邂逅
「ふむ、お前さんを戻すには、ソフィアの力に頼るしかないようじゃの。儂では過去にしか飛ばせぬからな」
「ソフィアの力?」
ルーディリートとシェラザードの二人の声が揃う。
「左様。ソフィアとは長の代行。つまり、時空を操ることが可能じゃ。しかし、今は前のソフィアが亡くなり、扱える者はおらぬ。そこでお前さんを過去に飛ばし、過去のソフィアに元の時空へ戻して貰うしか手段がない」
長老はそう言ってチラリとルーディリートを見た。彼女は見られた理由が分からずキョトンとした面持ちだ。しかし長老の言い分は、それが恐ろしく成功率の低い行為のようにシェラザードは感じていた。
「遅かれ早かれ揺り戻しが来る。その前に、紹介状を書いておこう」
長老はそれだけを告げると奥へ引っ込んだ。後には母娘とシェラザードだけが残される。
「一体、わたくしはどうすれば良いのでしょうか……」
持続していた緊張状態が緩み、彼女は椅子にへたり込んだ。その彼女の前にコップが差し出される。
「サライナスの花を煎じたものよ。飲むと落ち着くわ」
視線を上げるとルーディリートが微笑んでいる。シェラザードはコップを受け取って、それを口にした。
「何か、スッとしますわね」
「私はこれが好きなの」
ルーディリートの微笑みに、シェラザードは少しずつ元気を取り戻して来た。そのような彼女の変化を看取して、ルーディリートは思うままに言葉を連ねる。
「ねえ、シェラさん。貴女の旦那様のことを聞かせて欲しいの」
「夫の……?」
訝しく感じて小首を傾げたシェラザードではあったが、ルーディリートの物憂げな、それでいて真剣な眼差しに警戒心を解いた。
「そうですわね、わたくしの夫は……」
シェラザードは自らが知る限りでイアールのこと、つまりランティウスのことを語って聞かせた。ルーディリートは真剣に頷きながら、一言半句たりとも聞き逃すまいと耳を傾ける。
「ありがとう、シェラさん。私、これで決心がついたわ」
「何の決心がつきましたの?」
「この娘の父親に会う決心です」
ルーディリートは憂いのない眩しい笑顔だ。シェラザードは惚気話が人助けに役立つのかと不思議な気持ちになる。その彼女たちの話が終わるのを待っていたかのように、奥から長老が出て来た。
「待たせたの。そろそろ、元の時へ戻ろうとする反動が来る頃じゃろう。これを持ちなさい」
長老は書状をシェラザードに手渡した。
「過去に行ったら、フォリーナに会いなさい。この娘とそっくりじゃから、すぐに分かるはずじゃ」
言われてシェラザードはルーディリートを見つめる。銀色の髪に、大きく印象的な瑠璃色の瞳、鼻筋は通っていて、桜色の唇は同性であるシェラザードから見ても、可憐さを際立たせていた。その容貌の一部は娘のアリーシャにも受け継がれている。見間違うことはあるまいと、彼女は記憶に刻みつけた。その彼女の姿が徐々に光に包まれ始める。
「来たな……」
「ルーディリートさん、その娘さんの父親に会えると宜しいですわね」
微笑んだシェラザードに、ルーディリートは哀しげな表情になった。キュッと下唇を噛んで、それから真っ直ぐにシェラザードの瞳を見つめて来る。
「シェラさん、最後に貴女に伝えます」
「何でしょう?」
「貴女の夫、イアールは……、いいえ、ランティウスは、私の兄です」
シェラザードは驚く。絶句している彼女に追い討ちをかけるように、更に衝撃的台詞をルーディリートは続けた。
「そして、この娘アリーシャの父親です」
「え?」
彼女が告げると同時に、シェラザードの姿は消えた。ルーディリートは思い詰めた表情でシェラザードが立っていた場所を見つめていたが、意を決したように口を開く。
「長老、城に行きます」
「行くのか?」
「はい、ファルティマーナ様には、直接お礼を言いたいですから」
「そうか」
彼女の決意が堅いと判かり、長老は席を立った。




