邂逅
「名前は何と申す?」
「ルー……」
「ん?」
小さなかすれるような声だったので、彼は身を乗り出すようにして聞き返した。
「ルーディリートです、お兄様……」
彼女は被っていたケープを取り払った。その下からは紛れもない、そして忘れるはずもない顔が現れる。イアールは暫し言葉を失った。その瞳は彼女の姿を映したままで時が止まったかのように微動だにできない。
「お忘れになりましたか?」
寂しげな微笑みを浮かべながら、彼女は小首を傾げた。すると、呪縛が解けたかのように彼は大きく首を横に振る。
「まさか、忘れるはずもあるまい。ルー、本当にルーなのか? 母上からは亡くなったと聞き及んでいたぞ?」
「申し訳ありません。本来ならば私は死んだ者。でも、どうしてもファルティマーナ様には直接、お別れが言いたかったものですから……」
「良い。生きて私の許へ帰って来たのならば今は何も聞くまい。母上に最後の挨拶をしてくれ。お前の姿を見れば母上も喜ぶであろう」
彼はそれから彼女が連れている少女に気が付いた。
「ルー、その少女は?」
「私の、娘です」
その答えに彼は口を開けたまま絶句した。まさかという表情の彼に、彼女は頷いて見せる。それで全てが諒解された。
「そうか、苦労したであろう?」
「いいえ、この娘は私の誇りです。苦労はしておりません」
「ルー……。娘の名は?」
「アリーシャです。ファルティマーナ様に名付けて頂きました」
妹の言葉に彼は愕然とする。娘の存在を彼の母は知っていて秘匿していたのだ。
「お兄様、ルーはずっとお会いしたかったです」
「ルー……」
「ですが、エリス姉様が……」
彼女が言い終えるより早く、部屋の扉が開け放たれた。
「長よ、不審な者が侵入したとの報告がありました。こちらに……」
兵士たちを連れて、エリスがやって来た。彼女はルーディリートの姿を認めると唇の端に笑みを浮かべた。
「これはこれは、ルーディリートの偽物ね? 捕らえなさい!」
「待て! 死者を悼む者を捕らえるのは、長への反逆と見なす!」
エリスの命令を寸前で無効にする。兵士たちは夫婦の顔を見比べて逡巡していた。その間隙を逃がさず、イアールは末妹をその背に庇った。
「エリス、速やかに兵士たちを元の部署に戻せ」
「長よ、そのような甘いことでは秩序は保てませんわ。既に、雌猫を一匹捕らえておりますれば」
嫌らしい笑みを浮かべた彼女は、後ろに合図を送った。何が起きるのか慎重に身構えていた彼の目の前に、赤紫の物体が投げ出される。
「長よ、裏切りは許しませぬ」
「シェラ!」
「斬れ!」
エリスの命令によってシェラザードが斬られるよりも早く、周囲が光に包まれる。
「お兄様、逃げて!」
ルーディリートの叫び声と共に、イアールとシェラザードの姿は忽然と消え去っていた。
「何?」
エリスは驚き、叫んだ女性を睨みつける。
「お前は、いつもいつも私の邪魔ばかり。今度という今度は許さぬ。捕らえよ!」
「お兄様、どうか幸せに……」
殺到する兵士たちを見ながら、ルーディリートは寂しく微笑んだ。




