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邂逅

 イアールは城の通路を、母の亡骸が安置されているであろう部屋に向けて歩いていた。そこへ対向から金髪の女性がやって来る。

「長よ、お早いお戻りで」

 切れ長の目から鋭い視線がイアールを襲う。エリスだ。

「地上に赴かれたまま、お戻りになられないかと思っておりました」

「……母の亡骸はこの先か?」

 彼女の嫌味を無視して、彼は質問する。それに対して彼女は鼻を鳴らした。

「ふん、妻に対する態度とは思えませんわね」

「お前こそ、長に対する態度ではないな」

「よくも、そのような言葉が言えますこと。一族を捨てたかのように、地上でお過ごし遊ばされていらっしゃった方が長とは、誰が信じましょうや?」

 エリスの言葉は彼の胸に刺さった。反論したくなる思いを抑えて、彼は歩き出す。

「あら、図星過ぎて反論できないのかしら?」

 彼女は立ち去るイアールの背中に嫌味を浴びせる。しかし振り返りもせずに夫は行ってしまった。

「今のが夫婦の会話とは……、長め……」

 奥歯で歯ぎしりする彼女の瞳には、僅かながらも殺意が籠っていた。

「エリスめ……」

 通路を歩きながら、イアールは正妻であるエリスについて考える。地上時間では一ヶ月ぐらいでも、地下城では三日ぐらいしか経過していない。それなのに辛辣な物言いでは物腰も厳しくなる。

 先日までは至って普通に接していたはずだった。それが今は夫婦の仲は完全に冷え切っているかのような物言いだ。地下族の慣習として離婚はないので、彼女が正妻であるのは変わらない。それに曲がりなりにも彼女との間には男児を一人設けていた。

「戴冠式を行うには龍玉石を取り戻さなければ……」

 彼は最愛の妹を失って久しく、今また母が亡くなったので、地下に残る理由がなくなりかけていた。それよりもシェラザードとの生活を考える時、地上へ永遠に赴く決意を固めつつある。そのような心情であるから、長の地位なども、どうでも良かった。だが長の継承に必要な龍玉石は行方不明だ。

「ここか」

 扉の前を二人の兵士が守っている。イアールの姿を見ると、二人は驚いたような表情をしたが、すぐに扉を開いた。

「ご苦労」

 短く労いの言葉を掛けて、彼は室内に足を踏み入れた。飾りけも何もない室内の中央に、一人の女性が眠るように横たわっている。

「母上……」

 イアールは力なくその場にへたりこんだ。彼女の表情は本当に眠っているようで、その美貌は失われていない。彼は最愛の妹の面影をその亡骸に映し出したのもあって、不覚にも涙を流していた。感傷に浸ろうとした彼を、兵士の声が遮る。

「長よ、この者がファルティマーナ様の遺体に、直に手向けをしたいと申すので連れて参りました」

 イアールは目尻を拭って力なく振り返った。兵士たちに連れられて入って来たのは、色褪せたケープを被った女性と、一人の少女だった。二人は兵士によって厳しく行動を制限されている。

「名は?」

 イアールが尋ねても女性は黙ったままだった。

「長の御前であるぞ、名乗れ!」

 兵士が叱咤するが彼女は黙したままだ。

「この……」

「待て、お前たちは下がりなさい」

 イアールは兵士たちを部屋の外へ追い払おうとしたが、兵士たちは動こうとしない。

「長……」

「出て行け! 長の命令であるぞ!」

 一喝すると、兵士たちは慌てて部屋の外へ退散して行った。三人になると、彼は優しい口調でもう一度尋ね掛ける。

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