妻とあるけれど、本当に?」
「イアールとあの方は名乗りました。一族の長と聞いております」
「なるほどね、分かったわ。それで貴女の生年月日は?」
意外な質問にシェラザードは呆気にとられた。
「これ重要なの。未来へ送り返さなければならないはずだから」
「地上での年代になりますけど、よろしいのでしょうか?」
「構わないわ。貴女のいた年代を特定したいだけだから」
フォリーナの言葉に、シェラザードは気を取り直す。
「わたくしは七百十五年六月生まれです」
「そう、分かったわ。やはり未来から来たようね。今の地上は五百八十年代のはずよ」
「五百……!」
思わぬ年代差にシェラザードは絶句した。
「ここでの一年は、地上では十年。貴女の愛する夫は今は十四歳。そうすると……」
フォリーナは暗算しながら、シェラザードに質問して来る。
「ところで貴女、今お幾つかしら?」
「わたくしは十八ですが?」
「七百三十三ということは、十五年ぐらいかしら。ランティウスは三十歳ね」
「三十……!」
シェラザードは夫の実年齢を知って愕然とした。もっと若いと思っていたのだ。
「私たちの一族は、実際よりも若く見えるのよ。それに、本人の意志一つで外見年齢を固定することも可能なの、父のように」
フォリーナの言葉にシェラザードは納得した。長老の外見は確かに若過ぎだった。




