邂逅
廃墟、そう形容して差し支えなかった。その崩れ落ちた石材の中を二つの影が動いている。
「イアール、ここは?」
「ここは、私たちの祖先が暮らしていた、地上の都の跡です」
男性は落ち着いた素振りで瓦礫の中を歩く。その後ろに白いケープを被った女性が続いた。
「シェラ、貴女が初めてになるでしょうね、地下の私たちの城に来るのは」
そう言われても、彼女にはピンと来ない。二人は瓦礫の中を進むと、埋もれかけていた階段を下った。
「シェラ、私から離れないように」
イアールは彼女の手を握る。暗闇の中を彼に手を引かれて彼女は為されるがままについて行った。幾つかの曲がり角を過ぎて、二人は光の溢れる広間へと辿り着く。
「こちらへ」
彼に導かれるまま、台座の上へシェラザードは立たされた。
「そこで動かずにいて下さい。私の故郷へ入るには、少し面倒な手続きが必要なのですよ」
イアールは言いながら台座から降りる。それから彼女に向けて複雑な印を組みつつ何事かを唱えるが、それは彼女が今まで聞いたこともない発音だった。
シェラザードの身体の奥で何かが変化する。身体と心が分離するような感覚に捕われるが、それもほんの数瞬だけで、気が付くとイアールが彼女の身体を支えていた。
「大丈夫ですか?」
「はい、少し気が遠くなっていましたが、今は大丈夫です」
気丈に振る舞う彼女の白い首に、イアールは一本の首飾りを掛けた。銀の鎖に青いペンダントが光る。
「お守りです。決して肌身離さないように」
「はい」
彼女が頷くと、イアールは表情を引き締めた。
「荷物は倉庫に転送しておきましょう。葬儀が終われば、地上に戻って来ますから」
「よろしくお願いします」
彼女が手提げ鞄を渡すと、彼の手元から瞬時に鞄は消えた。改めて差し出された彼の手をシェラザードが握る。
「では、行きましょう」
彼の言葉が終わるか終わらないかの内に、彼女は浮遊感を味わっていた。
「あれが私の故郷、クライス城です」
空中を飛んでいる。地下世界だと聞いていたが、空には陽があり、眼下の景色も地上とほとんど違いはなかった。二人は吸い込まれるように城の中へと飛び込んで行く。
「さて、あいつには見つからないようにしなければな」
イアールは呟きつつ、石造りの城内を歩き始めた。シェラザードは黙ってついてゆくだけだ。彼は迷うことなく目的の場所に辿り着くと、彼女を伴って部屋に入った。
「長、お帰りなさいませ」
室内では一人の女性が彼らを出迎える。イアールは落ち着いた様子で彼女に命令を下した。
「彼女を暫く匿ってくれ、決してエリスには見つからないようにな」
「畏まりました」
出迎えた女性は表情を一つも動かさずに深々と頭を下げる。シェラザードは改めて彼がこの一族の長であるのを思い知った。
「イアール……」
「シェラ、この娘の名は貴女と同じシェラザード。命令する時には彼女の名を呼んでから行って下さい。私は葬儀の準備に行きます。私が戻るまでは、部屋の外へは出ないで下さい。城は……、一族は地上の民を快く思っておりませんので」
沈痛な表情になった彼を見て、シェラザードはおおよその事情を読み取った。太古に地上を追われた民は、地上への憧れを抱き続けているのだろう。だから彼女のような地上の民には憎悪にも似た、ある種の悪感情があるのだろうと。
「イアール、安心して務めて来て下さい」
彼女は素早く彼の唇を塞いでいた。
「行って来ます」
優しく微笑んだ彼の後ろ姿を、シェラザードもまた微笑んで見送った。




