手鏡の行方
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数日後、彼女は皇王から呼ばれて、再び私室へと赴いた。
「何の御用でしょうか?」
今度は何を追及されるのかと、彼女も気が気ではない。しかし兄は嬉しそうに微笑んでいる。訝しく思った彼女に、彼は机の引き出しを開けて何かを取り出した。
「喜べシェラ、手鏡が発見されたぞ」
彼が取り出したのは、失われていたと思われていた彼女の手鏡だった。差し出されたそれを、何食わぬ顔で彼女は受け取る。
「オースティンが、先日の帰りに拾い上げていたのを忘れていたらしい。あいつらしくもないが、今回は大目に見てやろう。だからお前も、早めに赦してやれよ」
彼女がここ数日、オースティンを私室へ寄せつけていないのは王宮内の誰もが知っていた。その理由については諸説あるが、どれもこれも的を射ていないのは彼女のみが知っている。けれども今回の手柄で、彼を赦す理由ができた。
「そうですわね。こうして無事に戻って来たのですから、あの者を赦してもよろしいですわね」
「ああ、早めに赦してやれ。随分と気落ちしていたからな」
「分かりました」
「うむ、下がってよろしい」
終始上機嫌の兄を見て、彼女は一安心した。彼は何も不審がっていない。皇王の私室を後にすると、彼女は自ら企画した作戦が巧くいったのを内心で喜んだ。自らの私室に戻ると、侍女の一人を騎士の控え室に向かわせる。目的は当然、オースティンの功績を認め、先日の不興を解く為だ。
「オースティン殿は、大いに喜んでおられました」
「そう。分かったわ」
彼女の対応は、あくまでも素っ気ない。このようにしておけば、誰も彼女が全てを仕組んだとは思わないだろう。これで手鏡の件は追及されまい。彼女は目の前の問題を一つ解決できてホッとした。
「まずは、一つ……」
想いを寄せる人物と公然と将来を誓い合うのに、後幾つの障害があるのか彼女は考えないようにしていた。とにかく、目の前の問題から一つずつ片付けてゆくしかない。
「そうすれば、きっと」
彼女は自らの信念を力強く信じていた。その彼女の部屋に扉を叩く音が響く。侍女が応対に出て、すぐに戻って来た。
「近衛騎士のオースティン様が面会を希望されています」
「通しなさい」
即座に命令し、彼女は居住まいを直した。ややあって彼女の目の前に金髪の騎士が姿を現す。彼の姿はやややつれているように見えた。
「この度はお目通り叶い、恐悦至極に存じます」
「……オースティン」
「はい」
堅苦しく挨拶する彼を見て、シェラザードは溜め息をついた。対する彼は身を固くする。
「堅苦しい挨拶は要らないと、随分と前から言っているはずですけれど、忘れてしまったのかしら?」
「殿下……?」
今までと変わらない対応に、彼はどうして良いのか戸惑ってしまう。
「どうなの?」
「憶えております」
「そう。だったら、そうなさい」
「畏まりました」
彼の言葉はあくまでも丁寧に、けれども態度は軟化する。ホッとしたような表情の彼を見て、シェラの心の中もスッキリとした。手鏡の件を解決する為とは言え、彼に辛い思いをさせてしまったのだ。元通りにはならなくても、それに近い状態に戻って欲しいと彼女は願っていたのだから。
「それでは早速ですけれども、城下に赴きます。用意はよろしいですか?」
「殿下のお召しとありましたならば、いついかなる用件でありましてもお供致します」
常に繰り返される言葉を聞いて、彼女は更に安心する。自然と口元が綻んだままで彼女は騎士を伴って城下へと出掛けた。行く先は当然、想い人の許である。
「貴方はここで、待っていなさい」
家の入り口を入った階段の下で、彼女はオースティンを留め置いた。今日は重要な用件で訪れたので、彼には聞かせたくなかったのだ。シェラザードは階段を昇り、部屋へ入った。




