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邂逅

 野原、そう形容して良いだろう。風そよぐ野原には小川のせせらぎも聞こえて来る。

「今度は見覚えありませんわ」

 周囲を見渡して、シェラザードはただ一軒だけ目に入った建物に向けて歩き出した。

「どなたかいらっしゃいますかしら?」

 扉越しに声を掛けると、勝手に扉が開く。しかし、人の気配は感じなかった。

「あの……」

 家の中に一歩踏み出した瞬間、彼女は目眩を起こして昏倒する。

 次に気付いた時には、寝台の上だった。

「気がついたかの?」

 青年。様子を窺いに来た彼は、彼女の想い人に似ていた。

「時空係数が狂っていたのを、この時空に合わせて調整した。しかしお前さん、この時空の住人ではなかったようじゃの」

 年若い外見と、言葉遣いの落差に彼女は当惑する。そのような彼女には委細構わず、彼は言葉を連ねた。

「どれ、少し聞かせて貰おうかの」

 彼女が話を切り出そうとすると、不意に扉が開いた。

「長老! ファルティマーナ様がお亡くなりになられたとは、本当ですか?」

「ルーディリート、静かにしなさい」

 珍しく接客中と知って、ルーディリートは赤面する。

「これはご無礼を」

「いえ、構いません。お急ぎでしょう」

 シェラザードは落ち着いて対応出来ていた。その彼女に銀髪の女性と少女が近付いて来る。

「初めまして、私、ルーディリートと申します。こちらは娘のアリーシャです」

「初めまして、わたくし、シエルフィーナ・リフティアです」

 シェラザードは本名を名乗った。地上ではなく、地下世界と判断して偽名は無意味と感じたからだ。

「シェラで結構ですわ」

「シェラさんね。私もルーで構いません」

 二人の女性は朗らかに笑い合った。何となく気脈が通じると直感したのだ。

「さて、それではシェラさんには、これまでを話して貰おうかの」

 長老が二人に椅子へ腰掛けるよう身ぶりで促す。二人の女性が腰掛けると、長老は更に言葉を繋いだ。

「一体、どこから来なさった?」

「どこ……、信じて頂けるかどうかは分かりませんが、わたくしは地上から来ました」

 彼女の言葉に長老の眉が反応した。しかし、それ以上の反応は見せない。

「夫と共に来ていたのですが、途中ではぐれてしまいまして」

「その夫の名は?」

「イアールと申します。夫に連れられて城に行ったのですが、そこで捕らえられまして、光に包まれてここに辿り着きました」

「なるほど、その夫の用件は何じゃった?」

「はい、夫の母君が亡くなられて、その葬儀を取り仕切る為に帰郷したのです」

 今度はルーディリートの肩がビクッと小さく震えた。それを長老が一瞥するが、彼女が口を開くよりも早く、シェラザードに質問している。

「イアール、か。もうちと、違う名乗りはしてなかったかの?」

「違う、名乗り?」

 シェラザードは記憶を辿った。

「イア・ルーセスと名乗っておりましたわ」

「左様か、それは長の名乗りじゃよ」

 長老は何の気もなく言ったので、二人は聞き流しそうになる。だがルーディリートは大きく目を見開いた。

「長の……?」

「地上の民を妻に迎えるなぞ、長も血迷ったか」

 長老が呟いた言葉に、シェラザードは猛然と食って掛かる。

「血迷うなどと! 夫を侮辱するような発言は、命の恩人と雖も、赦せませんわ!」

 余りの剣幕に、ルーディリートの胸にアリーシャが抱きついて顔を背けた。長老は黙っている。

「わたくしは、あの方を信じております。長と仰るなら、どうしてあなた方は信じませんの?」

 幾分落ち着いて、シェラザードは二人を見比べる。ルーディリートは視線を合わせることなく俯いてしまった。長老は穏やかな視線で彼女を見詰め返して来る。

「長を信じておらぬのではない。ただ、我々の慣習では地上の民と関わりを持たぬようにして来たからの」

「それでも……」

「お前さんには悪いが、我ら一族は過去に地上より追い出された身じゃ。恨んではおらぬが、羨望や嫉妬はあると思ってくれ。それがお前さんの身の危険にも繋がる。それを判っていながら連れて来た長に、不信感を持ったまでじゃよ」

 長老の言い分は筋が通っていたので、シェラザードは納得した。

「それは、わたくしが無理を言って連れて来て頂いたのです」

「左様か。それでは長には悪いことをしたのぅ」

 困り顔の長老にもシェラザードは親近感を持った。

「全くですわ。でも、夫の行方も、帰る場所さえも分かりませんの」

「そうじゃったの。どれ、お前さんを元の時空へ戻さねばなるまい」

 長老は目を細めてシェラザードを見詰める。

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