邂逅
地上でランティウスが帰途についた頃、ルーディリートは長老と向かい合っていた。
「行くのか?」
「はい、ファルティマーナ様には、直接お礼を言いたいですから」
「そうか」
彼女の決意が堅いと判かり、長老は席を立った。
「餞別を渡そうか、可愛い妹の為だ、惜しむことはない」
独り言を言いつつ部屋の中を物色していた彼は、一組の短剣を出して来た。一直線になった刀身と柄、鍔はなく刀身も片刄だ。刺突ではなく斬り攻撃を主体とした短剣のようだ。それをルーディリートに渡す。
「これはお前さんの身を護ってくれるであろう。持つだけで良い。後は剣がお前さんの身体を勝手に動かしてくれる。熟練すれば思い通りに動かすこともできるが、暫くは私の型で動くのも良かろう」
「長老の型で?」
短剣を受け取ったルーディリートが尋ね返す。
「うむ、私がその剣に型を仕込んでおいた。抜けば型通りに身体が動く。それを身体が憶えれば、後は自在じゃ」
長老の話を真に受けるなら、修業など不要に思えてくる。
「しかし問題が一つあってな、私と同様の体力がなければ使いこなすことはできぬよ」
「それはつまり……?」
「そう言うことじゃ」
技量は伝授されるだろうが、達人と同じぐらいの体力がなければ疲弊して役に立たないと言うことだ。もしかすると疲れ果てているにも拘らず動き続け、その命を削り取ってしまう恐れがあるのかも知れない。
「解除方法は?」
「本人の意思に依るが、鞘に収めることができれば問題はない」
「収めることができれば?」
ルーディリートは可能な限り、この短剣を使うまいと心に決めた。
「何から何まで、お世話になりました」
ルーディリートは立ち上がり、長老に頭を下げる。
「良い。お前さんを見ているとフォリーナを思い出す。娘の為ならば何も惜しむまい」
「長老……」
言葉に詰まった彼女を、長老は玄関へと案内する。母娘は導かれるままに外へ出た。
「それでは気を付けて行きなさい。その命、無駄にするでないぞ」
長老の瞳は優しげな光を湛えたまま、彼女を真直ぐに見詰めている。ルーディリートはその瞳の中に愛しい者の面影を見た。
「……お兄様」
知らず呟く。長老は優しく微笑んだ。我に返ったルーディリートは頭を下げて、その場を離れる。アリーシャの手を引いて彼女は足早に仮住居へと帰って来た。
「ソニア、出立の準備を」
「姫様、行くのですか?」
仮住居ではソニアが不安そうな表情で待っていた。ルーディリートは揺るぎない決意の色を浮かべながら大きく頷く。
「ファルティマーナ様に、最後のお礼をします。大丈夫よ、命までは取られたりしないわ」
「……畏まりました」
彼女は冗談めかした口調だが、不安であるのも窺えた。ソニアは自らがしっかりしなくてはならないとの想いに捕われる。
「そう仰ると思いまして、既に準備を済ませております」
彼女は手提げ鞄を二つ持ち出して来た。主の性格を知悉しているからこそできる芸当である。
「着替えるわ。アリーシャもいらっしゃい」
「では、荷物はこちらに」
ソニアは鞄を玄関先に置き、二人の後を追った。
「あれは、着られるかしら?」
ルーディリートはかつて城にいた頃の、少女時代の服を用意させる。地下族には喪服という習慣がない為、彼女のように死者が馴染み深い服装を選ぶ傾向が強かった。
「胸回りが、少しキツイわね……」
少女時代の服は、それ以外はすんなりと入っていた。ソニアが背後に回り、背中部分を調節する。
「姫様の成長に合わせて調節できるように仕立てたのが、今になって活きてきましたわ」
ソニアの声は明るかったが、無理をしているのはルーディリートには感じ取れた。彼女たちは身なりを整えると、表に出る。三人の目の前には馬車が待っていた。
「さあ、行きましょう」
御者のいない馬車は長老の持ち物だ。それに彼女たちは乗り込む。行き先は、城。
「姫様、こちらを」
馬車の中でソニアが鞄の中から、一枚の色褪せた布を取り出した。百合の花が刺繍されたケープ、しかし彼女には見覚えがない。
「これは?」
「こちらはファルティマーナ様が、姫様に差し上げられたケープです」
侍女の言葉に記憶を辿るが思い出せない。
「姫様が憶えていらっしゃらないのも無理ないかもしれません。こちらは姫様の母上様が身に着けられていたケープを、ファルティマーナ様が手ずから修繕なさったものです。長の戴冠式に、本当は着用なさるように言い付けられておりましたが、私は姫様がソフィアと認定されてから着用なされればと思い、今まで出せずにおりました」
「ソニア、ずっと大事にしていてくれたのね?」
侍女からケープを受け取って、ルーディリートは胸が詰まった。母が、そして伯母が託してくれた想いを無駄にしたくない。
「それでは、これを着けて、お兄様に会うわ」
フワリと被った彼女の頭の横で、左手にはまる指輪が一瞬だけ煌めいた。




