耳飾りの徴
「シェラ、会えなくなるのは辛いが、そう言うことならば……」
「お待ちになって、わたくしは、そのような意味で申し上げたのではありません」
男性の心情を瞬時に理解して、彼女は慌てて言葉を継いだ。
「わたくしは、貴方様と離れたくはありません。ですからお願いです。わたくしをどこかへ連れ出して下さい。誰とも知らない殿方の許へ嫁ぐぐらいならば、いっそのこと、どこかへ身を隠したいのです。お願いです、イアール様」
彼女の瞳に偽りの色はなかった。彼は少し考えを巡らせると、大きく頷く。
「分かりました。それでは少しだけ時間的な余裕を下さい。貴女の準備が整い次第、訪問致しましょう。貴女の都合の良い日に、今日のように窓辺でお待ち下さい」
「ええ、分かりましたわ。それでは約束です」
そう言って彼女は瞳を閉じた。その彼女の額に、彼の温もりが触れる。
「確かに約束しました。では今宵は失礼させて頂きます」
彼は来た時と同様、ほとんど音もさせずに夜の闇へと消えて行った。その消えて行った夜空を見上げながら彼女は呟く。
「貴方様に、わたくしの想いは届いていないのでしょうか?」
二人の心は微妙に擦れ違っていた。生涯の伴侶として彼を求める彼女と、どのような存在として彼女を捉えているのか、未だに判然としない男性。それでも彼女は構わなかった。いざとなれば皇女としての身分を捨ててでも彼について行くつもりなのだ。
「もう、後戻りは出来ませんの」
彼女の瑠璃色の瞳は哀しげな、それでいてしっかりとした光を失わずに、彼の消えて行った夜空をいつまでも、いつまでも見詰めていた。




