耳飾りの徴
それから数日、身辺警護の騎士たちにも慣れてきた頃、彼女は城の中庭で一匹の猫を見付けた。何の変哲もない黒猫だったが、彼女はその猫に気を惹かれる。
「おいで」
通常の野良猫ならば逃げ出してしまうはずであるのに、その黒猫は彼女の方へ近付いて来た。頬を彼女の足にすり寄せて来る。首輪をしているのを見ると、誰かの飼い猫なのかも知れない。
「殿下の魅力は、猫にも通用するのですな」
この時間帯の警護を任されているチャールズが、興味深げにその猫を眺める。
「私も猫になりたいものだ」
既に彼女の腕に抱かれている黒猫を羨ましそうに眺めている彼に、彼女は辛辣な言葉を返した。
「貴方が猫であったとしたら、わたくしは身の危険を感じて、近付けませんわ」
「これは、随分と嫌われてしまいましたか」
チャールズは困ったような仕草をする。けれども彼女はそのような彼を無視して猫を部屋に連れ帰った。彼の噂は嫌でも耳に入る。彼女の元には、侍女たちから彼に対する苦情が連日に亘って訴え掛けられているのだ。女性を困らせるなど騎士としてはあるまじき行為で、彼に対する処断をオースティンに求めているのだが、これも効果が現れていない。
「オースティンも、お兄様も、どうかしていますわ」
彼女はしかし、事実の半分しか見ていなかった。チャールズは侍女たちに、怪しい者を見掛けたら知らせてくれるようにと頼んで歩いていたのだが、その侍女たちからすればチャールズに信頼感がないから非協力的なのだ。それが苦情と言う形をとって現れているに過ぎない。彼は職務に忠実過ぎた。
「ところで、お前はどこから迷い込んだのかしら?」
自室の椅子に腰掛け、腕の中で気持ち良さそうにしている黒猫と戯れながら、彼女は微笑む。ふとその首輪に何かが縫い付けられているのが目に留まった。それは書状のようなもので、宛て先に彼女のイニシャルらしき文字が書かれている。ハッとして周囲を見渡すが、誰もいない。彼女はテーブルの上にあったナイフを手に取ると、その書状を繋ぎ止めている糸を丁寧に断ち切った。それから書状を抜き取る。それと同時に黒猫も彼女の腕をすり抜けて、窓から飛び出して行った。
「あ……!」
驚いたのも束の間、彼女は手の中に残された書状に目を落とす。恐る恐るそれを開くと、見慣れた文字で彼女の名前が書かれて在った。文面を読むことなく、差出人の名前を探す。
「ああ、やっと戻って来て下さいましたのね」
想い人の名前を見付け、彼女はその書状を胸に抱き締めた。幸いにも騎士たちは部屋の外で警護に就いており、室内には彼女しかいない。侍女たちも彼女が呼ばない限りは部屋に入って来ないし、それにいつもこの時間帯は読書をして過ごしていた。




