耳飾りの徴
「シェラ、喜べ。お前の婚姻相手を決めて来たぞ」
皇都リフティア。その王宮の一室で、一組の兄妹が向かい合っていた。嬉しそうな兄とは対照的に、妹の表情は沈みがちである。兄妹とは言え、その外見は際立って違っていた。金髪の兄と、赤紫髪の妹。それを抜きにしても妹の方が美しいのは誰もが認めるところだ。
「相手は……」
「聞きたくありません。わたくしは政略結婚に利用される為に、生を享けたのではありません」
毅然とした態度で、彼女は兄の言葉を遮った。その態度に兄の表情は険しくなる。
「まだ、あの男を忘れられないのか? もう諦めろ。お前が望もうとも、余が許さん」
眦を決して彼は妹に断言した。気分を害したまま彼は足音も荒々しく部屋を後にする。残された彼女は溜め息を一つ漏らした。
「たとえ、お兄様が許されなくても、わたくしは……」
彼女の胸には一つの決意が宿っていた。ふと物思いに耽る。彼女の想い人は確かにこの所、姿を現さなくなっていた。けれども彼女はその理由を聞いている。彼の親しい者が亡くなったので、その弔いに行かなければならないと言っていたのだ。彼の故郷は遠くにあり、暫くは会えないと言って別れたのが一年近く前。それ以来、彼の姿を見掛けた者はいない。どうやらその情報が兄の耳にも入ったのだろう。そうでなければ結婚話などを持ちかけるはずがない。
「早く、お帰り下さい。わたくしには貴方様しかいないのです」
胸の前で手を組み、彼女は愛しの君の来訪を今や遅しと待ち望んでいた。その彼女の部屋の扉をノックする音が響く。
「お入りなさい」
彼女はその音で我に返ると、毅然とした口調で命令した。
「失礼致します」
生真面目な表情をして入って来た男性は、これまた鄭重に頭を下げた。男性とは思えない美しい金髪が揺れる。
「皇王陛下の命により、殿下の御身を護りに参りました」
「貴方も大変ね、オースティン」
半ば呆れ口調の彼女は、目の前の騎士にやや同情した。彼がどのように彼女を護ろうと努力しても、彼女の想い人には到底敵わないのを知っているのだ。任務失敗による彼の失脚を思うと、彼女は少しだけ胸が痛んだ。
「殿下の御身を護るのは、それがしだけではありません。この者たちも共に殿下をお護り致します」
彼の言葉に従って二人の騎士が入って来た。向かって右に黒髪の、左には茶髪の騎士が並ぶ。二人ともオースティンに負けず劣らずの偉丈夫だ。
「こちらはベンジャミン・マハールティと、チャールズ・ラグストーラです。我々三人が一丸となり、代わる代わる殿下の身辺警護をさせて頂きます」
「ベンジャミン・マハールティと申します」
「チャールズ・ラグストーラです。殿下のご尊顔を拝し奉り、恐悦の至り」
ベンジャミンと名乗ったのは黒髪で、チャールズと名乗ったのは茶髪の騎士だった。
「まあ、あなた方の気の済むようになさればよろしいわ。但し、わたくしの気分を害した場合、それは容赦致しません」
「は、陛下の命令を遂行する上で、殿下のご意向に添うように努力致す所存です」
畏まって頭を下げる三人を見て、彼女は気鬱になりつつあった。




