耳飾りの徴
翌朝、彼女は普段通りに目覚める。周囲も普段と変化はないように思われた。しかし、その平穏は不意に破られる。
「殿下に報告申し上げます」
黒髪の騎士ベンジャミンが律儀に文面を読み上げ始めた。
「皇王陛下の御名に於いて、謁見の間への参内を承っております」
「分かりましたわ、すぐに行くと申し伝えておきなさい」
「はっ」
彼はすぐに引き返して行った。招喚を受けた彼女は侍女たちを呼びつけて着替えを行う。平素のゆったりとした服から、白を基調としたドレスと、長い手袋を着け、頭上には小さな銀の冠を戴せる。化粧は、口紅を引き、頬紅を乗せるだけの簡単さで彼女は済ませた。
「それでは、参りましょう」
長いスカートの裾を侍女たちに持たせて、彼女は謁見の間へ急いだ。既に待っていた兄王と並んで謁見の間へ入る。臣下の者たちが、勢揃いして彼女たちを迎えていた。
「一同、面を上げよ」
兄王の言葉に従って臣下の者たちは顔を上げる。
「それでは、ここへ通せ」
「サルードゥン伯爵ダニエル・ジェルクン殿、お入り召されよ」
謁見の間の扉が開かれ、一人の男性が堂々とした足取りで入って来た。居並ぶ朝官の目の前を皇王の前まで滞りなく進む。優雅に彼は礼をした。
「陛下の召しにより、ダニエル・ジェルクン参上致しました」
「遠路遥々ご苦労であった。貴殿の活躍は聞き及んでおるぞ。まこと、我が国内に在って貴殿ほどの英雄を捜すのは苦労しよう」
「過分なお言葉、恐悦至極で御座います」
彼女は目の前の男性が何者なのか、全く見当もつかなかった。その彼女の様子を看て取り、脇に控えていたベンジャミンが耳打ちする。
「殿下、この御方は北に領土を持ち、この度、長年我が国を脅かし続けていた蛮族を遠く北の果てにまで追い払ったので御座います」
「さて、妹からも言葉を賜るが良い」
ベンジャミンの話はタイミングが良かった。彼女は微笑み、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「武勇に優れていらっしゃいますとか。民もこれで安心して暮らせますでしょうね」
当たり障りのない言葉である。もっとも、彼女にはそれ以上の感想もなかったのだが。
「それでは、今宵は祝いの宴を張るとしよう。一同の者、ご苦労であった」
皇王はそう告げると席を立った。臣下と伯爵はその場に畏まる。皇王に続いてシェラもその場を退出した。
「シェラ、あの伯爵、どう思った?」
「どう思うも何も、蛮族を平定なさるなんて、優れた武功だと思います」
「いや、そうではなくて……」
兄の言葉は歯切れが悪い。その彼に対して、シェラは何を言いたいのか全く見当もつかなかった。
「お前はこういう時には察しが悪いな」
色恋に対して鈍感であるのも困る時がある。今がそうだった。




