耳飾りの徴
「それ以上、彼女への狼藉は許さぬぞ!」
「な、何を? 曲者め、姿を現せ!」
皇王は彼女の手を握ったまま、周囲を見渡した。決して連れ去られないようにとの思いからだ。シェラの表情は明るさを取り戻しつつある。それと言うのも、その声の主は彼女の想い人だったからだ。伯爵は腰の剣の柄に手を掛けて、油断なく身構えている。不意に窓が大きく開け放たれた。
「何奴!」
「如何に血族といえども、彼女の意向を無視するとは、許せぬ」
皇王は目を見開いた。窓の外に足場はない。にも拘らず、そこに一人の男性が立っていたからだ。漆黒の衣装を纏うその男性は音も無く部屋の中へ滑り込んで来た。
「シェラ、貴女の願いを叶えましょう」
「はい!」
「シェラ、このような曲者の言うことを聞いてはならん!」
皇王は首を横に振る。伯爵は扉を開けると、廊下に向かって大声をあげた。
「曲者ぞ! 出合え!」
伯爵の声に応じて、真っ先に飛び込んで来たのは金髪の騎士だった。
「殿下!」
部屋に入るなり、その異様な雰囲気に彼ですらも圧倒される。部屋の中央には漆黒の衣装を纏った男性が浮き上がっており、その彼を取り囲んで二人の男性が額に脂汗をにじませていた。微動だに出来ないその緊迫した空気の中へ、彼は入ってしまったのだ。
「三対一か……、それでも差が有り過ぎるな」
黒い衣装の男性、イアールには余裕があった。三人で取り囲んでいるにも拘らず、彼らは身動き出来ない。それでも伯爵は、オースティンと共に何とか彼を挟み込む位置まで移動した。
「出来る……!」
伯爵は柄に手を掛けたままで、剣を抜けなかった。抜いた瞬間にその隙を衝かれてしまう。
「望み通りにしてやろう、受け取れ!」
焦れったくなった皇王はシェラをイアールの方へ押し出した。彼が受け止めている隙を衝いて、斬り付けようと言うのだ。その意図を察し、伯爵とオースティンは左右から斬り掛かった。
「やったか!」
どのような達人といえども、誰かを庇いながら左右の挟撃を避けるのは至難の業だ。どちらかの剣撃は受けざるを得ない。そしてこの時、斬り掛かった両者は国内きっての使い手だ。確実にその生命を絶つであろう。皇王は期待に胸を躍らせた。
「甘いな」
皇王の期待を裏切るかのように、イアールは平然と佇んでいた。その胸にシェラを抱き込み、あまつさえ右手には長大な剣を持っている。右から斬り掛かった伯爵は、利き腕から血を流していた。左から斬り掛かったオースティンに至っては、剣を失った自らの手元を呆然と見詰めている。彼の剣は天井に突き刺さっていた。
「さらばだ」
マントで彼女を包み込むと、彼は来た時と同様、宙を滑るように窓の外へと去って行く。
「待て!」
皇王が後を追おうとしたが、飛べない人の身では、それ以上に追跡出来ない。まるで伝説の吸血鬼のように、彼らの姿は漆黒の夜空へと消えて行った。




