邂逅
一方、王宮ではシェラザード捜索隊が結成されていた。隊長はオースティン・アシャルナート、隊員数は二十人。いずれも隊長自らが人選を行った。
「良いか、我々は陛下の命を受け、皇女殿下を救いに行かねばならない。不貞の輩にさらわれた皇女殿下を救い申し上げるのは、我々騎士団の務めだ」
オースティンの檄に騎士たちは奮い立つ。皇王はその様子を見て、作戦の成功を信じた。
「それでは陛下、行って参ります」
「うむ、諸君の成功を願う」
皇王の見送りを受け、騎士たちは馬に跨がった。そのまま騎士団は城庭から表門を抜けて街中へ駆け出して行く。土埃を立て、騎士たちは皇都の西へと向かった。
「隊長、宛てはあるのか?」
街中を過ぎて、郊外に差し掛かった頃、一人の騎士がオースティンの元へ馬を寄せて来た。茶髪の騎士はチャールズだ。
「案ずるな。住民からの報告によると、近頃見慣れない男を見たとの情報が有る。確証はないが、それが昨日の男である可能性は高い」
「流石に、情報収集は早いな」
チャールズは本当に感心しているようだった。そのような彼に、オースティンはやや冷たい視線を送る。日頃から街中を警らしていれば、自然と住民との間に信頼関係が芽生えるものだ。それを感心するのは、サボっている証拠になり兼ねない。
「行ってから、確かめる」
それだけを告げて、オースティンは馬を進めた。
陽が中天に掛かる頃、騎士団は森の中で休憩をしていた。騎士たちは疲れなくても、馬を休ませなければ、いざという時に役に立たない。彼らは彼ら自身以上に、愛馬に気を遣っていた。
「森の中程に、今は使われていない小屋があるらしい。その小屋を調べる必要が有るだろう」
「そうだな、殿下の安否を気遣いつつ、慎重にする必要性が有るな」
オースティンと黒髪の騎士が話していると、チャールズが口を挟んだ。
「そうか? 騎士団の精鋭だぞ。その男が強いとは言っても、これだけの騎士を、相手にできるはずもあるまい」
「だが、三十人近くの山賊を、瞬時に斬り捨てたと、噂が有る」
「噂は、いつでも誇張されるものだ」
オースティンとチャールズ、それに黒髪のベンジャミンを交えた三人が、この捜索隊の統率者である。チャールズとベンジャミンには副隊長の肩書きが添えられている。
「しかし……」
「オースティン、慎重になるのはいいが、なり過ぎるのは良くない。冷静に情報を分析して、結論を導き出すべきだ」
「そうだな」
ベンジャミンの一言で、彼らはもう一度、情報を洗い直した。しかし分かっている情報は、彼らが捜すべき皇女が連れ去られたと言う事実のみだ。
「三手に分かれよう。二人には五人ずつ与える。チャールズは北側から、ベンジャミンは南側から小屋に向かってくれ。本隊はこのまま真直ぐに小屋へ向かう」
「分かった。それでは時機をみて踏み込むか」
三人は作戦会議を終えると、それぞれが指示された通りに動き出す。二人が行ったのを見届けてから、オースティンも動き始めた。三方向から向かえば、どこかでは捕捉できるはずである。それがなければ更に西へ向かえば良い。
「これで、万全のはず……。むっ?」
オースティンは目の前に迫る影に注意を向ける。森の中を信じられない速度で何かが向かって来ていた。小動物ではない。人間大のその動く物は彼らの目の前で止まる。
「殿下!」
騎士団の目の前には、連れ去られたはずのシェラザードがいた。より正確には連れ去った男性の腕に抱えられた彼女だが。騎士団は彼らを取り囲むように展開した。
「やはり、追手ですか」
イアールはさばけた口調だ。抱えられているシェラザードにも不安な表情は微塵もない。オースティンは警戒心を強めながら、口を開いた。
「当然だろう。殿下は返して頂く」
「残念だが、彼女には帰る意思はない。そして私にも返す意思はない」
「ならば、腕ずくで、取り返す!」
その一言がきっかけだった。展開していた騎士たちが、彼目がけて殺到する。五人の騎士が突撃するのだ、その勢いを止めたり、躱すなどと言うのは不可能に等しい。
「馬鹿な……!」
オースティンの目の前でそれは起こった。殺到する騎士たちを見て、イアールは予備動作も何もなしで、シェラザードを抱えたまま、人の身の丈の三倍はありそうな高さまで跳び上がっていたのだ。
「無駄な努力はやめ給え。シェラの兄にも伝えておいて頂こう。さらばだ」
それだけを言い置くと、彼らは来た時と同様、信じられない速さで東の方へと消え去った。彼らを追う為に、呼び子を鳴らす。
「いいか、お前はここに残り、チャールズとベンジャミンが来たら、合流するように伝えろ」
「はっ」
その場に一人を置いて、オースティンたちは馬を走らせる。しかしそのような行為が徒労に終わるのは、誰の目にも明らかだった。




