手鏡の行方
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「お戻りになられるまで、わたくしは待っています。ですから、お戻りになられましたら、必ずわたくしの許へいらして下さい」
「分かりました。約束致しましょう」
観念してイアールは大きく頷いた。その彼を見て彼女は喜色満面の笑みを浮かべる。
「お戻りになられましたら、必ずご一報下さい」
「ええ、どのような方法であれ、必ずや、連絡致しましょう」
彼の優しい微笑みに、彼女は安堵の表情を浮かべる。そうすると今朝の手紙を思い起こした。
「あの、イアール様は、わたくしの居所を知っていらっしゃるのですか?」
「貴女の事柄ならば、何もかも存じています。けれども、秘密になさりたい部分までは踏み込みませんよ」
「それでは……」
彼女は自らの正体を明かし掛けて、寸前で言葉を飲み込んだ。目の前で微笑むイアールを見ていると、一つの秘密を明かせば、洗い浚い全てを曝け出してしまわなければならないような気がしたからだ。
「貴女が秘密になさりたい間は、そうして下さい。それが二人にとっても最良の状態でしょう」
「イアール様には、隠し事は出来そうにありませんわね」
彼が何もかも承知の上で彼女と共にいるのだと感じた。そうなると、彼女にしてはホッとすると同時に、釈然としない感じが残る、複雑な思いだった。
「人は相手を知ろうとすればするほど、興味を持てば持つほど、その想いが強くなります。ですから全てを知っているよりは、一つや二つぐらいの秘密が有る方が、より強くなると思いますよ」
「そう仰って頂けると、わたくしも心が軽くなります」
シェラザードは胸に手を当てて息を吐き出した。
「そろそろ表の騎士が心配なさっている頃でしょう」
微笑んだ彼の顔をシェラザードは目を丸くして見詰めた。オースティンを連れて来たとは言っていない。にも拘らず彼はそれを指摘したのだ。彼女は完全に全てを明け渡しても良いと思った。
「イアール様、必ず戻って来て下さい。わたくしは、いつまでも待っております」
「ええ、約束しましょう。自慢ですが、私はこれまで、約束を破った記憶はありません。信じて下さい」
「はい、信じます」
立ち上がった彼女は彼の手を握った。握られた彼はその彼女の手を口元へ運ぶ。手の甲に軽く口付けして、彼は微笑みかけた。
「それでは暫くの別れです」
「はい、イアール様」
シェラザードは素直に頷くと、彼の部屋を後にした。不思議と不安感はまるでない。階段を下りながら、彼女は忍び笑いを浮かべていた。恐らくは、イアールの指摘した通り、騎士はソワソワして待っているだろうから。
「殿下、ご無事ですか?」
彼女の姿が見えた瞬間に安否を気にした彼を見て、彼女は吹き出してしまった。そしてイアールへの想いを新たにする。恐らくは、いや必ず彼と結ばれると信じて。
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